おーい、おーい。
「絶対に声出したらダメだよ?」
「わかってるってー」
何回同じ事言うんだよ・・・。
子供じゃないだから1回言えば分かるって。
「絶対だからね」
大学の同級生に案内されて遥々クソ田舎の山の中にまでやって来た。
事の発端は・・・。
授業がいくつか被り、お互いに名前は知らないが顔だけはお互いに知っている。
そんな関係だった。
お昼時、何の気無しに入ったラーメン屋で・・・。
「すんませんっ!混んできたんで相席大丈夫でしょうか!?」
「あ、はーい」
「それではすんませんこちらにー」
と、店員に促されて向かいの席に座ったのがコイツだった。
「「あっ」」
気まずいがお互いに気づいてしまった以上、そこから無視する訳にもいかず。ラーメン屋でお互いに自己紹介をするという意味の分からない状況に陥ったりした。
それからは大学で顔を合わせると挨拶は交わす程度の仲にはなったが友達という程でもなかった。
が、ある日。
「さっき電話してたよな」
「してたけど?」
「すっげー訛ってたよな」
「・・・・・・」
「誰と電話してたんだ?」
「母親」
「へー、どこ出身だっけ?あれ?聞いた事無かったかも」
「田舎だよ田舎。超が付くド田舎」
その田舎がどこなのかを聞いているのだけど、どうにも地雷っぽい気がするので追求はしない方が良さげだ。
「田舎なのが嫌で出て来た感じ?」
「そーっ」
「まぁ、俺もだ」
「そうなの?」
「近所には田んぼしか無かった」
田舎者同士という事に親近感を抱いてくれたのか、それから少しずつ仲良くなっていった。
そして、コイツの母親の地元というか母親が子供の頃に住んでいて今は廃村になった場所に曰く付きの井戸があるという話を聞かされた。
「行った事はあんの?」
「1回だけ」
「へー、何しに?」
「墓参り。母方の親戚の墓があるとかで小さい頃に」
「で?どんな井戸なんだよ」
「もうあんまり覚えてないけど普通だったと思う」
「普通の井戸ってどんなだよ」
田舎っても水道はあるし、井戸なんて地元には無かった。
いや、井戸自体はあったけど滑車や手押しポンプを使って汲んだりするような井戸ではなかった。
浄水しないと飲めないから、用途として限られていた。農地に使ったりトイレに使ったりしていたみたいだけど電気で汲み上げていたはず。
「あれだよ」
「あれ?」
「貞子が出て来そうな」
「丸井戸か」
「そー。お岩さんでもいい」
「あれってお岩さんだっけ?お菊さんじゃなかったっけ?」
「あー、かも。どっちだっけ?」
「いや、そこはどうでもいい・・・」
「まぁ、そっか」
「石積みの丸井戸かー」
「朽ちてる屋根もあったかも」
「あー・・・マジで雰囲気ありそうだな」
「でも、イメージの中ではそんな怖そうなイメージは無いんだよなぁ」
「ふーん」
「説明してると怖そうでしかないんだけどね」
「廃村で古い井戸で色々と曰く付き。完全に怪談だもんな」
「だね。でもさ」
「うん?」
「俺の知ってる事ってこれだけなんだよね」
「え?」
「大人達から井戸の近くでは声を出すな。声を掛けられても返事をするな。井戸は無いモノと思え。って言われてて」
「かなりだな。そんな扱い」
「井戸について聞くのはタブーって感じだったから」
「あー、なるほど。その井戸の写真とかって」
「ある訳無い」
「それもそうか」
「声を出すなってのと返事するなって別々に言う意味分からないよな」
「声出さなきゃ返事のしよう無いもんな」
「なー」
と、春くらいに簡単に聞かされた井戸の話を夏休みも終わりの方になってふと思い出した。
夏休みの序盤にキツめのバイトを詰め込み。稼ぎはしたが燃え尽きてしまい帰省するのも面倒になりダラダラと過ごしていた所為かヒマ過ぎてそんな話を思い出したのかもしれない。
「なぁ、前に言ってた井戸見に行かない?」
「はぁ?」
気付いた時には電話を掛けていた。
「旅行がてらちょっと行ってない?」
「ヤだよ。あんな田舎」
「レンタカー借りてさ。ちょっと行ってみよーぜ」
「そんな金無いよ」
「車代は俺が出すし」
「・・・・・・」
「車中泊すりゃ宿泊代も要らないし」
「うーん・・・」
「掛かるのはメシ代くらい?」
「ガソリンもタダじゃないだろ」
「それも俺が出すって」
「マジ?」
「マジ。ヒマ過ぎてマジで溶けそうなんだよな」
「それは俺もだけど・・・」
「だったら行こーぜ」
「うん・・・」
「お?」
「金出さないってか、出せないぞ?」
「いいよ、いいよ。案内してくれればそれで良い」
「出すのは自分のメシ代だけ?」
「まぁ、銭湯とかで風呂入るとしたらそれは出してくれ」
「そんなのは全然良いよ」
「いつだったら行ける?」
「何の予定も無いから明日からでも」
「安いトコ探したいから最速明後日出発でどう?」
「オーケー」
「決まったら連絡する」
通話を終了するや否やレンタカーを探し大まかなルートのチェックもした。
「あ、もしもし」
「どうかした?」
「決まった」
「え、もう?」
「なんかさ・・・」
「うん?」
「冷静になったら行く気無くなりそうで・・・」
「たしかにっ」
「運転出来たっけ?」
「俺?一応、免許は持ってるけど」
「お」
「免許取ってから運転してない」
「出来なくはないって感じか・・・」
「高速とかは怖いかな」
「下道で行くつもりだけどさ・・・」
「うん?」
「13時間くらい掛かりそう」
「そんな掛かるのか・・・」
「休憩とかも要るから15時間くらい見ないとだな」
「そんな掛かるなら俺も運転するよ」
「頼む」
「ちなみに高速使ったら?」
「それでも10時間は掛かるから。休憩入れたら12時間とか?」
「そんなに差無いね」
「そう!高速代は高いのにそこまで時間の差が無い」
という訳で、明後日とは言ったが明日の晩に出発する事になった。
時間が経てば経つ程に無駄な出費に無駄な労力。そして、得る物は何も無いという事に気付いてしまうから。
「そいじゃ、ナビよろしく」
「うん」
「迷わなければ昼前には着くし。ササッと井戸見て、その後で美味いもんでも食いに行こーぜ」
意気揚々と出発したが・・・渋滞に飲まれ進まない車、続かない話、止まらない欠伸あくび。
もう既に帰りたくなっている。
「眠そうだけど替わる?」
「大丈夫、寝てていいぞ」
「・・・・・・」
完全に疑いの目で見られている。
まぁ、俺の運転する車に乗るのも初めてだし、しかもそれが長距離で更には欠伸までキメてたら信用は出来無いか。
「ちょい自販機で飲み物でも買うわ」
「眠気覚ましにコーヒー?」
「何か適当にジュース」
「あるよ」
「マジ?」
「買っといた」
「サンキュ」
足元のカバンから取り出されたコーラを受け取り一口飲むと受け取った時の嫌な予感が的中した。
温い・・・。
「よし、気合入った」
と言うしかない。
寧ろ気は抜けた。炭酸は抜けてないけど気は抜けた。
「じゃ、俺は寝るから。眠くなったら遠慮無く起こして」
「おう」
再び温くなったコーラを一口飲み。ウィンカーを出して、右車線に移りアクセルを踏み込んだ。
運転を始めて6時間程が経った。
眠気自体はそこまで無いが温いコーラをチビチビ飲んだ所為で口の中が甘ったるくなっているのでどこかで冷たくてスッキリした飲み物が欲しい。後半には炭酸も抜けて悲惨だった・・・。
そして、トイレにも行きたい。
どこか店でもあればと思ったが、田舎でこんな時間に開いている店なんて無い。
なので線路沿いを走り駅にやって来た。
ここならば自販機くらいはあるだろう。運が良ければトイレもあるだろうし。
それにしてもコイツはあれからずっと熟睡している。
流石に交代させても良い気がしないでもない。
「おーい」
「んー・・・うん?着いた?」
「駅にな。目的地はまだまだ先」
「駅?」
「そー」
「ここから電車?」
「いや、自販機とトイレ目当て」
「あ、俺もトイレ行きたい」
田舎の駅らしく無人駅で運良く横にトイレが併設されていた。
そして、トイレから出ると仄かにはあった眠気も完全に無くなった。
飲み物はお茶にしておいた。
「交代しても良いよ?」
「いや、まだ大丈夫」
「そう?」
再び運転席に座り、ハンドルを握りアクセルを踏み込む。
「眠くないの?」
「今は大丈夫かな」
「無理して事故られたら困るから程々にね」
「おう」
そこからは喋り相手になってくれたので退屈もせずに運転が出来た。
「そろそろ替わった方が良くない?」
「まだ大丈夫だけど?」
「着いた時に限界だったらどうするの?」
「あー、そっか・・・」
後部座席でゆっくり寝ても良いと言われたが何となく助手席で寝る事にした。
座席を交換し、目を瞑りポツポツと他愛ない事を話していると次第に眠くなっていった。
「おーい」
「!?」
「もうそろそろ着くよ」
と、慌てて飛び起きると既に明るくなっていた。
「まだもうちょっと先だけど、ここから道も悪くなるから」
「おぉ・・・やっとかぁ」
そこからしばらく進んだ所で舗装されていない道へと入っていく。
「雰囲気あるな・・・」
「寂れてるからね」
昼間だと言うのに鬱蒼と生い茂った木々の所為で薄暗い。
そして、進むほどに道は悪くなっていく。
「あ、あった」
「お?」
一気に視界が晴れ。そこにはドラマか映画にでも出てきそうな大昔の木造平屋の建物が点在していた。
「すげーっ」
「前に来た時よりだいぶ朽ちてるなぁ」
大きな木が生えていないから開けているだけで地面には草が生い茂り、建物を侵食し飲み込みつつあった。
「ホントに人が入ってないんだな」
「小学生の時に行った時が最後だったみたいだし」
「へー」
「あ、見えてきた」
「どれ?」
「右の方の」
「おぉ・・・」
聞いていた通り石造りの丸井戸で上には朽ち掛けた木製の屋根があった。
「流石に真横までは・・・」
「だな」
と、少し離れた所に車を停め。一息吐いてから車を降りた。
「絶対に声出したらダメだよ?」
「わかってるってー」
「絶対だからね」
ゆっくりと井戸に近づき、中を覗き込もうとした瞬間に異変は起こった。
「おーい」
絶対に声を出すなと言った張本人が真横で声を出した。
驚いて直ぐに横を見ると、向こうも驚いた顔をして・・・。
「声出すなって言ったじゃん!」
え?俺は出していない。あれ?
全身から脂汗が噴き出し今直ぐに全力で逃げろと本能が告げている。
再び横を見ると黒いモヤがかったナニカに手を捕まれ井戸に引きずり込まれている瞬間だった。
「!?」
叫び声が聞こえた気がした。
既に車に向かって走り出していたので聞こえたのは背後からだったが振り返る余裕も他人に気を回す余裕もない。
急いで車に乗り込み、差したままのキーを回しエンジンが掛かるや否や全力でアクセルを踏んで逃げた。
どれくらい経っただろう?明らかなスピード違反で警察に見つかれば確実にサイレンを鳴らされるだろう。
でも、それも良いと思える。
警察に保護されれば助かるような気がしている。
あまり恐怖から逃げ出し何も考えられなかったはずが気付けばそんな事を考えている事に気付いた。
「ふぅ~~~~・・・」
少し冷静になり、踏み込んでいたアクセルを緩めた。
アイツを置き去りにした。見捨てた。
落としたスピードに反比例して罪悪感が襲ってくる。
でも、何故かは分からないがアイツはもう助からないという確信はあった。
見捨てたという罪悪感。助けに向かった所で手遅れだった。
俺が誘わなければという考えと最初に言い出したのもアイツで声を出すなと言ったのに声を出したのはアイツの責任。
そんな罪悪感に押しつぶされそうになる度に言い訳をして紛らわす。
そんな時間がどれだけ流れただろう。
気付くと休憩もせずに見知った町並みを走っていた。
何とか帰って来る事が出来た。
レンタカーを返却し、家へと帰って来た。
長時間の運転で疲れ切っていたのだろう。ベッドに座った所で記憶が途切れ、目を覚ました時には12時間程経っていた。
もしかしたら全部悪い夢だったんじゃないかと一縷の望みを掛けてアイツに電話を掛けてみるが留守電になった。
警察に連絡するべきか?
でも、何て説明すれば良い?
あった事をそのまま説明するしか無いのか?
そうなった場合・・・俺がアイツを井戸に落とした事にならないか?
でも・・・でも・・・。
冤罪を恐れて警察に連絡が出来無いまま夏休みが明けた。
その頃には、もう忘れてしまうしかない。そんな最低な考えに至っていた。
久しぶりに大学に登校すると・・・。
「おーい」
「!?」
真後ろからアイツの声が聞こえた。
と、思い振り返ると・・・全然知らないヤツが遠くに居る知り合いに声を掛けただけだった。
「あ、す、すいません・・・」
「あ、いや・・・」
謝られてしまった。
多分、俺が凄い顔をしていたからだろう・・・。
きっとこれから先も「おーい」という声に反応してしまうのだろう。