第十六章・星空に咲ける華
この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。
また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。
蝉の鳴き声が耳朶を打つ、真夏日。
「あぢぃ~~~~~!こんな日に仕事とか、ほんっと疲れる!」
手で火照った顔にパタパタと風を送りながら、陽助が脱力した声で言う。
「陽助、暑い暑い言うな。余計暑い。」
うんざりした顔でそう言いながら、左槻が忌々しそうに太陽を見上げた。
「おーい、お前ら!なぁーにサボってんだよ!ちゃっちゃと仕事して、夜の準備しねーと間に合わねぇぞ?」
余程暑いのか、筋肉隆々とした上半身を曝け出し、新一が縁側で扇風機に当たる二人に声をかけた。
二人はチラリと新一へ視線を向けると、途端に目を反らし、扇風機の強風ボタンを押した。
機械音が強くなり、先ほどより強力な風が吹き付ける。
「新一さん、ちょっと向こう行ってて!その無駄な筋肉見てると余計暑い!」
「扇風機じゃ足りねぇな。広間のクーラーでもつけるか?」
「んだとぉ!?」
新一は声を荒げ、二人へ向かってズンズンと歩いて行く。
「うわ、暑い!暑い暑い暑い暑い暑い暑いーーーーーっ!」
「陽助、うるさい。二人とも暑苦しい。」
今にも後ろに倒れそうになりながら、陽助と左槻が双方の意見を述べた。
「お前らなぁ、もうちょっと俺を労わってくれてもい……」
「皆さん、お茶ですよ。」
新一が激高する寸前で、思わぬ横槍が入った。
外側に水滴のついた大きなコップを三つお盆に乗せ、爽やかな笑顔を浮かべる狐依だ。
待ってました、と言わんばかりに陽助が元気よく起き上がり、
「おぉー、狐依、サンキュー!いやぁ、やっぱ狐依は気が利くよな!」
そう言いながら、嬉しそうにコップを取って一気に飲みほした。
「原田さんも、どうぞ。」
「おう、ありがとな。」
狐依は左槻にコップを手渡すと、新一の方を向いて、
「永倉さんも――――」
「どうぞ」と言いかけて、絶句した。
何せ新一が逞しい筋肉を曝け出しているのだ。
そういうものに免疫が無い狐依は、ものすごく狼狽しながら声を絞り出した。
「永倉さん、ふ、服を…!服を着てください………!」
しかし新一は、キョトンとした顔で
「だってよ、こんな暑いんだぜ?それなのに外で仕事しなきゃならねぇんだから、このくらい――――」
「よくないです!」
狐依が必死に訴えかけているので、見かねた左槻が苦笑を漏らしながら新一に忠告した。
「新一、女の子の前でそんな格好して、恥ずかしくねぇのか?」
そこまで言うと、新一も理解したのか、慌てて左槻の横に脱いであったTシャツを着、狐依に謝った。
「す、すまねぇ、狐依ちゃん。どうも俺、そういうの分かんなくて……」
「い、いえ!別に大丈夫です!暑いのに御苦労様です。」
狐依はそう言ってから、ふと思い出したように「そういえば、」と呟いた。
「皆さん出払っているみたいなんですが、今日は何があるんですか?」
その言葉に、三人は顔を合わせてひそひそと相談を始める。
「おい、左槻、狐依ちゃんには言ってなかったのか?」
「なんでも、秘密にするらしいぜ?そのほうが喜ぶ、ってさ。」
「なるほどな。」
三人は頷くと、キョトンとしている狐依に向き直った。
「ま、夜になったら分かるから、楽しみにしとけ。」
左槻がそう言うと、横の二人が即座に頷く。
少し腑に落ちない顔ながらも、狐依は「はい」と返事をした。
「よし、じゃあ俺達は仕事に戻るか。」
そう言って新一がグビッと麦茶を飲みほして去っていった。
「じゃな、狐依。」
「また、夜にな。」
陽助と左槻もそう言い、新一に付いて行く。
ポツンと残された狐依は、夜に何があるんだろうと顔を綻ばせながら、お盆を持って厨房へ戻っていった。
―――――その夜。
「こーよーりーちゃーんっ♪」
ものすごく上機嫌な声と顔で、静花が狐依の部屋を訪ねてきた。
手に持っている荷物が多く、狐依は慌てて立ち上がり、荷物を少し持った。
「いらっしゃい、静花さん。―――この荷物は?」
狐依が荷物を床に置いて尋ねると、静花はニヤリと笑みをこぼした。
「ふふふ、きっとかわいいわよ♪」
的を射ない答えに、狐依がキョトンと首を傾げると、静花は荷物を漁りだした。
「そうね、狐依ちゃんの目と髪の色なら――――」
ぶつぶつと呟きながら、静花は何枚か布を取り出した。
「この色合いとか、良いと思うのよね♪」
――――同日午後七時 桜里中心区 江戸町・誠桜通り 守桜神社
普段は静かな神社も、この日ばかりはところどころに赤い提灯がぶら下がる祭り会場となっていた。
今日は年に一度の夏祭りだ。
桜里で最も有名なのは、長期間開催される春の桜祭りなのだが、この夏祭りも代々の帝の趣向により、毎年派手に開催されている。
会場である守桜神社の境内の一画で、神選組の幹部達は各々の個性に合わせた浴衣を、思い思いに着て集まっていた。
「静花と狐依はまだか?」
携帯電話のディスプレイを確認しながら、歳信が少々苛立った声で呟いた。
濃い紫色のシンプルな浴衣を着て、瞳と同じ紺碧色の帯を締めている。
「女の子は、用意するのに時間がかかるんですよ。」
灰色がかった水色の生地に笹の模様が描かれた爽やかな浴衣の静司が、そう言ってわたあめを一口頬張った。
いつの間に買ってきたんだ、と小さく呆れたように呟きながら、
「そうは言っても、少し遅すぎるだろう。局長は待ちくたびれて獅子舞を見に行ってしまわれたしな。」
この真夏に黒一色の浴衣を着た郁が、小さくため息をついた。
「そう言うなよ。俺達が静花さんに、『こういう時くらい、めい一杯かわいくしてあげてくれ』って頼んだんじゃねぇか。」
郁の肩に手を置いて、臙脂の生地に山吹色の紅葉模様の、優男風な浴衣姿の左槻が楽しそうにそう言った。
「狐依、お姫様だしな。浴衣も似合いそうだけど、振袖とかも似合いそうだな。」
濃い青地に燕の絵柄の甚平を着た陽助が、そう言って考え込む。
「祭りに振袖はねぇだろ。着るんなら―――、京都の料亭で、舞妓みたいなのがいいな。」
浴衣の袖を捲り上げ、これから神輿でも担ぐというような意気込みのある新一が、そう言いながら無意識に酒を飲むような仕草をした。
と、その時、静司の携帯の着信音が鳴った。
「もしもし、」と片手にわたあめを持ちながら静司が電話に出ると、向こうから明るい女性の声が聞こえてきた。
「姉さん?………うん、もう神社にいるよ。………用意できた?皆お待ちかねだよ。…………うん、じゃあ鳥居のところまで迎えに行くから。」
そこまで言うと、静司は眉を顰めて「え?」と頓狂な声を上げ、チラリと郁を見た。
視線を向けられた郁は口だけ「なんだ」と動かしたが、静司は「何でもない」と口を動かし、
「うん、分かった。………うん、じゃあ後で。」
と電話を切った。
「郁君、姉さんからご指名だよ。お迎えよろしく。」
「は?」
郁が思わず上げた声に、静司は怪訝そうに眉を顰めた。
「『は?』じゃなくて、お迎え。狐依ちゃんと静花姉さんのね。鳥居のところまでお迎えに行ってあげて。もうすぐ着くらしいから。」
「何故俺が……」
「いいじゃない。郁君、狐依ちゃんの世話係だし。」
「迎えくらい、いいじゃねぇか。男なんだから、女の子に来てもらうんじゃなくて、こっちから出向かねぇと。」
「早く行かねぇと、狐依達来ちまうぜ?」
皆口々にそう言うので、郁は困惑顔で歳信の方を向いた。
「副長………」
「いいじゃねぇか、行ってこい。」
さすがに上司に言われて、生真面目な郁が断れるはずはなく。
「――――御意。」
任務に赴くような堅苦しい返事をし、郁は鳥居の方へ歩き出した。
鳥居のところまで来ると、郁は柱の傍へ避けた。
朱塗りの門は人の往来が激しく、
(この中に紛れていたら、すれ違ってしまうかもしれないな)
などと考えながら、郁は行きかう人々を見ていた。
ふと、その目に、桜色のものを見た気がして、郁は視線をそちらへ向けた。
そこに立っていたのは、白桜色の長髪を結い上げて、黒地に淡い色の桜模様の浴衣を着、少しだけ化粧を施した狐依と、白地に金魚の柄の浴衣を着た静花だった。
郁は目を見開いて言葉を失う。
その間に、静花が郁の姿を見つけ、二人が近くへと来た。
「あー、良かった、見つかって。相変わらず人が多いから、すれ違っちゃうかもって思ってたんだけど。」
静花がそう言っても、郁は茫然と立ち尽くしているだけだ。
「―――――斎藤さん?」
狐依に呼ばれ、郁はようやく意識を取り戻した。
「あ、いや、すまぬ。何でもない。では、行くか。」
少しギクシャクとした返事をし、郁は二人に背を向けて歩き出した。
「まったく、相変わらずね、斎藤君は。」
振り向くことなく突き進む郁と、キョトンとしながら郁の後を追いかける狐依を見ながら、静花は聞こえないような声でそう呟いた。
「沖田さん、一体何を食べてるんですか?」
「え?狐依ちゃん、わたあめ知らないの?甘くておいしいよ。食べたい?」
「はいっ!」
狐依は顔を輝かせて、買ってもらったわたあめを見つめた。
おそるおそる、と言った様子で一口食べると、美味しかったのか嬉しそうに目を細めた。
「かわいいなぁー……」
「やっぱり女の子だなぁ……」
陽助と新一の二人が、そんな狐依を見てしみじみと呟いた。
どうやら狐依は、祭りというものが初めてらしく、活気づく屋台を見ながら目をキラキラと輝かせている。
6人の男衆は、そんな純粋無垢な狐依と、狐依に祭りを案内する静花を守るように、周囲に目を向けていた。
ナンパしようなどという不届き者がいれば、睨み一発で撃退してしまう。
特に、このような人混みがあまり好きではないのか、歳信の機嫌は尋常でないほど悪く、睨めば般若も裸足で逃げ出す始末だ。
「あれはなんですか?」
次に狐依が目を付けたのは、金魚すくい。
「金魚すくいなら、俺に任せとけ!」
やっと活躍できる!と意気込みながら、陽助が金魚すくいの屋台へ赴く。
「よーし、陽助!勝負だ!」
陽助に続き、新一が金魚すくいの屋台の前へ座りこんだ。
お金を払って、両者は何匹金魚をすくえるか競争を始めた。
なんとも鮮やかな手つきで金魚をすくっていくのを見ていると、刀を扱っていればあのような手首の回りも効くのだと、郁が小さな声で狐依に教えた。
「ぅおりゃぁぁああああ!必殺・水切りぃぃぃ!」
雄叫びを上げて新一が勢いよく杓子を水に突っ込むと、もう何度も水に入れていた杓子は、金魚を乗せたものの呆気なく破れた。
「うぉあ!?俺の必殺・水切りがあぁぁぁ!」
「技名まんまじゃねぇか!ったく、相変わらず新一さんは筋力にものを言わせてやるから、いつまでたっても……」
「んだと、陽助!?こうなったらッ!」
新一はぐわし、と筋肉質な腕で陽助の右腕を掴み、杓子を思いっきり水につけて破いてしまった。
「あぁ!?俺まだいけたのに!ずりぃぞ、新一さんっ!」
そんな二人のやり取りに、全員が声を上げて笑った。
屈託なく笑う狐依を見て、郁は少し安堵していた。
この間知らされた狐依の出生は、彼女自身をかなり苦しめるものだった。
自分が、身を寄せる場所にとって敵だと知って、彼女は自身を殺そうとした。
なんとか止めたものの、またひょんなことから自殺を考えてしまったら困る。
今はとりあえず落ち込んでいないようなので、郁は安心して陽助と新一のコントに視線を戻した。
「狐依ー、この金魚、屯所で飼うか?」
二人の決闘で、お椀一杯に入った金魚を見て、狐依は少し考え込んだ。
「三匹くらいでいいです。そんなにたくさんいても、面倒をみるのは大変ですから。」
狐依がそう言うと、「じゃあ新一さんはズルしたから、俺の中から選ぶなー。」と言って、三匹ほどの金魚を袋に入れてもらい、屯所に帰ったら水槽出さなきゃな、と笑顔で言った。
狐依は嬉しそうに頷くと、また周りを見渡した。
「あっ、あの棚に色んな物が並んでいるのは?」
今度狐依が目を付けたのは、どうやら射撃のようだ。
「お、射撃か。だったら俺の出番だな。」
そう言ったのは、左槻だ。
「神選組の皆さんは、銃もお得意なんですか?」
狐依が尋ねると、左槻は得意気に話し出した。
「いるのは日本妖怪だけじゃないからな。怪物と呼ばれる西洋妖怪は、刀じゃ浄魂できないから、俺達も銃を使うんだ。」
左槻はそう言うと、屋台の前に立ってお金を払った。
「お、おまんらも来ちょったんか!なんじゃ、原田、今年も屋台泣かせする気か?」
そう言いながら、男がサングラスを持ちあげた。
黒地に金の龍の模様と、赤い筆字で「龍」と大きく描かれた派手な浴衣を着た刀馬だ。
「刀馬じゃねぇか。っつうか、屋台泣かせは俺だけじゃねぇだろ?」
ニヤリ、と不敵に笑い、左槻が屋台の台に置いてあった銃を取った。
「まぁのぅ。今年もいっちょ、近所のガキ共にプレゼントしちょるぜよ!」
ガッハッハ、と豪快に笑い、刀馬はサングラスをして銃を構えた。
「左槻さんは狙撃担当のライフル使いなんだ。狙ったものは逃がさないんだよ。」
静司が楽しそうに笑いながら言うと、
「けれど、銃は刀馬の専門だから、刀馬も強いよ。」
という声がして、後ろから手に色々なものを抱えた貴光が現れた。
「源條院様!」
帝という立場上、狐依は思わず様を付けて呼んだ。
しかし、貴光は少し苦笑して答える。
「そんな、様なんてつけなくていいよ。しかも名字で。陽助でさえ、私のことは呼び捨てだよ?」
「で、でも……」
「まぁ、君の好きなように呼ぶといい。無理は言わないからね。」
ニコリ、と綺麗な笑みを浮かべて貴光が言うと、狐依は少し緊張しながらも「はい」と返事をした。
「さて、二人の勝負を見守ろうか。」
なぜ帝である貴光が、このような庶民の祭りに来るのだろうと、少し疑問に思いつつも、貴光はとても楽しそうだ。
二人は妖怪と相対している時のように鋭い眼光で銃を構えている。
周囲は、通りがかりの見物客も巻き込んで静寂に包まれた。
「それでは御両者、準備はいいでしょうか?」
いつの間にか審判役として、浴衣姿の佐武が二人の横に立った。
「それでは―――――始め!」
あなたもしかして、元声優ですか?というような良い感じの低い声で、佐武がスタートをきると、二人は一斉に引き金を引いた。
息を吐く間もなく、射撃独特の銃声が何度も響き、ものの数秒で景品達は一つ残らずなくなった。
「ふぅーーーーっ!どんなもんじゃ、原田!わしもまだ捨てたモンじゃないぜよ!」
得意気に言う刀馬に、左槻も楽しそうに返す。
「俺だって、まだまだお前にゃ負けないぜ。」
拳を合わせて挨拶をする二人に、貴光が楽しそうに近寄った。
「相変わらず、すごい技だね。一発の弾で景品を二つ以上落とす技なんか、特に。刀馬、私にいくつか景品をくれないか?」
「おー、いいぜよ。ただし、近所のガキにもやるんじゃから、あんまり持ってくなよ。」
「分かってるよ。」
貴光は楽しそうに景品を物色している。
「狐依、お前もいるか?」
狐依は貴光の傍へ来ると、落ちていた、狼に似た犬のぬいぐるみを取って、「これがいいです。」と大事そうに抱えた。
「じゃ、残りのは屋台に返すぞ。」
屋台泣かせはそう言うと、銃を置いて戻ってきた。
「―――――あ、そうだ、もうすぐ花火の時間だよ。」
すると、両腕の荷物を増やした貴光が、にこにこしながら近づいてきた。
「貴光様、いつもの場所を確保してあります。」
「御苦労様、佐武。じゃあ、皆で移動しようか。」
ということで、獅子舞を見ていた勇輝と敬斗、忠士、そして源久、獅郎と柳助、壱樹と合流し、神選組御一行は貴光お勧めの花火スポットに陣取った。
地面には赤い布が敷かれており、辺りは静けさに満ちている。
各々が好きな場所に座りこむと、ひゅるるるるるる…という音がして、星空に大輪の花火が上がった。
狐依は口を小さく開けて、隣に座る郁に無邪気な笑顔で尋ねた。
「あれが花火ですか?」
「そうだ。――――あんた、本当に祭りは初めてなのだな。」
「はい。すごく楽しいです。人間界は、素敵な物がたくさんありますね!」
弾んだ声で答えて、狐依は何度も打ち上がる花火に視線を戻した。
桜の花びらを象った桃色の花火に、一際大きな歓声を上げて、夜空に咲く華を嬉しそうに眺めている。
そんな狐依の横顔を見ながら、郁はふっ、と柔らかな笑みを浮かべて、自分も空を見上げた。
様々なことがあった、この数カ月。
この日は久々の休日となり、志士達の心を存分に満たして終わった。