13話 新たなる迷宮 ― 導きの果実 ―
迷宮を越え、女神を失い、三人が見つけた“導きの果実”。
それは新しい世界を生む鍵であり、同時に、愛する者を失う代償でもあった。
リリアの選択が、再び迷宮の物語を動かしていく――…
――夜明けの光が、荒野を照らしていた。
女神の庇護を失った世界は、静かにその“再構築”を始めている。
風は柔らかく、空は高い。
だが、大地の奥では、確かに“何か”が動き始めていた。
カイ、リリア、セレナ――
三人の旅は、迷宮崩壊のその日から止まってはいなかった。
かつて迷宮があった大地は、今やただの荒野と化している。
しかし、その中心部に、奇妙な光が集まり始めていた。
それはまるで、女神の残した“種”が芽吹こうとしているかのようだった。
「また……生まれるのね」
セレナの瞳が、光の粒子を映し出す。
彼女の声はどこか冷静で、けれど深い感情を隠していた。
「女神の再生……ではなく、“人の理”による迷宮だ」
カイは膝をつき、光の中から一つの果実を拾い上げた。
手の中で微かに鼓動するそれは、金色の果実――まるで心臓のように脈打っていた。
リリアが息を呑む。
「それ……導きの果実……!」
伝承に語られる、“世界を再び導く種”。
女神が滅びの直前に遺した最後の希望。
だがそれは同時に、手にした者に試練を与える“果実”でもあった。
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「この果実をどうするか、俺たちに委ねられたんだ」
カイの言葉に、二人は沈黙する。
リリアが一歩前に出て、真っ直ぐに言った。
「私たちで新しい迷宮を作ろう。
もう神なんていらない。人の手で、世界を守れるって証明したい」
セレナもゆっくり頷く。
「……同感ね。でも、そのためには代償が必要よ。
この果実は、誰か一人の“記憶”と“心”を糧にしてしか動かない」
風が止まった。
世界が、その選択を見届けようとするかのように。
カイは果実を握りしめ、静かに問う。
「……じゃあ、誰がそれを差し出す?」
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長い沈黙。
やがてリリアが、微笑んだ。
「決まってるよ。私がやる」
「リリア!?」
カイが叫ぶ。セレナの瞳が揺れた。
「だって、私の中にはまだ……“あの夜”の記憶が残ってる。
カイが私を選ばなかった夜のことも、全部。
でも、それでも――あなたとセレナを、ちゃんと前に進ませたいの」
セレナは唇を噛み、拳を握った。
「そんなこと、許さない。
あなたが消えるくらいなら、私が――」
しかし、リリアは首を振った。
「いいの。だって、私はあなたたちと出会えて幸せだった。
これ以上、望むことなんてないよ」
果実の光が強まる。
リリアの身体が、金色の粒子に包まれていく。
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「やめろ……!」
カイが果実に手を伸ばすが、触れた瞬間、強烈な光が弾けた。
リリアの声が風に溶けて響く。
――ありがとう。
――また、どこかで。
光が収まったとき、果実は静かに地に落ち、リリアの姿はもうなかった。
その代わり、大地に新しい“迷宮の門”が現れていた。
それは女神のものではない、
“人の願い”によって創られた初めての迷宮。
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セレナは跪き、震える手で果実を拾い上げる。
「これが……彼女の最後の想い」
カイは拳を握り、夜空を見上げた。
「……リリア。必ず、また会おう。
たとえこの世界が変わっても、君を見つける」
星々がひとつ、またひとつと流れていく。
風が新しい迷宮の門を撫で、音を立てた。
――まるで、リリアの笑い声のように。
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数日後。
セレナとカイは、王都の外れにある廃墟の塔を拠点にしていた。
そこには、リリアが残した魔法陣の残滓が、微かに輝いている。
セレナが囁く。
「ねぇ……この迷宮、彼女の記憶の中に続いている気がするの」
カイは静かに頷く。
「なら、俺たちは行く。リリアが創った世界の中へ」
そして二人は、再び扉の前に立った。
その門の上には、金の果実の紋章が刻まれていた。
――“導きの果実”が再び輝きを取り戻していた。
女神の時代が終わり、“人の理”の時代が始まった。
リリアの犠牲は悲しみではなく、希望の種となった。
セレナとカイは誓う。必ず彼女を取り戻すと…




