17話 迷宮再構築 ― 女神の遺志 ―
女神の影が消えたその瞬間、封印都市は再び息を吹き返した。
それは終焉ではなく、始まり。
女神の“遺志”が再び迷宮を再構築し、仲間たちに真の試練を与える――
光の柱が消えたあと、都市は静まり返っていた。
霧は晴れ、石造りの塔はゆっくりと崩れ、青空が覗く。
風が吹き抜け、焦げた花弁が舞う。
――それは、女神の影が残した最後の名残だった。
「……終わった、のか?」
カイが呟く。
「いいえ」
フローラの声が響く。
彼女は膝をつき、地面に手を当てた。
「大地が……まだ、脈を打っています」
その言葉の直後、地面全体が震えた。
塔の根元から青白い光が走り、都市全域に広がっていく。
ミラが剣を抜く。
「構えろ! 何かが起きる!」
やがて、崩れた建物の下から――新たな紋章が浮かび上がった。
それはまるで、街全体が“再び形を変えよう”としているようだった。
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「女神の遺志が……再構築を始めてるのよ」
セレナが冷静に分析する。
「封印を解いたことで、迷宮そのものが“生き返った”の」
ティナが顔を青ざめさせる。
「ちょ、ちょっと待って! やっと出口見つけたのに、また迷宮に戻るの!?」
「逃げられないわ」
ノエルが霧の中を見つめながら言う。
「これは……“試練の続き”。女神が残した本当の意思よ」
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その時、カイの中に熱が走った。
胸の奥――リリアから託された“果実の光”が脈動している。
まるで何かを訴えるように。
「……リリア?」
幻聴のように、微かな声が耳をかすめる。
――『カイ、女神は滅びていない。
彼女の意思は、あなたたちの中に宿っている』
カイは拳を握る。
「……そうか。これは終わりじゃない。始まりなんだ」
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大地が裂け、地下へと続く巨大な穴が開いた。
そこから吹き上がる風は、どこか懐かしい――そして、危険な香りを含んでいた。
ティナが顔をしかめる。
「うわ……まさか、また“下層迷宮”が出現したの?」
セレナが頷く。
「ええ。女神の力が再構築を始めた。つまり、真の迷宮がここから始まるの」
ミラは無言で剣を構え、ノエルは魔力を練る。
フローラが静かに祈りの言葉を唱え、ティナは震えながらも短剣を握る。
――そして、カイは一歩、闇の中へと足を踏み出した。
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下層に降りると、そこはかつての迷宮とは全く異なる光景だった。
天井には光の球体が浮かび、壁には動く文様。
まるで“生きている遺跡”。
ノエルが息を呑む。
「……ここは、女神が創った最初の聖域……“原初の迷宮”よ」
「原初……?」
「そう。すべての迷宮の根源。
この場所を制した者が、新しい世界を選ぶ権利を得る」
ミラが小さく笑う。
「つまり……また俺たちで奪い合えってことか」
セレナが横目で見た。
「そんな言い方しないで。ここでは“心”も試されるの」
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その瞬間、壁の紋章が光り、六人の影がそれぞれ別方向へと引き裂かれた。
「カイ!!」
セレナの叫びが遠ざかる。
ティナの姿も、ノエルの光も、すべてが霧に飲まれた。
――分断。
それぞれが、女神の遺志に導かれた“個の試練”に直面する。
セレナは「過去への悔い」、ミラは「忠誠と愛の狭間」、
ティナは「孤独」、ノエルは「失われた記憶」、
フローラは「神への信仰」、
そしてカイは――「己の存在そのもの」と対峙する。
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カイは闇の中を歩いた。
足元に光の花が咲き、声が響く。
――『お前はなぜ、生きている?』
リリアの声、女神の声、そして自分の声が混ざり合う。
「……俺は、仲間を守るために」
――『違う。守りたいのは、“失った過去”ではないか?』
その言葉に、心臓が痛んだ。
胸に浮かぶリリアの笑顔。セレナの冷たい瞳。
ティナの笑い声、フローラの祈り。
どれも“今”に繋がっている。
カイは剣を抜き、静かに言った。
「俺は……この世界のために戦う。
もう誰も、迷宮の犠牲になんてさせない」
闇が震え、光に変わる。
そして――新たな扉が開かれた。
再構築された迷宮は、生きている。
仲間たちは引き離され、それぞれの心の闇と向き合うことになる。




