16話 封印都市エル=リュミエール ― 女神の影 ―
迷宮の最奥に待つのは、女神の意識――“影”。
仲間たちと共に進むカイは、真実に触れ、失われた記憶と向き合う。
女神の影を越えられるか――それが、新しい世界を生む鍵となる。
朝の光は薄く、霧が街を覆っていた。
封印都市――エル=リュミエール。
この都市は、かつて女神の加護が満ちた聖域だったという。
だが今は荒廃し、迷宮と化した建物群が霧の中に影を落としている。
「……なんだか、気持ち悪いわね」
セレナが背中の杖を握り締め、眉をひそめた。
「加護はもうない。だが、それでも“女神の残滓”が街に残っている……」
カイは頷き、視線を前方に向けた。
霧の向こうに、異様な光を放つ塔が見える。
――これが、迷宮の核、女神の影が封じられた場所らしい。
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都市に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
石畳の街路に、微かに光る文字が浮かび上がる。
古代語で綴られた呪文のようで、触れる者の意識を迷わせる。
「……こ、これは……」
ティナが身を震わせる。
「まるで、街全体が生きてるみたい……」
「生きてる……いや、女神の意思が残滓として残っているのよ」
フローラが静かに説明した。
「触れると、記憶を吸われる危険がある」
ノエルは瞳を細める。
「……この感覚……リリアの記憶と繋がってる気がする」
霧の奥から、かすかな声が響く――リリアの声か、それとも女神の残影か。
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霧を抜け、中心部にたどり着くと、そこには巨大な扉が立ちはだかっていた。
扉の表面は漆黒の光を帯び、ところどころに金色の紋章が浮かぶ。
その中心には――導きの果実と同じ紋章が描かれていた。
「これが……迷宮の核……」
カイは息を呑む。
ミラは剣を握り直し、言った。
「ここまで来たなら、後戻りはできない」
扉を開ける前に、四方の壁が光を帯び始め、無数の幻影が浮かび上がった。
かつて迷宮で戦った敵、失った仲間、そして――リリアの姿。
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「……リリア……」
カイの声が震えた。
しかし、幻影のリリアは微笑むだけで、言葉はない。
ノエルが前に出る。
「彼女の魂の欠片だ。これを超えられれば、真実に触れられる」
塔の奥から、低く唸るような声が響く。
それは、女神の意識の残滓――“影”だった。
影は霧の中で形を変え、姿を持たぬまま、カイたちに迫る。
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戦闘が始まる。
ミラの剣が光を裂き、影の触手を切断する。
ティナは俊敏に動き、幻影の罠をかいくぐり、カイを守る。
ノエルは魔法陣を描き、封印の力で影を抑える。
フローラは仲間の傷を癒し、霧に飲まれそうな意識を引き戻す。
セレナは杖を振り、闇を光に変える魔法で攻撃を支援。
しかし影は人知を超えていた。
触れるものすべてに恐怖と記憶の混乱を与え、迷宮の本質を試すかのように攻撃してくる。
カイは決意を固める。
「……行く。俺が、真実を見る」
影の中心に踏み込み、果実の光を掲げる。
その瞬間、霧が渦を巻き、女神の影が人型を帯びた。
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「……よく来たわね、勇者カイ」
低く響く声。
幻影の女神は、かつての加護の姿を残しつつ、どこか優しく、そして冷たい眼差しでカイを見つめる。
「お前はまだ、迷宮の意味を理解していない」
「理解は……する! 俺たちは、自分たちの手で世界を守る!」
カイの拳が果実の光で輝く。
その光は、仲間たちの意志と融合し、女神の影にぶつかる。
影は揺れ、形を崩す。
その瞬間、リリアの声が響いた。
「カイ……あなたなら、できる……」
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霧が晴れ、女神の影は消えた。
塔の扉は静かに開き、中心部にはかつての加護が残した書物と紋章が輝いていた。
カイは息を整え、仲間たちを見渡す。
「……これが真実……か?」
ノエルが小さく頷く。
「ここに女神の意思が残っていたの。
でも、あなたたちの手で、新しい世界を創ることができる」
フローラは微笑み、セレナとティナは互いに目を合わせた。
ミラは剣を鞘に納め、静かに言う。
「さあ、新しい迷宮を越えよう」
こうして、封印都市エル=リュミエールの迷宮は、
女神の影を打ち払い、新たな“人の時代”への道を開いたのだった。
女神の影は消えた。
だが、迷宮はまだ終わらない。
それぞれの思い、愛、失った者の想い――すべてが交差し、次なる試練が待つ。
新たな迷宮の章が、今、幕を開けた。




