三話:新しい舞
草原に降り注ぐ太陽は変わらず燦々と輝き続けている。俺がこの世界に来てから、体感的に約四年が経過した。しかし、その時間は俺にとって耐えがたいものだった。
最初こそトレーニングに没頭し、この異世界での生活に何とか意味を見出そうとしていた。だが、次第にその目的すら霞み始めた。筋肉を鍛え、体を動かすことに熱中していた日々が、いつの間にかただの習慣と化し、心の中には空虚感が広がりつつあった。
「何のためにこんなことをしているんだ……」
俺は草原の真ん中で膝を抱え、ただ空を見上げていた。
青空は美しい。
何もしたくない。何も考えたくない。ただ時間が過ぎていくのを待つだけの存在になりつつあった。
だが――。
俺はふと、自分の拳を見つめた。その手にはかつての自分が込めた決意が宿っているような気がした。
「俺は……ここで生き抜くって決めたじゃないか」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥に微かな青い火が灯った。五億年という途方もない時間を前にしても、俺はただ絶望するだけでは終わりたくない。少なくとも、この世界でできることをやり尽くしたい。その思いが再び俺を立ち上がらせた。
「まずは動こう。何でもいい、とにかく動き続けるんだ」
俺は拳を握り締め、再び走り始めた。風が頬を撫で、草原の感触が足元から伝わってくる。その単調な感覚が今の俺には救いだった。走ることで心のモヤモヤが少しずつ晴れていくような気がした。
***
さらに三年ほど経過した頃、俺の身体能力は驚くほど向上していた。筋肉だけでなく、動きの素早さも格段に上がっている。走る速度は以前よりも速くなり、反射的な動きにも磨きがかかっていた。
しかし、その一方で問題も発生していた。速く動きすぎるあまり、たまに足首を「ぐきっ」とひねってしまうことがあった。この世界では痛みや怪我はすぐに回復するものの、それでも不快感は残る。
「もっと柔軟性を高める必要があるな」
そう思い立った俺は、柔軟運動に取り組むことにした。まずは開脚から始めてみる。地面に座り、足を左右に広げて体を前に倒す。最初は少し抵抗を感じたものの、痛みはまったくない。ゆっくりと体を伸ばしていくと、驚くほどスムーズにペタンと前へ倒れることができた。
「これは……悪くないかもしれない」
柔軟性を高めることで体全体の動きがより滑らかになるだろう。俺はその後も開脚やストレッチを繰り返しながら、自分の身体をさらに鍛え上げていった。
***
約十年目。
この頃になると、俺の心には新たな感情が芽生え始めていた。それは「人肌恋しさ」だった。
この世界には誰もいない。家族も友達も恋人も存在しない。その事実が改めて俺の心を締め付けた。孤独というものは時間が経つほど深く染み込んでいくものなのだろう。
「友達……」
俺はふと、自分の記憶の中からかつての友の姿を思い浮かべた。その笑顔、その声。その存在だけでどれほど救われていたかを痛感する。
そして俺は想像することにした。この草原で彼らと共に過ごしている自分の姿を。友達と稽古をしたり、語り合う光景。
「よし」
俺はその想像の中で友達と稽古しているかのような動きを始めた。バク転やバク宙、蹴り上げやロンダート――体全体を使って舞うような動き。
ロンダート後、バク転。切り替えてすぐに後方伸身宙返り二回半ひねり。昔、体操をやってた甲斐があった。
「まだまだだ……もっと上手く舞えるようになったほうが、かっこいいよ」
そう呟きながら俺は再び動き始めた。この草原では誰もいない。しかし、自分自身との対話や想像力によって、この孤独な世界にも少しずつ意味を見出せるようになってきた。
五億年という時間は果てしなく長い。しかし、その中で俺自身を鍛え上げ、成長させることこそ、この世界で生き抜くための唯一の道なのかもしれない。
「さあ、次はどんな舞を試そうか」
心の奥で灯る炎は少しずつ大きくなりつつあった。
この異世界で、自分自身との戦いはまだまだ続いていく――。