1話 異世界召喚 ― 迷宮入りの始まり ―
異世界に召喚された“男ひとり”の俺。
仲間は全員、戦いと秘密を抱えた少女たち――。
前回、神殿の崩落とともに迷宮へ落ちた俺たちは、
古の王国「ルステリア」の廃都にたどり着いた。
そこは、時を止めたように静まり返り、
誰もいないのに、人の記憶だけが漂っている場所。
そして俺たちは知る。
この都市そのものが、**千年前の勇者召喚の“墓標”**だということを。
迷宮は、ただの石壁じゃない。
人の想いと、後悔と、罪でできている。
そんな真実に、俺は一歩ずつ踏み込んでいく――
目を開けた瞬間、視界は白に塗りつぶされていた。
土の匂いも、風の音も、どこにもない。ただ耳鳴りのような低い震動が、脳の奥で鳴っていた。
――ここは、どこだ?
「召喚、完了しました。対象、男性一名……っと」
声をかけてきたのは、銀髪の少女だった。白いローブに身を包み、手にした杖が淡く光を放っている。
その背後には、甲冑をまとった女騎士、エルフの弓使い、黒衣の暗殺者――そして、全員が女性。
俺は、立ち上がると、息を呑んだ。
石造りの巨大な神殿。床には無数の魔法陣。壁には「封印」と刻まれた古代文字。
ここは、どうやら異世界らしい。
「あなたが、勇者……ですか?」
女騎士が俺を見下ろし、警戒を滲ませた視線を向けてくる。
「えっと……たぶん違います。ただの学生ですけど」
そう答えた瞬間、全員の顔が一斉に固まった。
「召喚、ミスった……?」
「いや、待ってくださいリィナ様。この反応……“外界”の波動です」
魔導士の少女――セリアが口を開いた。
「勇者の力は封印されているだけ。今は見えないだけです」
勇者? 俺が? 冗談だろ。
だが次の瞬間、俺の胸元で何かが脈打った。
光が走り、パーティー全員の体に薄い光の糸がつながる。
その瞬間、頭の中に声が響いた。
《スキル発動:リンク・コード》
《仲間の能力を共鳴・統合します》
眩い光が弾け、周囲の魔力が渦を巻く。
そして、封印の奥から響く、地鳴りのような咆哮。
「来るぞ――“迷宮の主”だ!」
リィナの叫びと同時に、神殿の床が崩れた。
俺たちは光の中へと落ちていく。
――これが、俺の“異世界迷宮入り”の始まりだった。
⸻
崩れた床の下は、底の見えない暗闇。
しかし、俺の手を誰かが強く握っていた。
「離さないでください、勇者様」
声の主は、黒衣の暗殺者ノワ。冷たいはずの手が、震えていた。
落下の最中、俺は確信する。
この世界には“物理の迷宮”だけじゃない。
それぞれの少女が抱える心の迷路――その奥に、何かが隠されている。
俺は、異世界に呼ばれた唯一の男。
そして今、五人の少女たちと共に、迷宮にも、運命にも迷い込んだ。
“迷宮入り”とは、迷うことだけを指さない。
探し、もがき、答えを求めながらも――
誰かの想いに絡め取られていくことをも意味する。
封印都市で見た少女の幻影は、
過去の悲劇か、それとも未来の予告か。
仲間たちの瞳には、それぞれの決意が宿り始めていた。
この街を救うことが、彼女たちの誓い。
そして俺は、その誓いの中心に立たされる。
たとえ、誰かが嘘をついていたとしても。
たとえ、この召喚が“罠”だったとしても。
――ここから逃げるわけにはいかない。
迷宮入りしたのは、俺だけじゃない。
五人で、この運命を解き明かすんだ。




