序章・始まりの桜
この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。
また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。
江戸時代、幕末。
古くから都として栄え、朝廷が健在した京都を駆ける浪士達がいた。
彼ら、名を新選組。
己の信念を貫き、時代を駆けた彼らの血と意思は受け継がれ、そして現在――――…
空想西暦3590年、誠光37年。
再び“誠”の旗が掲げられた。
帝都――その都市が東京23区改め24区に加えられたのは、源條院家が天皇分家となった頃である。正確な時代は分からないが、およそ千五百年ほど前だとされている。
古くから天皇家に家臣として仕え、忠誠を誓っていた源條院家が、その年の婚姻により親戚関係となったのだ。
これにより、天皇は源條院家の忠誠を称え、当主に“帝”という天皇を補佐する位を授けた。
帝都とは、源條院家の居住する屋敷が建てられている場所で、正確な地名は桜里である。源條院家初代当主は桜の花がとても好きで、家紋にも桜が反映されている。
それに加え、元より源條院家は種類問わず様々な桜が咲く場所に住んでいたため、24区に加えられる際にこの桜里の名前がついたのだ。
帝都には、野生も園芸用も問わず様々な桜が立ち並んでいる。
季節は春。
桜里の桜並木が、何かに誘われるように一斉に花を咲かせた帝都の中心部は、桜を見に来る観光客で賑わっていた。
中でも「江戸町」と呼ばれる古い日本の町並みを再現した地区は、車も通行禁止の観光スポットで、歴史好きな観光客が多く訪れる場所だった。
そんな江戸町の一画に、門柱に「桜里神選組屯所」と達筆な字で書かれた屋敷がある。
「―――――巡察の報告は、以上です。」
「あぁ、御苦労だったな、斎藤。」
「いえ、自分は隊務を真っ当したまでです。」
「分かってるよ。お前はいつもそうだな。無茶ばかりさせんのに、そうやって礼を拒む。」
「いえ、拒んでいるわけでは……」
「だったら、そうやって『当然だ』と言わずに、ありがたく受け取っておけ。」
「―――――はい、ありがとうございます。」
「そう、それでいいんだよ。」
この屯所の一室で、二人の男が向き合ってそんな会話をしていた。
文机の傍に座っているのは、神選組の副長・土方歳信。
肩に届かない艶やかな黒髪を持ち、切れ長の澄んだ紺碧色の瞳は、強い意志を宿している。
そして、歳信に向かい合って座っているのは副長助勤及び三番組組長の斎藤郁。
歳信と同じく黒い髪を肩まで伸ばし、耳ぎわの髪を左右一房ずつ取り、後ろでひとくくりにしている。青い瞳は真っ直ぐに前を見つめている。
「それでは、俺はこれで。」
郁はそう言うと、すっと立ち上がり、襖を開けた。
春風が室内に入り込み、それに舞ってひらりと桜の花びらが舞いこんだ。
「今年は、どうも桜が咲くのが早いな。」
その花びらを見て、歳信が腑に落ちない顔を見せる。
「何か、心配事でも?」
「変な予感がするだけだ。どうも、何かが起きるような……。」
「そうですか。」
郁はそう答えると、庭に咲いた桜の木を見つめた。
一際強い風が吹き、郁の視界いっぱいに桃色の花弁が舞い踊る。
「――――――武の散歩に出ようと思います。」
「ん?おう、そうか。夕飯までには帰ってこいよ。」
郁は軽く頭を下げると、襖を閉めて廊下を歩く。
「副長の勘、か。」
ポツリと呟いた郁の元に、毛が多い大型犬が歩いてきた。犬と表すよりは、小型の狼のような。
「武、どうした?」
郁が屈みこんで犬―――武の顔を除くと、武が何やら急かすように玄関の方を見やる。
「――――これは、本当に何かが起こりそうだな。」
郁はそう呟いて、武を連れて外へと出た。
桜が立ち並ぶ道を、リードを付けずに武を連れて歩く。
けれど彼の右腰には、江戸町にはよく溶け込んでいるものの、都会へ出たら違和感しか覚えないものがあった。
それは、二振りの日本刀。
長い太刀と、短い脇差を腰に差し、犬を連れて市街地を歩く。
この姿を見ると、道行く町人達は彼に尊敬と畏怖の念を抱いた視線を投げかけた。
「隊服を着ずともこのような視線を受けるようになるとは、神選組も名が通ってきたようだな。」
郁がそう言うと、武が肯定するかのように「ワン」と一声鳴いた。
神選組は、現在の帝・源條院貴光が発足させた、警察に似た組織だ。
幹部はあの新選組の子孫で形成され、警察と同じように拳銃を所持し、帝都内を巡回し、帝の存在に反対する“浪士”と呼ばれる者達の捕縛や、町の治安を守っている。
そして、もう一つ、彼らには特別な仕事があった。
「グルルルルルル……」
ふと、武が低いうなり声を上げ始める。それに気付いた郁が、武の視線の先を見つめた。
人気の無さそうな、川沿いの桜並木。
「武、案内しろ。」
郁が短く命令すると、武は素早く駆けだした。それを追って郁も走る。
桜並木を少し行ったところで、彼らの視界に入ったのは――――
「い、いや……っ!来ないで……!」
高校生くらいの少女と、その周りを取り囲む数匹の小さな狐。
「管狐か……。武!」
「バウッ!」
その光景を見た郁が、武に一声かけると、武は地を蹴って少女の前に降り立ち、管狐を威嚇した。
「“我力を求める者なりて、力を手にする者なり。依り代の理を以って依巫とす”」
郁が刀の柄に手をかけて小さく唱えると、青白いオーラが郁を包み込む。
風になびく髪が少しだけ伸びて、その眼光に光が宿った。
「国重換装―――雪月華」
郁が地を蹴って数匹の管狐の群れに飛び込み、キンッという音と共に刀を抜いた。
それは常人には見えない抜刀速度。
そして何かに浸食されるような音と共に管狐の体が凍り漬けになり、パリンッと砕け散った。
郁がすぐに刀を収めると、体からオーラが消えた。武も威嚇するのを止めて、地面に座る。
「――――あんた、どうして管狐が見えていた?」
郁が振り向いて少女に尋ねると、少女は少し怯えながらも首を横に振った。
「………分かりません。あれは、普通の狐じゃないんですか…?」
その問いに、郁は即座に頷いた。
「あれは管狐。妖狐――――つまり、妖怪だ。」
神選組のもう一つの仕事。それは妖怪や物怪、九十九神の討伐。
科学技術が発展したこの時代にも、妖怪は存在している。
なぜならば、実際に彼らは一部の人間の目に映り、悪事を働いているのだから。
神選組の幹部達は、江戸時代に活躍した新選組の隊士の血を引く“先祖憑き”だ。
先祖憑きとは、神霊となった先祖の加護を受ける者。
中でも神霊の姿が見え、特別な力を持った者達のことを“依巫”と呼ぶ。
郁を含めた神選組幹部達はその依巫であり、先祖の神霊が見えるとともに妖怪も見える。
しかし、先祖憑きや依巫ならともかく、一般人に妖怪が見えることはない。
けれどもこの少女は、管狐に対して怯えていた。それはつまり、見えていたということ。
「――――俺だけでは、お前のことは判断しかねる。神選組の屯所まで来てもらう。」
「神選組……?」
少女は小首を傾げて郁を見る。
このような反応はいつ以来だろうか、と考えながら、郁は「付いて来い」と少女を促して歩き出す。
少女はしばらく躊躇っていたが、武が自分の顔を見上げて「クーン」と鼻を鳴らしたので、持っていた細長い袋を腕にしっかりと抱いて、郁と武の後を付いて行った。