第一章・鬼切の刀
この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。
また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。
「で、管狐に襲われていたこいつを、お前が助けたってわけだな?」
腕組みをしながら言った歳信に、郁が頷いた。
広間内には数人の男が揃っており、皆が郁の隣で縮こまっている少女に視線を向けていた。
「おい、お前。」
歳信の呼びかけで、少女は体を強張らせながら顔を上げる。
「そんなに怖がらなくても、取って食ったりはしませんよ。」
そんな少女を見かねたのか、上座に座る三人のうち、一人の男が優しげな声音でそう言った。
彼は神選組総長・山南敬斗。縁なしメガネの奥の優しげに垂れた瞳が印象的な、母のように慈悲深い表情の男。
「そうだぞ、安心しなさい!トシに悪気はないからな。トシも少しは気をつけろ。」
そう言って頼もしげに笑うのは局長・近藤勇輝。肩幅の広い大きな体は熊のようだが、豪快でおおらかなところは父親のように頼りがいがある。
そんな二人の優しい言葉に、少女も少しだけ安心した。
「―――で、お前の名前は?」
二人の話が終わったのを確認し、歳信が改めて少女に尋ねる。
「名前は………狐依。狐神狐依です。」
「それから、お前どこから来た?」
次の質問に、少女―――狐依は気まずそうに口を閉ざす。
「――――――答えられねぇのか?」
「そうじゃないんです。あの………、覚えていなくて…」
「覚えていない?」
歳信だけではなく、全員が目を見開いて驚く。
「はい。………名前と、それから父と母に『逃げろ』と言われたことしか、覚えていないんです…………。」
目を伏せて狐依がそう言う。男達はその姿を見て、顔を見合わせた。
「どうやら、狐神さんは記憶喪失のようですね。」
難しい顔で敬斗が呟くと、「むぅぅ…」と勇輝が唸る。
「記憶喪失とは、随分と厄介なことになったなぁ……。」
「妖怪が見えるんなら神選組に入れてやれば話は早いが、女だしな…。」
神選組が男女差別をしているわけではない。
しかし、妖怪という不気味な物を退治する面でも、隊士達が荒くれ者揃いなところも、女には酷だということで、女性隊士の入隊はない。
「こりゃ、貴光に聞くしかねぇか……。」
ため息交じりに歳信が呟いた時、
「あの………」
狐依が、小さな声で言葉を発した。
「なんだ?」
歳信が言葉を促すと、狐依は自分の横に置いてあった細長い袋を持ちあげて、
「助けていただいた時、妖怪を斬っていましたけど、神選組の皆様は妖怪を退治しているのですか?」
「そうだ。俺たちは“依巫”と言って、妖怪の姿が見えて、その妖怪の魂を祓い、妖怪世界に送り返すことができる。」
歳信がそう説明をすると、狐依はすっと腕に持っている袋を差し出す。
「でしたら、これを…、預かっていただけませんか?」
歳信の代わりに、狐依の隣に座る郁がその袋を受け取った。
「それは?」
勇輝が興味津々といった様子で尋ねると、
「“鬼切”という、妖怪を斬ることができる刀だそうです。そう言って父が渡してくれたのは覚えているんですが、本当にそれくらいしか覚えていなくて……。」
またも悲しそうに言いながら、狐依は頭を垂れた。
「私が持っているよりも、皆様が持っていてくださった方が安全だと思うんです。」
「そういうことなら預かろう。妖怪を斬れるというなら、使い道があるからな。」
勇輝はそう言うと、郁から刀を受け取った。
「貴光に意見を聞くまで、お前はここにいろ。妖怪が見えるんなら、町でふらふらしてちゃあ危険だからな。」
歳信がそう言って、勇輝の方を向く。
「で、いいよな?近藤さん。」
「トシがそう言うなら、あとは任せる。」
「そういうことでしたら、私も賛成します。妖怪が見えるということは、霊力があるということですからね。妖怪は霊力に惹かれて集まります。彼女を町に置いて、住人に危害が及ぶわけにはいきませんから。」
敬斗もそう言って同意する。
「じゃあ、まずは自己紹介だな。俺が局長の近藤勇輝だ。よろしくな、狐神君。」
勇輝はそう言うと、「ほら、皆も挨拶をせんか」と周りを促した。
「では、まずは私が。総長の山南敬斗といいます。よろしくお願いしますね。」
穏やかな笑顔を浮かべて、敬斗がそう挨拶をする。
「副長の土方歳信だ。」
歳信の挨拶に続いて、狐依の正面に並んで座る男達の中で、一番体躯の良い男がニカッと笑い、
「俺は二番組組長、永倉新一だ。なんか困ったことがあったら、俺に相談しろよ!」
と明るい声で挨拶をする。
「新一、お前に相談して解決することなんざ、滅多にねぇだろ。―――俺は十番組組長、原田左槻だ。よろしくな。」
そして、その横に座る赤茶色の髪と灰褐色の瞳を持つ長身の男がそう続ける。
「左槻さん、大正解!あ、俺は八番組組長の藤堂陽助。年も近そうだし、呼び捨てでいいぜ。よろしくな!」
左槻の隣に座る、栗色の癖毛に若草色の瞳の、活発そうな少年が元気よく挨拶をし、
「こらこら、新一さんを苛めるのは止めなさい。見苦しいところを見せてすみませんね。四番組組長、松原忠士と申します。よろしくお願いします。」
細い瞳に柔らかい微笑みが印象深い、黒よりも少し薄い髪に薄紫の瞳の男性が二人をいさめながら自己紹介をした。
「松原君の言う通りだよ。その辺にしておきなさい。私は六番組組長の、井上源久。年も年だし、迷惑をかけるだろうけど、よろしくね。」
次に、もう四十を過ぎているような、少しシワのある優しげな顔立ちの男性がそう言う。
「そんなこと言って、源さんってば、まだまだ現役でしょうに。―――俺は五番組組長、武田柳助。よろしくね、狐依ちゃん。」
朱色の髪に同色の瞳を持つ男が、含み笑いを張り付けてそう挨拶をする。
「こんな感じやけど、皆良い人達やから、安心してぇな。僕は七番組組長の、谷獅郎。よろしゅうな。」
まったりとした関西弁が特徴の、焦げ茶色の髪に抹茶色の瞳の男が紹介し、
「僕は九番組組長の、鈴木壱樹です。よろしくお願いします。」
黒縁メガネのインテリ風の男が続いて挨拶をすると、
「君、災難だね。記憶喪失なんてさ。まぁ、ここにいれば安全だから、安心しなよ。僕は一番組組長の、沖田静司。よろしくね。」
のんびりとした姿勢ではあるが隙が全くない、薄茶色の髪に赤い相貌の男がそう言った。
そして、最後に、狐依を連れてきた郁が静かに口を開き、
「三番組組長、斎藤郁。」
と、最も短い挨拶を述べた。狐依はすっと頭を下げると、
「しばらくの間、よろしくお願いします。」
と、少しだけ不安そうな声で言葉を紡いだ。