六話:零子と邂逅
「……誰かいるのか?」
俺は思わず声を上げた。しかし、当然返事はない。いや、この世界にはそもそも俺以外の存在などいないはずだ。それでも、その声のような何かには確かな「生命」の気配があった。
俺はその声の方向へと歩みを進めた。草をかき分けながら慎重に足を運ぶ。そして――。
「これか……?」
目の前に現れたのは、地面に横たわる物体。。長さは五センチほどで、触手のような形状をしている。まるでミミズのような見た目だが、どこか不思議な輝きを放っている。
「なんだこれ」
俺は恐る恐る手を伸ばし、その小さな生命体に触れてみる。すると――。
「わっ!」
突然、指先にピリッとした刺激が走った。その生命体はまるで吸い付くように俺の指に絡みついてきた。その感覚は驚きと同時に妙な温もりを感じさせた。
「お前……生きているのか?」
もちろん返事はない。ただ、その小さな動きだけが俺に何とも言えない安心感を与えてくれる。
俺はその生命体をじっと見つめながら、ふと思った。この世界では何も生まれないと思っていた。しかし、この生命体は確かに存在している。おそらく、100年前に放ったプラズマの熱が即時回復と何らかの形で作用し、生命を誕生させたのだろう。
「……名前をつけてやるか」
そう呟きながら俺はその小さな生命体を手のひらに乗せた。
「ゼロから生まれた命……だから『零子』だ」
俺はその生命体にそう名付けた。零子――零から始まった存在。そして取るに足らないほど小さいという意味も込めて。
「よし、お前は今日から零子だ。よろしくな」
零子はもちろん何も答えない。ただその小さな触手をくねらせながら、俺の手のひらで動き続けている。その仕草がどこか愛らしく感じられた。
***
それから俺と零子の生活が始まった。零子はまだ小さいが、その動きには確かな生命力があった。俺が手を差し出すと、触手のような部分で絡みついてくる。
ああ、愛おしい温もり。
「お前、結構元気だな」
零子は俺の言葉に反応するわけではない。ただその動きだけで、俺に何かを伝えようとしているような気がした。
俺は零子との時間を楽しむようになった。この草原では何も変化がないと思っていたが、零子という存在が加わることで、少しずつ世界が彩りを取り戻していくような気がする。
「お前、本当に不思議なやつだよな」
俺は零子を指先で軽くつついてみる。その瞬間、零子はピリッと反応し、触手で俺の指を絡め取った。その動きには確かな意思があるように感じられる。
「まあいいさ。お前がここにいてくれるだけで十分」
***
零子との生活が始まってから約三週間が経過した頃、俺はあることに気づいた。それは――零子の成長だ。
最初は五センチほどだったその体が、今では手のひらに乗せてもはみ出るくらいに長くなった。
「お前……成長してるのか?」
もちろん返事はない。ただその動きだけが俺に答えを示しているようだった。零子はこの世界で生き続け、そして成長している。それはまるで、この草原に新たな希望が芽生えたかのような気がした。