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第九章・不思議な力

この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。

また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。

雨続きだった帝都が、ようやく晴れ渡った日のこと。

狐依こよりは、陽助の八番組と共に巡察へと出ていた。

久々の陽気に、店が並ぶ通りは活気づいている。

「この様子だと、妖怪はいないみたいだな。」

その活気づいた様子を満足気に望みながら、陽助はそう言った。

狐依もそれに頷く。

「まったく負の気を感じないもんね。」

唯一同年代のように接することのできる陽助は、屈託のない笑顔を狐依へ返した。

しかし、通りの外れまで来て、市民公園を望む場所についた時、

「――――なんだ、あれ?」

陽助が、怪訝そうに公園の中を見つめた。

小さなつむじ風が、公園の中にいくつか発生している。

しかし、そのつむじ風は、霊力を持つ者にはあまりにも不自然に感じられた。

風の中に、銀色に光る何かが見えたからだ。

「陽助君、あれ……」

狐依が不安気に言葉を発すると、陽助も緊迫した面持ちで頷いた。

「おい、お前ら!五番組と合流して、柳助りゅうすけに至急応援に来るように言ってくれ!」

陽助はそう言うと、刀の柄に手をかけながら駆けだした。

「組長!?」

隊士達が驚いて陽助に声をかけると、彼は振り向かずに叫んだ。

「妖怪だ!」

その言葉を聞き、隊士達は互いに顔を見合わせ、駆けだす。

数人は町内へ、残りの数人は屯所へ。

おそらく、別の場所を巡察している五番組と、屯所にいる依巫よりましの組長達も呼びに行くつもりなのだろう。

狐依は置いてきぼりを食らい、キョロキョロと辺りを見回したが、意を決して公園の方へ走りだした。

つむじ風は回りながら銀色の何かをちらつかせている。

傍に行くと、その銀色が鎌状になっているのが分かった。

「狐依、傍を離れるなよ!」

陽助がそう言って、片方の手で狐依をかばいながら刀を構えた。

「多分、こいつらカマイタチだ!」

「カマイタチ…?」

狐依は思考を巡らせた。

剣術の稽古をすると同時に、彼女は頭の良い敬斗や忠士ただしに妖怪についての知識を教えてもらっていた。

カマイタチ。

それは、つむじ風と共に現れる妖怪で、イタチの腕から鎌が生えたような姿をしている。

伝承によると、三匹のイタチが現れ、“最初のイタチが人を倒し、次のイタチが刃物で人を切り裂き、最後のイタチが傷口に痛み止めの薬を塗り、出血も痛みも感じない”という。

通常はこの動きを一瞬のうちにやってしまうため、一般人はいつの間にか怪我をしていたような錯覚を覚える。

しかし、依巫は違う。

霊力による類まれなる動体視力で、イタチの姿は先ほどから陽助の瞳に映っていた。

しかし、その数は三匹などという生半可なものではなく、もっと多い。十数匹ほどの群れだ。

薬を塗る情けすらかけてもらえないような雰囲気で、どのイタチも目が爛々と輝いている。

しかし、そんな圧倒的不利な状況において、陽助は薄く笑みを浮かべた。

「速さでは負ける自信ないぜ。」

小さく呟くと、陽助はぐっと柄を握る手を強めた。

「“我力を求める者なりて、力を手にする者なり。依り代よりしろことわりを以って依巫とす”!」

陽助が言葉を発すると、その体から黄緑色のオーラが燃え上がった。

「換装―――陽光乱舞ようこうらんぶ!」

陽助は、その言葉を言ったと同時に狐依の前から忽然と姿を消した。

目を見開く狐依をよそに、次々とカマイタチが斬られ、悲鳴を上げる。

陽助は目にも留まらぬ速さでつむじ風の中を移動しているのだ。

時折見える黄緑色のオーラが、まるで光の狂演のように踊っている。

しかし、狐依が陽助に気を取られているところへ、別のカマイタチが襲いかからんとしていた。

気配に気付いた狐依が振り向いて小さく悲鳴を上げた瞬間、

ザシュッ

「―――ッ!」

キンッ

切り裂く音の後に小さな舌打ちが聞こえ、そしてそのすぐ後に金属の擦れる音が響いた。

カマイタチは「きぃいぃいい!」という金切り声を上げて、砂のように空中に消える。

狐依は自分の前に躍り出た人を見て、息を飲んだ。

「斎藤さん………!」

狐依が悲鳴に近い声を上げ、かおるの腕を掴む。

郁は顔をしかめると、「平気だ」と小さく呟き、刀を構えなおした。

郁の腕にはカマイタチの鎌でつけられた傷が、生々しく浮き上がっている。

出血はないが、紫色に腫れた傷はとても痛々しい。

「けど………!」

狐依は顔を歪ませて郁の傷痕にそっと手を重ねる。

突然、白い光のようなものがふわりと郁の腕を包み込んだ。

「!?」

「えっ…?」

郁も、手を添えた狐依でさえも驚いている。

咄嗟に狐依が手を離すと、青紫色の腫れものは綺麗に消えていた。

「どうして………?」

信じられない、といった様子で狐依が目を見張る。

郁もしばらくそうしていたが、すぐにカマイタチの気配を感じて刀を構えた。

公園には郁の他にも数人の組長が来ていて、十数匹のカマイタチと相対している。

郁は腫れもののことは後回しにして、今はとにかく、狐依を守ることを最優先に行動しようと考えた。

愛刀の国重くにしげからは冷気のようなものが薄く出ており、周りの空気が冷たく張りつめていくのが感じられる。

郁は背後に狐依がいるかどうかを常に気にかけながら、視線を辺りに向けてカマイタチを睨みつけていた。

カマイタチの気配を感じれば、すぐに白刃を振り下ろす。

他の組長達が加わったことにより、カマイタチの大群は残らず浄魂じょうこんされた。

あちこちでキンッという刀を仕舞い込む音が聞こえ、全員が同じ場所へ集まった。

「しっかし、こうも急に大群で出てくるなんて、どういうことだ…?」

一人槍を携えた左槻さつきが、その槍を肩に担いで眉をひそめた。そんな左槻の言葉に続き、忠士が腕組みをする。

「判断しかねますね。」

組長達が唸っている間、狐依は先ほどの傷が消えた出来事をずっと考えていた。

自分がそんな力を持っているとは到底考えられず、ましてや郁の驚き様から、郁の治癒能力でもなさそうだ。

では一体、先ほどの光はなんなのか?

頭の中でその考えを巡らせていると、

「うわ、もう倒しちゃった!?」

そう言いながら、隊服を着た柳助が駆けてきた。

「おせーよ、柳助!何してたんだよ!」

陽助が不満気に訴えると、柳助は申し訳なさそうに手を合わせた。

「途中で、食い逃げに引っかかっちゃってさ。結構しぶとくて、追いかけてたら遅くなった。」

まぁそれなら仕方ない、というように、組長達は少し呆れ顔をして、それ以上は何も言わなかった。

「あ、狐依、怪我ねぇか?」

ふと、陽助に心配顔で尋ねられ、狐依ははっと顔を上げた。

「あ、だ、大丈夫…。」

「そか?なら良かった。悪かったな、傍離れちまって。」

「ううん……、斎藤さんが来てくれたから……。」

そう言いながら、狐依は先ほどのことをまた思い出し、難しい顔をした。

「――――ま、退治し終わったことだし、帰ろうか。」

静司が沈黙を破ってそう言い、皆一様に歩き出す。

(あの力――――もしかすると)

ふと、その中に、不敵な笑みを浮かべる者が一人、狐依の後姿を見てそんなことを思っていた。

(――――面白くなってきたな)

ニヤリ、と、不気味な笑顔を浮かべた者がいたことは、狐依を含め、まだ誰も知らない。



――――その日の夕食後。

屯所の廊下で、空に浮かぶ月を見ながら、狐依はずっと昼間の白い光が何なのか考えていた。

(―――あの時は、ただ、自分に治せたらいいのに、って思っただけなのに)

自分が何者なのかも、ここに来る前に何をしていたのかも、狐依はまだ思い出せない。

だからこそ、あの瞬間、恐ろしくなったのだ。

このままだと、神選組にいられないような気がして――――。

「狐神。」

声をかけられ、狐依はビクリと体を震わせた。

おそるおそる振り向くと、郁が微妙な表情で立っていた。

しばらく二人の間に沈黙が流れ、郁がふと口を開ける。

「――――昼間の、傷のことだが。」

狐依はその言葉に顔を青くして、項垂れた。もしや、怪しまれたのではないかと思って。

「何も言わぬ。」

耳に届いた言葉に驚いて顔を上げると、郁は真面目な顔で頷いた。

「どんなものか判断がつかぬため、俺から結論を出すことはできぬ。―――だから、あんたが気に病むことではない。」

きっぱりと言われた言葉が、とても優しく聞こえた気がして、狐依は目が熱くなっていくのを感じた。

郁はそれだけ言うと、すっと狐依の横を通り過ぎようとして―――

「ありがとう。」

ただ一言、そう呟いた。

狐依はその言葉に目を見開いて、立ちつくす。

振り向けずにいると、足音は次第に遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。

狐依は呆けた顔で床を見ていたが、しばらくして、感極まって目尻から雫を落とした。

顔にはとても嬉しそうな表情を浮かばせながら、目から涙を流して、狐依はしばらくそこに立ち尽くしていた。

もしかしたら、神選組にはいてはいけない、異形の者かもしれないのに。

それなのに、郁が一言だけ言った礼の言葉が嬉しくて、ただただ、狐依は優しい涙を流していた。

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