第五章・高貴なる光
この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。
また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。
――――桜里中心区 江戸町・誠桜通り 源條院家の屋敷
「貴光様。」
重厚そうな木の扉が開き、巨大な書斎に初老の執事が顔を出した。
「どうしたんだい、佐武?」
部屋の主である源條院貴光は、書類に目を落としながら、佐武という執事に返事をした。
「妖怪に不穏な動きがあります。それと、尊王派や内閣派の浪士達の動きも、何やら活発化してきております。」
「仕事は増えるばかりだね。」
はぁ、と小さくため息をつくと、貴光は机の上に書類を置いた。
「これじゃあ、神選組にいる狐神狐依という少女を確認しに行けないじゃないか。」
「そのことなのですが。」
佐武はそう言うと、神妙な面持ちになり、
「先ほど歳信様からお電話がありまして、伊藤一派に少女のことを知られてしまい、咄嗟に貴光様から預かっていると言って凌いだそうです。」
「伊藤一派に?それは大変だ。あの人、ありもしないデマを流して町を混乱させるのが上手いからね。」
またもやため息をつき、貴光は立ち上がってクローゼットを開けた。
手近な羽織を掴むと、それをはおって書斎を出る。
そして、後ろに続く佐武に、
「仕事はとりあえず後回しだ。神選組へ行くよ。」
と言うと、佐武は礼をしながら「はい」と言い、廊下に控えていた別の執事へ「馬車の用意を」と命令した。
――――同刻 桜里中心区 江戸町・中央通り 桜花大ホール
「グギャアアアアァ!!」
「おりゃあっ!」
白刃が振り下ろされ、群がる無数の鬼が倒れる。
「へっ!どーだ、参ったか!」
得意気に胸を張るのは、神選組八番組組長・藤堂陽助。
「陽助!いちいち喜んでないで、さっさと残りのも浄魂しやがれ!」
そう叫びながら槍を豪快に回して、飛びかかろうとした鬼達を突いたのは十番組組長・原田左槻。
「そーだよ、陽助。もたもたしていると、雑魚鬼にやられちゃうよ?」
赤い相貌を光らせ、高速で鬼を薙ぎ払っているのは、一番組組長・沖田静司。
「グアアアアアアァァァ!!!!」
怒りに顔を歪める巨大な鬼に刃が振るわれると、巨大な鬼は牙を剥きだして一人の男に飛びかからんとする。
「副長!そちらに餓鬼が!」
鬼に飛びかかられそうになっている男に向けてそう言葉を発したのは、三番組組長・斎藤郁。
そして、
「和泉守兼定換装――――雷神斬花!」
鬼に飛びかかられそうな男―――神選組副長・土方歳信は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてそう言葉を発した。
すると、バチリと嫌な音がして、鬼の体に電撃が迸る。
「ギャアアアアァァァァァッ!!!!」
断末魔の叫びを上げ、赤黒い巨大鬼はサァッと砂のように消えた。
無数に群がっていた小さな鬼達も、歳信の刀から発生した雷に打たれ、巨大鬼と共に消えた。
「鬼退治は終わり?」
静司がそう言うと、刀をしまった郁が、歳信の方を見る。
歳信は頷くと、キンッと金属音を鳴らしながら刀を仕舞い込んだ。
「任務完了だ。帰るぞ。」
そう言って、歳信は颯爽と出口に向かう―――――はずだった。
ちゃらら~ららら~♪
突如鳴り響く電子音。その音に、皆一様に足を止める。
しばらく沈黙が続き、歳信の背から異様なオーラが滲み始めた。
「静司、テメェ…………!」
重低音で歳信が振り向く。
その顔は、先ほどの巨大鬼が裸足で逃げ出しそうなほどに恐ろしい、般若の顔。
「や、やだなぁ…、土方さん…。僕がやったと……思ってるんですか…?…くっ。」
一方、矛先を向けられた静司は腹を抱えて笑いをこらえている。
彼の主張は、この笑いを耐える行為によってことごとく崩れ去る。
「ふざけんじゃねぇ!また何かのアニメの着信音にしやがって!」
なおも鳴り響いている電子音が掻き消えるほどの大声にも、静司は動じない。
「だって、土方さんの着信音無機質なんですもん。つまらないじゃないですか。」
「俺の勝手だろうが!」
二人の言い争いに、陽助と左槻の二人も腹を抱えて笑いを堪え、郁は気まずそうに顔を反らしている。
「それより、早く出た方がいいんじゃないですか?急用かもしれませんよ?」
静司にそう言われ、歳信はチッと舌打ちをすると、懐から携帯電話を取りだした。
通話口に「もしもし」と、多少苛立った声を投げかけると、
『あれ、どうしたんだい、歳信。なんかイライラしてないか?』
そんな声が聞こえてきた。
歳信はその声を聞いて、言葉を続ける。
「いや、なんでもねぇ。―――それにしても、どうしたんだ貴光?急用か?」
貴光という名前に、一同の顔が引き締まる。
これは目上の者に対する敬意ではなく、新しい任務が入るかどうかの緊張感だ。
『うん。時間ができたから、今から神選組に向かうけど、大丈夫?』
「あぁ、今任務を終わらせたから、屯所に帰る。」
『お、そうか。ちょうど良かった。すぐに向かうから。』
「おう。」
歳信は電話を切ると、くるりと皆の方を振り向いた。
「貴光が屯所に来る。早く帰るぞ。」
その言葉に、全員が神妙な面持ちで頷いた。
狐依が庭掃除をしていると、餓鬼退治の任務へ赴いていた組長達が戻ってきた。
「皆さん、お帰りなさい。」
「狐依、掃除をやめて広間に来い。貴光が屯所に来るらしいからな。」
歳信がそう言った瞬間、門の前から馬の蹄の音と嘶き、そして馬車の停止する音が聞こえた。
「どうやら、来たようだな。」
歳信がそう言って、踵を返して門の方へと駆け寄る。
「じゃ、僕らは着替えてこようか。」
「そうだな。そんじゃ狐依、後でな。」
「ちゃんと来いよ!」
静司がそう言ったので、組長達は狐依に挨拶をしてから母屋の方へと入って行った。
狐依が玄関脇の掃除用具入れに箒を入れていると、
「君が、狐神狐依さん?」
柔らかな木漏れ日のような声が、流れる川のように狐依の耳へ届いた。
狐依が振り向くと、そこには日本人特有の艶やかな黒髪に、黒目勝ちの美しい瞳の中性的な容姿の男性が、袴姿に羽織を纏ったいでたちで佇んでいた。
その姿はまるで、神々しく輝く太陽のよう。
「あ、は、はい……!」
名前を聞かれていたことに気付いたのが数秒後の出来事で、狐依は慌てて返事をした。
「私が、源條院貴光。よろしくね。」
高貴なる光。その名はまさしく彼に相応しいと、狐依は瞬時に思った。
「おい、貴光。話し合いすんのは広間だぞ。」
貴光の背後から、呆れたような声音で歳信がそう言った。
「はいはい、分かっているよ、歳信。」
恐ろしいほどに美しい歳信と、神々しいほどに美しい貴光。
二人が並んで立つと、その場には神気のようなものが満ちる。
歩き出した二人の背後を、狐依は少し戸惑いながらついていった。
広間に着くと、既に幹部達は揃い踏みで、三人はそれぞれ自分の席へと着いた。
狐依は、世話係である郁の隣だ。
「で、貴光。仕事の方はもう終わったのかね?」
勇輝がそう尋ねると、貴光は苦笑を漏らして、
「まだ少しあるんだけど、次々増えてきちゃってね。先にこちらを済ませておくことにしたんだ。伊藤一派の方は、大丈夫なのかい?」
「斎藤が機転を利かせてくれたおかげで、なんとかな。お前の方はそれで大丈夫か?」
「私は君達に合わせるよ。」
貴光はそう言うと、すっと狐依に視線を向けた。
「狐依さん、まだ記憶は思い出せていないのかい?」
そう尋ねられ、狐依は気まずそうにしながらも首を縦に振った。
「気にしなくていいよ、仕方ないことだからね。まぁ、和魂の妖怪が見えるなら、結構強力な先祖憑きだと思うけれど……。」
和魂の妖怪は、幸をもたらす者。姿を隠してひっそりと人間に溶け込んでいることが多く、その姿は依巫でさえも見ることが困難だ。
対して荒魂の妖怪は、禍をもたらす者。悪さをするだけでなく、人に化けることもすれば、人を喰らうこともある。その時、荒魂から発生する邪気が、彼らの姿を依巫や先祖憑きに映し出すのだが、ほとんどの荒魂の妖怪は見られようとも気にせず襲ってくる。
ただ、問題は、荒魂を持つ者でも、人目を憚って悪さをする者達だ。
これは憑き物に多く、妖力が強くなればなるほどに分かりにくい。
「じっくり、ゆっくり、思い出していけばいい。私の方でも親族の方を探してみるよ。」
「ありがとうございます。」
狐依が深く頭を下げると、貴光は微笑んだ。
「――――貴光、妖怪の動きについて、何か情報は入ってきてるか?」
歳信がそう尋ねると、貴光は瞬時に神妙な面持ちへと変わった。
「うん、不穏な動きがあるらしいね。私の聞いた限りでは、妖狐族が多いらしい。」
妖狐とは、一般に狐の妖怪のこと。
狐の妖怪は様々な種類に別れ、和魂の妖狐は善狐として稲荷神の使いや、ダキニ天の使いとして君臨するランクの高い妖狐を中心に、妖怪世界にある『狐里』に暮らしている。
逆に荒魂として活動する妖狐は悪狐と呼ばれ、狐里に暮らす一族を離れて人に害をなす妖狐であり、総称して野狐と呼ばれることもある。
このように、妖狐は良い意味でも悪い意味でも、妖怪世界で重要な存在である妖怪だ。
「聞いた話によると、今、狐里を統べる皇帝を決めるため、覇権争いが起こっているとか。」
「妖怪でもそんなことすんのか。」
呆れたようにため息をつきながら、歳信はそう言った。
「妖狐族が多いのは、その覇権争いに関係しているようですね。私達も注意して調べることにしましょう。」
敬斗が厳しい顔でそう言うと、周りは頷いた。
「私は、刀馬に声をかけてみるよ。狐依さんの親族の方が探しているようなら情報があるかもしれないし、妖怪のことも言わないとね。」
「あぁ、そうだな。よろしく言っておいてくれ。」
勇輝が頷いたのを見て、狐依が首を傾げながら隣の郁に尋ねた。
「刀馬さんとは……?」
「坂本刀馬。坂本龍馬の子孫にして、桜里警察署特別警察官だ。」
郁が簡潔にそう言って、再び口を開く。
「機会があったら、紹介する。」
そう言われ、狐依は小さく頷いた。
「それじゃあ、私はもう行くとするよ。狐依さん、またね。」
貴光はにこりと笑ってそう言うと、立ち上がって広間の襖を開けた。
外で控えていた執事の佐武が、中に向かって一度礼をし、襖を閉めた。
「妖狐族、か………。」
顎に手を当てて、歳信は難しい顔をする。
「まだ情報が少ないですし、様子を見た方がいいですね。」
敬斗の言葉に生返事で頷くと、歳信は立ち上がって広間を出た。
「それでは、我々も退散するとしよう。」
勇輝がそう言って、幹部達はそれぞれ立ち上がる。
「妖狐族か……。」
ふと、そのうち一人が小さく呟いて狐依を見て、酷薄そうな笑みを浮かべる。
狐依はそれに気付かずに、ゆっくりと外へ出た。