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第八章・雨なれど、その心は流せず

この物語には新選組等歴史的人物の子孫が登場いたしますが、フィクションですので実際の人物や団体等とは全く関係ありません。

また、未来がこのような形になっていたりするのはあくまでも“空想”ですので、ご了承ください。

梅雨に入り、帝都は毎日のように雨音が響くようになった。

じめじめとした蒸し暑さに、これでは妖怪も増えそうであるが、雨のせいでなかなか巡察がスムーズに行かず、神選組にも苛立ちがこもっていた。

そんな雨降りのある日、道場には小さな掛け声が響いていた。

「やあっ!」

ダンッと足を踏み出す音がして、木刀が降りあげられた。

そしてその降りあげられた木刀が、振り下ろされた時―――

ギシッ と軋むような音がして、振り下ろされた木刀が別の木刀によって弾かれた。

「つっ…」

弾かれた木刀が木目の床に転がり、木刀を握っていた狐依こよりは腕を抑えた。

「怯むな、もう一度木刀を持て。」

鋭い声が響き、狐依と相対しているかおるが、木刀を構える。

「はいっ…!」

狐依は急いで木刀を拾うと、再び構えた。

現在、狐依は道場で剣道の稽古をしている。

これは狐依が自主的に歳信としのぶに頼んだことで、相手はもっぱら世話係の郁だ。

長い白髪を後頭部で一括りにし、袴を穿いて真剣な表情で木刀を構える姿は、なかなか精悍せいかんで、周りで稽古をしている隊士達は、その凛とした表情に目を止め、感心したように見ている者もいた。

「余所見してると、死ぬよ?」

その時、声音は冗談交じりだが内容が全く笑えない言葉を吐き出し、一人の隊士に静司が猛然と木刀を振るった。

「うわっ!?」

不意を突かれた隊士は静司の剣圧に押されて木刀を取り落とした。

「そんなんじゃ、泥棒とかにもすぐに逃げられちゃうよ。」

「す、すみません……!」

そのやり取りで他の隊士達も我に返り、自分達の稽古を再開した。



狐神こがみ、腕の方はなんともないか?」

稽古が終わった後、郁が狐依にそう尋ねると、狐依は笑顔で頷いた。

「はい、大丈夫です。今日はありがとうございました。」

狐依が頭を下げると、郁は首を振る。

「礼などいらぬ。そうやって自分を鍛えるのは、良いことだからな。」

「はい!」

そんな二人の様子を見て、組長達はにやりと意味ありげな笑みを浮かべていた。

「全く、郁君てば、あんなデレデレしちゃって。」

別にそこまでではないのだが、静司はからかう気満々でそう呟く。

「ま、狐依も結構美人だからな。仕方ねぇよ。」

左槻さつきまでもからかうようにそう言って、楽しそうに二人を見ている。

「平隊士達も公認だからなぁ、狐依ちゃんのことは。やっぱ、屯所に女の子がいると空気が神聖になるよなぁ。」

そううっとりと呟く新一は、見事に無視されてしまったけれど、本人は気にしていない。

「――――屯所に女がいないからそう見えるんじゃねぇの?」

ボソリ、と不機嫌そうに陽助が呟くと、左槻がにやりと笑って

「なんだぁ、陽助。それじゃあ狐依がかわいくねぇって言いてぇのか?」

すると、陽助は顔を振って全面否定した。

「違うって!そんなこと言ってねぇよっ!」

「じゃあなんだ?もしかして、焼きもちか?」

なおもにやにやと笑う左槻に、陽助はまた不機嫌そうな顔になり、

「そうじゃねぇけど。……同い年くらいだから、ちょっと複雑。」

「陽助、そんなところで子供っぽいところ見せても、全然かわいくないよ?」

「なんだよ、静司!どういう意味だよ!」

四人がそうやって騒いでいると、心底呆れた顔をした郁がやってきた。

「―――――何をしている。」

「別に、ただ話してただけだよ?」

静司が笑ってそう言うと、郁は小さくため息をついた。

「あれ、斎藤、狐依は?」

左槻が郁の傍に狐依の姿がないことに気付いて尋ねると、郁は普段の顔に戻り、

「部屋に戻った。これ以上稽古していては、平隊士達の稽古が務まらんからな。」

「あれ、郁君も気付いてたんだ?」

静司がそう尋ねると、郁は頷いた。

「でも、さっきは『自分を鍛えることは良いことだ』とか――」

「それとこれとは話が別だ。さぁ、平隊士の稽古を続けるぞ。」

静司の話を途中で遮ると、郁は道場へと真っ直ぐに向かった。



狐依が自室へ戻る途中、廊下に立ってじっと雨の降る様を眺める歳信の姿があった。

歳信はしばらく、狐依に気付いていないのか、沈黙したまま雨を見ていたが、やがて形の良い唇をゆっくりと動かして、言葉を発した。

「雨音よ 悪しき言の葉 良き言葉さへ 我の耳より 遠ざけたまへ」

そう言うと、持っていた紙にさらさらと筆で書きとめて、雨から視線を外した。

「――――今の句は、土方さんが考えたのですか?」

狐依が尋ねると、歳信は少し驚いたように目を見開いてから、眉間にシワを寄せながら照れくさそうに頷いた。

「まぁな。随分即席の句だったが。」

「どういう意味なんですか?」

無垢な瞳で狐依が尋ねると、歳信は遠くを見るような瞳をして、もう一度雨を見つめた。

「―――――『降り続ける雨の音は心地よく、悪い言葉も良い言葉も、私の耳より遠ざけていくようだ』一応、そういう意味を込めてみたんだが。」

そう言われ、狐依は雨音に耳を傾けた。

しとしとと降る雨音が、狐依の耳に優しく響く。妙に心地いい音を聞いていると、自分が全ての音から確立されたような気分になった。

「――――分かる気がします。」

狐依が小さく呟くと、歳信は苦しげな笑顔を浮かべて、

「あん時も、そうだったらよかったのにな………」

消え入りそうな声で、そう呟いた。

「あの時…?」

しかし、隊士達はほとんどが稽古をしている時間、廊下には雨の音と草木が風で揺れる音くらいしかしておらず、狐依の耳には歳信の言葉がしっかりと届いた。

「聞いたってつまんねぇ話だ。俺が巫化傷ふかきずを負った時の話なんてな。」

「聞きたいです。」

狐依がきっぱりと告げると、歳信は少し面食らったように困惑顔をしていたが、狐依がじっと顔を見てくるので、仕方なくため息をついた。

「―――――――あの日も、こんな雨の日だったな。俺と貴光、そして刀馬と、もう一人、俺達の師であった勝奏舟かつそうしゅうは、一族で依巫よりましを継ぐ“依代楔よりしろせつ”だった。依代楔では、より霊力が強い者が先祖に選ばれ、依巫になり、当主の座を継ぐ。そのため、当主の座を狙って、毎回のように壮絶な争いが繰り広げられていた。中には、妖怪を自らに憑かせ、より強い力を得ようという者もいた。」

歳信が語る事実は、まるでどこかの王族の話のようだった。覇権争いが多発する、血生臭い一族の話。

「そして、ある雨の日。勝家の当主となっていた奏舟と俺達は、外出している時に勝家の人間に襲われた。そいつは、当主の座が欲しくて、奏舟を暗殺しようとした。―――けど、普通にやってて奏舟に勝てるわけがねぇ。相手は負けた。しかし、気絶した相手の体から何かが飛び出して、奏舟を襲った。そいつは妖怪“犬神”。」

「犬神……?」

「犬神は、犬の妖怪で、妖狐ようこ、それから九十九神つくもがみと同じように憑き物だ。ただし、作り方が残酷で、作る者も失敗すれば犬神の餌食となるため、今では滅多にやる者はいない。」

歳信はそこで言葉をきると、悔しそうに歯軋りをした。

「奏舟は依巫だったが、俺と貴光たかみつ、それに刀馬とうまはまだ依巫ではなく、ただの先祖憑きだった。そのため、犬神がはっきり見えず、俺達も殺されそうになった。だが、死にそうになったところを、奏舟が――――自分の残り少ない霊力で、俺達の傷を少し癒してくれたんだ。だが、霊力を俺達に分けたために、奏舟は死んだ。犬神は俺達が倒したが――――、奏舟を死なせちまったんじゃ、犬神を浄魂じょうこんさせた意味なんてねぇ。」

歳信はそう言うと、自嘲気味に笑い、

「大事な人を亡くしたのに―――、その人を殺した妖怪を、殺すことはできねぇ。浄魂ってのは、妖怪の魂を浄化するもんであって、殺すもんじゃねぇ。それに、一度浄魂されても、そいつがもう一度荒魂あらみたまになる可能性は十分にある。――――これじゃ、奏舟の無駄死にしかならねぇんだよ…………」

もう少し、もう少しだけでも、自分達が強ければ。そうすれば、奏舟を助けられたかもしれないのに。

歳信は小さくそう呟くと、顔を歪めた。

過ぎてしまったことは変わらない。

そんな事実が忌々しいというように、その顔には、ただ後悔しか浮かんでいなかった。

「――――土方さん。」

狐依はそんな歳信の顔を、しばらくの間じっと見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「じゃあ、土方さんが、同じ過ちを繰り返さないようにしましょう。」

狐依の言葉に、歳信は怪訝そうに眉をひそめた。

「過ぎてしまったことは、もうどうしようもありません。悔やんでも、奏舟さんが辛いだけです。それよりも、土方さんがするべきことは、もう二度と同じ過ちを繰り返さないことだと思います。」

狐依がきっぱりと言い放つと、歳信はふっと笑った。

負けた時の悔しさが少し混じった笑顔で、

「――――てめぇで決めたことを忘れて、お前に言われちまったんじゃあ、俺ももうお終いだな。」

そう言うと、すっと空を見上げた。

雨は弱くなってきて、微かに雲の隙間から陽光が差してきた。

「俺達は、依代楔を続けていこうなんて思っちゃいねぇ。」

しばらくして、歳信がそう呟いた。

狐依が顔を上げると、歳信は空を見上げながら言葉を紡ぐ。

「次の世代が依巫になろうってんなら止めはしねぇが、一族で続けていくのはもう止めるつもりだ。これは全員一致の意見だぜ。」

そのしっかりとした意思は、強固な心の現れ。

この強い心こそが、神選組が掲げる誠の心なんじゃないかと、狐依はふとそう思った。

「――――お前は不思議な奴だな。話すつもりなんてなかったことも話しちまうし、何よりどこか安心できる雰囲気がある。」

「えっ?」

狐依が目をくりくりとさせると、歳信はくしゃりと笑った。

「ありがとな、狐依。お前を拾って良かったぜ。斎藤に感謝しねぇとな。」

そう言うと、歳信はゆっくりとその場を後にする。

狐依が茫然とその後ろ姿を見送っていると、雨が止んで、太陽が顔を出した。

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