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第十五章・心の在り処

この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。

また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。

桜里さくらざとの桜が、一斉に狂い咲きをして、夜風に舞い散っている。

それを照らす優しい月明かりの下、かおると狐依は屯所への帰路を歩いていた。

二人の間に言葉はない。

ただただ、沈黙のままに歩いている。

何度か、狐依こよりは小さく口を開きかけた。

けれど、その大きな背中が「何も言うな」と言っているような気がして、口を閉ざす。

そんなことを続けているうち、道の先に、神選組の屯所が見えた。

勝手に屯所を飛び出した後ろめたさから、狐依は立ち止まりそうになる。

けれど、ぐい、と強く腕を引かれ、狐依はよろめきながら歩を進めた。

どうやら郁は、立ち止まることを許してくれないようだ。

ついに屯所の門を潜った。

あの始まりの日と同じように、屯所内も狂い咲きの桜の花びらがひらひらと舞っている。

靴を履かずに来ていた狐依は、玄関で珍しく無造作に靴を脱ぎ捨てた郁に少し驚きつつ、ぐいぐいと引っ張られて広間までやってきた。

顔を伏せ、狐依は躊躇いがちに口を開く。

「あ、あの、斎藤さん……」

しかし、呟いた瞬間に郁が障子を開け、「ただいま戻りました」と凛とした声で報告をした。

非難の目や言葉を向けられると思い、狐依はキュッと瞳を閉じる。

耳に響いてきたのは―――――



「おう、遅かったじゃねぇか。狂い咲きの夜桜見物は楽しかったか?」

いつも通り―――よりも少し優しげで、呆れの混じった歳信としのぶの声。

狐依はその言葉に、俯いたまま目を見開く。

「狐依ちゃんてば、せっかちだよね。そんなに桜、好きなんだ?」

続いて聞こえてきたのは、静司ののんびりとした声。

「まぁ、狂い咲きなんて、滅多にねぇからな。早くしないと散っちまいそうだったんで、見に行ったんだろ?」

そして、左槻さつきの優しく、温かな声。

「急がなくても良かったじゃんか。後で、宴会開いて花見することになるだろうしさ。」

「そうだぜ!酒瓶開けて、今夜は朝まで飲むか!」

少し不服そうな陽助の声と、楽しげな新一の声。

「永倉くん、飲み過ぎはいけませんよ。明日の隊務に支障がでますからね。」

「まぁそう言うな、山南くん。今日くらい無礼講でも、いいじゃないか。」

続いて、諭すような敬斗の声と、豪快に笑う勇輝ゆうきの声。

「局長、あなたは少し甘やかし過ぎですよ。」

「そうだねぇ。お酒は控えたほうがいいと思うよ。」

勇輝を諭しながらも、柔らかな忠士ただし源久よしひさの声。

「そもそも、お酒そんなに残っとったか?」

「いつも永倉さん達が飲みほしてしまいますからね。保障はありません。」

「じゃ、お酒はなしになるかもねぇ。」

そして、獅郎と壱樹、柳助りゅうすけの声。

狐依は、はっと顔を上げる。

彼女の視界に映ったのは、非難でも嫌悪でも蔑みの目でもなく――――

「おかえり」

優しげで、温かな、家族を想うような瞳。

「――――おかえり、狐神こがみ。」

真横に立つ郁も、柔らかな笑顔で狐依にそう呟く。

狐依はキュッと口を結び、しばらく黙りこんでいたが、やがて――――

「―――――――――――――ただいま」

泣きそうに歪んだ顔に笑顔を浮かべて、言葉を紡いだ。






「おい、こんな少ししか酒ねぇのかよ!?」

「仕方ないですよ、あなた方が飲んでいるんですから。」

「山南さん、それ言ったらおしまいだ。」

「というか、あなたはお酒飲まない方がいいんじゃないですか?」

「忠士、もっと言ってやれ!新一さんは飲み過ぎだってな!」

「飲めねぇヤツもいるんだからな!酔い潰れんじゃねぇぞ!」

「近藤さん、はいどうぞ。」

「おぉ、すまんな静司!気がきくなぁ。」

「うぉ、新一っ!お前それ、注ぎすぎやんか!」

「そう言う獅郎しろうさんも、杯が一杯ですよ。」

壱樹いつきは相変わらず堅いよねぇ。」

道場の裏手、巨大な桜の木の下で、真夜中の大宴会が行われていた。

狂い咲きの桜は美しく、絶え間なく夜風に散っていく。

「――――今夜で見おさめだろうな。」

ポツリ、と呟かれた郁の言葉に、狐依は顔を上げた。

「そうなんですか?」

「あぁ。おそらく、一本残らず散るだろうな。――――こんな、かぎりなく奇跡に近い狂い咲きだ。潔く散っていく姿は、とても美しいものだな。」

少し酒を煽って気分がいいのか、郁は少し饒舌になっている。

二人は道場の縁側に座り、賑わう幹部達を見ていた。

「思い出したんですが――――」

狐依が桜を見ながらそう言うと、郁は狐依に視線を向けた。

「私が生まれたのは、ちょうどお母様とお父様が出会って五年後の、桜が満開に咲いた春の夜だったそうです。以来、私の誕生日はちょうど桜が満開になって――――お父様とお母様は、『桜の精なんじゃないか』と言って、すごく喜んでいました。だから、桜にはとても親近感がわきます。」

その話をずっと黙って聞いていた郁は、狐依と同じように桜を見つめ、

「――――きっと、桜も、お前が死のうとしていたのが悲しかったのではないだろうか。」

「え?」

狐依が郁を仰ぎ見ると、郁はいつもの真面目な顔で、

「こうして狂い咲いたのは―――このように、夜風に儚く、潔く散る桜のように、お前が逝ってしまうのが悲しくて、お前にそのことを分かってほしくて、咲いたのではないかと―――俺は、そう思う。」

「でも、私は――――、神選組が倒すべき悪です。これ以上私がここにいたら、神選組が信用を無くしてしまうかもしれません。だったら、私は―――」

「勘違いしてもらっては困る。」

俯きながら悲しげに言う狐依の言葉は、郁の言葉で遮られた。

「神選組が倒すのは“荒魂あらみたま”の妖怪のみだ。人間に害をなし、時には殺す荒魂は我ら神選組が倒さねばならぬ者だ。和魂にぎみたまはむしろ友好的ゆえ、倒す必要はない。お前は、自分が荒魂の妖怪だと言いたいのか?」

そう問われ、狐依は小さく首を振る。

「違います。でも……、でも、それでも、これ以上私は、ここに甘えているわけにはいきません……。」

「俺達じゃ、お前を守れないと思っているのか?」

少しだけ不機嫌な声音に、狐依は「そんなことは…」と項垂れた。

「俺達は、守ると決めたものは最後まで貫き通す。それは局長以下我ら神選組全員の考えだ。途中で放り出すようなことは、武士としてあり得ぬこと。だから、お前が遠慮する必要など毛頭ない。」

郁はそう断言をして、すくっと立ち上がった。

冷たい夜風が、郁の髪をふわりと巻きあげる。

「勝手に出て行くことは許さぬ。俺達に一言でも相談してから、ここを出ろ。」

狐依は郁の後姿を見ながら、何も言わずに黙っていた。

すると、郁は振り向かずに告げる。

「だが、これだけは言っておく。かならず、自分がいたいと思う場所、つまり心に想う場所―――――心の在り処にいろ。」

「心の……在り処?」

「そうだ。自分が絶対にいたいと、心からそう思う場所、即ち心が在る場所にいれば、おのずと道は見えてくる。その場所が神選組か、お前の父が用意した場所か、狐里こざとか、それはお前が決めることだ。何があっても、お前がいたいと思う場所にいればいい。お前は、そのくらい我儘になっても、誰も文句は言わぬ。」

優しい言葉が紡がれた。

とても身勝手な行動をしたのに、それでも、彼らは狐依に自分で決めろと言う。

先ほども、狐依が何をしようとしていたか知っていたはずなのに、全員が「狂い咲きの桜が珍しくて、外まで見に行った」と口を合わせ、「おかえり」と言ってくれた。

それだけでも泣きそうになるほど嬉しかったのに、まだ自分に選択権が与えられているのが、狐依は酷く申し訳なく、それと同時に心から嬉しいと思った。

「………いいんですか…?」

震える声で狐依が呟く。郁は何も言わず、ただ黙って、言葉の続きを待つ。

「私は………ここにいても、いいんですか…………?」

目尻に涙を溜めながら、掠れた声で小さく尋ねる。

郁は振り向いて、優しい笑顔を向けた。

「お前の心の在り処がここならば、好きなだけいればいい。」

一際強い風が、木にある花びらを一斉に舞い上がらせた。

はらり、はらり。ひらり、ひらり。

薄桃色の花弁が宙を舞い、桜を愛する者達に降り積もる。

「ありがとうございます。」

小さく呟かれた言葉を、桜の花びらが包み込む。

花びらに埋もれる中で、狐依の返事を聞いた者達は――――限りなく優しい笑顔をしていた。

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