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第十二章・紅蓮の記憶

この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。

また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。

屯所に着くと、赤い夕陽が山に落ちようとしているところだった。

「姫様、ここまで来れば安全でしょう。ワシらは、少し用事がありますゆえ、帰ってきたら全てお話します。それまでは、どうぞ、ここにいてくだされ。」

狐依こよりの肩に乗っていた、けいという狐はそう言うと、見事な跳躍で黒苑くおんの肩に飛び移った。

「え、で、でも……。」

「大丈夫、すぐ戻りますです。姫様を置いてどこかに行くことはありえませんです。安心してくださいです。」

少し奇妙な日本語で少女、美咲みさきが言い、黒苑が頷く。

そして、三人[三匹?]は夕闇に染まった町を、どこかへと走り去った。

「――――一体、何だったんでしょうか…。」

まだ何も思い出せない狐依は、そう言って不安気に俯く。

「……………」

しかし、いつもなら何かしら反応してくれるであろうかおるの言葉がない。

狐依が顔を上げると、郁は先ほど走ってきた方をめつけながら、怒りに顔を歪めていた。

「斎藤……さん…?」

狐依が掠れた声で名を呼ぶと、郁はハッと目を開き、狐依の方を向いた。

「す、すまん。考え事をしていた。――――どうした?」

慌ててそう言う郁に、狐依は先ほどの質問を端へ追いやって、別の質問をした。

「――――斎藤さん、あの妖狐ようこを知っているようでしたけど……、過去に、何か…?」

その問いに、郁はこれ以上ないほど目を見開いて、それから、苦々しげな表情でうつむいた。

「――――――――――この話を聞いても、何も得るものはない。」

消え入りそうな声でそう言われ、狐依は首を横に振った。

「斎藤さんが、そんなに辛そうな顔をしているのを、何も知らずに見ているのが、辛いんです。」

郁はその言葉に、先ほどと同じように目を見開いて、何か言葉を発しようと口を開いているのだが、その口から言葉は発せられない。

どうやら絶句しているようだ。

「だから、教えてください。もし斎藤さんが、話しても大丈夫なら――――、私に、何があったのか、教えてください。」

狐依が真っ直ぐな瞳を向けると、郁は気まずそうに視線を反らし、そして、道場の方へと歩を進めた。

狐依が後に付いて行くと、郁は道場の縁側に座り、夕焼け空を眺めていた。

狐依がその横に座ってしばらくした時、

「――――あの時も」

郁が、小さな声で言葉を紡ぎ始めた。

「あの時の空も、道場も――――今の空と、同じ色をしていた。」

それは悲しい記憶。

妖気に満ちた、郁が依巫よりましに成った日の記憶。

「初めは、夕陽が反射して、家が赤く見えるのだと思っていた。―――だが、違った。家が燃えていたんだ。美しいほど、鮮やかに。………俺は、急いで家―――俺の家は道場だったのだが―――に入り、家族の安否を確かめるために、炎を掻い潜った。すると、俺の父であり師匠でもある人を見つけた。父は、倒れてきた木材の下敷きになっていた。『どうしたんだ』と尋ねたら、『狐に襲われた』と言った。俺はその時妖怪が見えなかったから、『狐がそんなことできるはずはない』と言ったのだが、次の瞬間、背中に鈍い痛みが走り―――俺はなんとか床に手をついて、後ろを振り返った。そこには、六本の尾を持った狐が、周りに青白い炎・狐火きつねびを浮かべて、気味の悪い笑みを浮かべていた。」

「それが、あの妖狐……なんですか?」

狐依が尋ねると、郁は頷いた。

つまり、郁は六尾の妖狐に家に火を放たれ、背を向けている間に、狐火によって巫化傷ふかきずをつけられた、ということだ。

「俺の父も傷をつけられたんだろう。元々霊力があったようだからな。その時に、倒れていた父が、最後に使っていた国重を渡して、『そいつを倒せ。母さん達もそいつにやられた』と言った。俺はそれを聞いて、怒りのあまり我を忘れそうになりながらも、何とか妖狐を浄魂じょうこんした。しかし、既に崩壊寸前の家を消火することはできずに、まだ息があった父だけでも助けようとしたのだが――――」

郁はそこで言葉を切り、苦しげに顔を歪ませながら、言葉を吐き出した。

「『死に損ないを助けていたら、お前も火に呑まれる』と言われて―――俺は、父に突き飛ばされて、火のないところへ転がった。父の名を呼んだが、返ってきたのは『お前はまだ、本当の強さを見つけていない。だから、死んではいけない』という言葉だけで―――結局、俺は家族を誰も助けられず、父が言い残した『本当の強さ』というものを求めて、ここへ来た。」

狐依はかける言葉を見つけられず、しばらく黙って郁の横顔を見つめていた。

すると、その横顔が、徐々に怒りに歪められた。

「妖怪は、一度目に斬られると“浄魂”によって妖怪世界に戻り、和魂にぎみたまへと戻る。しかし、その後再び荒魂あらみたまになることもある。二度目に荒魂になった者が斬られた場合―――それは“天昇てんしょう”を意味し、妖怪世界で閻魔大王に裁かれ、大抵が地獄に落ちる。俺は奴をもう一度斬り、地獄へ落とさなければならない。――――家族のために。」

その横顔は冷たく、怒りしか感じられなかった。

狐依は、郁が自分の知らない人になってしまう気がして―――思わず、その手を握った。

「――――違います。」

狐依の口から出た言葉に、郁は眉をひそめた。

「斎藤さんの探している『本当の強さ』は、そんなものではありません。」

今にも泣きそうな顔で言われ、郁は面食らったような困惑顔で、狐依を見つめる。

「どういうことだ。」

「斎藤さんのお父様は、斎藤さんに自分達の復讐をしてほしかったんですか?」

「そうとしか考えられん。父は俺に、『そいつを倒せ』と言ったんだ。」

「きっと、お父様は、斎藤さんに生き残ってほしかったんだと思います。」

そう言って、狐依は優しく微笑んだ。

「そうでなければ、『本当の強さを見つけてないから死ぬな』なんて言葉、出てきません。復讐してほしかったなら、そんな言葉は言いません。」

郁は狐依の言葉に、ただただ困り顔を向けるだけだ。わけが分からない、という表情に狐依はなおも語りかける。

「『本当の強さ』は、腕力や剣術のすごさじゃないってこと、斎藤さんはご存知ですよね?」

郁が訝しげに頷くと、狐依は満足気な顔で、

「だったら、仇打ちのための強さだって、本当の強さじゃないってことも、分かりますか?」

と尋ねる。郁はしばらく考え込むと、再び頷いた。

「じゃあ、『本当の強さ』って、何なんでしょうね?」

いきなりそう尋ねられ、郁は不機嫌そうな顔で

「それが分からないから、ここにいる。」

と言った。

「それ以外にも、斎藤さんが神選組にいる理由があるでしょう?」

郁は目を瞬かせると、先ほどの怒りの表情をなくして、柔らかい表情になった。

「副長が言う“誠の魂”というものを、守るため。それから、帝都や貴光たかみつを守るためでもあり、依巫の能力ゆえに異形だと虐げられた俺を認めてくれた、神選組を守るためだ。」

郁が優しい声でそう言うと、狐依は満面の笑顔で、

「答え、出ているじゃないですか。」

と告げた。その言葉に、郁は小首を傾げる。

「どういうことだ?」

郁が訝しげに尋ねると、狐依は頷いて、

「私は、『本当の強さ』は“守るべきものを守りたいと思う優しさ”だと思います。優しいからこそ、何かを守りたいと思うんです。その思いがあれば、人は強くなれると、私は思います。」

狐依はそう言うと、真っ直ぐに郁の瞳を見つめた。

「―――――あんたは、やはりすごいな。」

しばらくすると、郁はそう言ってふっと笑った。

「俺の怒りも、憎しみも、悲しみも――――何年もかけて神選組が浄化してくれたものを、あんたは一瞬で消し去った。どうしてあんたは、そんなに強い?」

そう言われ、狐依はキョトンとしてから、満面の笑顔で、

「私は、お世話になった神選組の皆さんを守りたいんです。私のような者が、剣の腕などで守れるとは思いませんが―――、皆さんが倒れそうになったら、支えて守るくらいならできるかな、と思って。」

狐依の答えに、郁は少し悔しげな笑みを浮かべて、「そうか。」と短く呟いた。

いつの間にか橙色は消え失せて、空は青黒い闇へと包まれていく。

温かな月光が神選組を照らし出し、出かけていた三匹の妖怪が戻るまで――――

狐依と郁は、互いに手を重ねながら、縁側に寄り添って空を見上げていた。

玄関に戻ってきた妖怪三匹と、道場に忘れ物を取りに来た幹部達に見つかって、二人は散々からかわれるのだが――――それはまた、別の話。

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