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おーい  作者: ぴかり
1/6

おーい。

「おーい」


またやってる・・・。


「おーい、おーい」


マンションの窓から見下ろすと予想通りの光景があった。


「おーい」


呆けた爺さんが誰も居ないにも関わらず手を振りながら大声で呼びかけていた。

最初は吃驚もしたが週に何度も見かける光景なので直ぐに慣れてしまった。


近くに商店街もあり治安も良いが、駅が少し遠くて交通の便に多少の難がある。

だからこそ貧乏学生の俺でも住む事が出来ている。


ただ、割合的には単身者や学生向けよりも20代、30代の小さな子供の居るファミリー層がメインなエリアだったりする。

そんな場所に紛れ込んでしまった異物。


俺が越して来た時には既に爺さんは居たので最初がどうだったのかは聞いた話にはなるが。結構な大事になったらしい。

公園で子供を遊ばせていたママさん達が通報して騒ぎになった。

が・・・虚無に向かって手を振り呼びかけているだけの爺さんを逮捕なんて出来るはずもなく。保護は出来るのかもしれないがその辺りがどうなっているのかは知らない。


何度か通報されてその度に警察が出動したが注意されるだけで何も変わらず。

ママさん達も相手さえしなければ問題無いだろうという事で爺さんなんて最早居ない「おーい」なんて声も聞こえない。そんな対応になったそうだ。


ただ、子供には関わらない様にとしつこく言い聞かせているとは思う。


マンションの下からは未だ爺さんの声が聞こえているがそろそろバイトに行く準備をしなければと思い着替えを済ませて外に出た頃には爺さんの姿は無く少しホッとした。


慣れてしまえば基本的に問題無いが・・・あの爺さんの厄介な所は、天災の如く忘れた頃にやって来る事だ。


「おーい」

「!?」


深夜に近所のコンビニにタバコを買いに行った帰り。

間近でいきなり「おーい」と叫ばれて飛び上がった。


誰か人が居る事は認識していたが暗いのもあって爺さんだとは思わなかった。

その所為で文字通り吃驚して飛び上がってしまった。


くそう・・・誰かに見られている訳では無いが謎の気恥ずかしさで悪態をつきたくなる。


まぁ、そんな感じで実害は無い。

俺みたいに吃驚させられて恥ずかしい思いをさせられたりする以外には・・・あの爺さんの事を知らない人がたまたま距離感が合ってしまって自分が呼ばれていると勘違いして駆け寄るも爺さんが呼びかけているのは虚空でしか無かったと近づくまで気付けなかったりする以外には実害は無い。


ママさん達からしたら子供が心配で仕方ないだろうから問題なのはそこくらいだろう。


ある日、夜中にどうしても甘い物が食べたくなりコンビニに向かった。

エレベーターを降りた辺りで遠くから「おーい」と呼ぶ声が聞こえ、ゲンナリしながらコンビニに向かうとマンションを出て直ぐの所で爺さんが「おーい、おーい」と叫び散らかしていた。


深夜の大声も実害か。と思いながら何か爺さんに違和感を感じた。

呆けておかしくなった爺さんに違和感もクソも無いかもしれないが何かが違う。


ため息を吐きながら爺さんの横を通り過ぎる時に横目で観察すると。

普段は手を左右に大きく振っていたはずだが今日の爺さんは手を真っ直ぐ上げて手首を曲げて手招きしていた。


レアパターンなのか?実はバリエーションが色々あったり?

呼びかけも他のパターンがあったりするんだろうか?


そんなどうでもいい事を考えながらコンビニに向かい、買い物を済ませた頃には爺さんの事なんて完全に頭から消え去っていた。



そして、また爺さんの事が完全に頭から消え去った頃。

そろそろバイトに行く準備をしないと。と、思いながらもベッドでゴロゴロとスマホをイジっていると外から爺さんの声が聞こえてきた。


「おーい」


またか・・・。と、思いながら身体を起こし窓から爺さんを観察する。

すると、前回見た時同様に手は真っ直ぐと上げている。そして、手招きをしていた。


左右に手を振るのに飽きたのか?

手招きがマイブームとか?


「っと、そんな事より準備しないとだ・・・」


準備を終えてマンションの外に出た頃には爺さんはやっぱり居なかった。

大声で時間を問わず叫んでいても注意で済まされるのはこれも大きな要因だと思う。

叫んでいたとしても精々1-2分。そして、直ぐにその場から居なくなる。


「神出鬼没の謎のジジイっすか」

「そう、最近は気になって探してる自分が居る」

「それって・・・」

「ん?」

「恋?」

「な訳あるかっ」


バイト先の後輩に爺さんの話をしてしまう。

それくらいには気になっている。


「ただのボケ老人っすよね?」

「だなぁ」

「何がそんなに気になるんすか?」

「何だろ・・・?何か違和感が・・・」

「違和感・・・んー・・・髪切った?的な?」

「爺さんの髪型とか興味ねーわ」

「服が実はハイブランドとかオシャレしてたり?」

「服・・・普通だったと思うけどなぁ」


爺さんの髪型とか服装とか・・・おかしな所あったかな?

興味無いとは言ったがもしかしたらそれが違和感の正体かもしれないので次に出没した時には意識して観察してみよう。


と、思っていたのだが・・・意識していると本当に出会さないのがあの爺さんの謎な所だ。

恋の駆け引きの様に押し引きでもされてるんだろうか・・・。


そう思ったのも束の間。

バイトの帰り道で向こうから爺さんがやって来た。

フラフラと覚束ない足取りでこちらに歩いて来たかと思ったら不意に立ち止まり手を上げてこちらに向かって「おーい、おーい」と呼びかけだした。


とは言っても、俺に対して呼びかけてる訳ではなく。爺さんにしか見えていないナニカに向かって呼びかけているのだが。


これをチャンスと思い。意図的にゆっくりと歩きながら爺さんを観察する。

暗いので髪型や服装について細かいところまでは観察出来ないのが残念だが1つ気付いた事がある。


距離が近くなっている気がする。


何の距離かと言うと爺さんとナニカの距離だ。


この町に越して来て最初に見た時は遥か彼方に向かって呼びかけている様に思えた。

それが今では20メートル先くらいだろうか?に向かって呼びかけている様に感じる。

それに伴って声の大きさも小さくなっている気がする。


今日は中々の収穫だったな。と、ホクホクで布団に入ったが・・・本気で爺さんに夢中な自分にちょっと引いた・・・。



それからまたしばらく爺さんを見る事が無く。

久しぶりに見た時にはやっぱり呼びかける距離が近くなっていた。


爺さんにしか見えていないナニカ。

それが爺さんの手の届く距離まで近づいた時。何かが起こるのだろうか?


「死ぬんじゃないっすか?」

「何でだよ」

「ほら?ドッペルゲンガーとかって見たら死ぬって言うじゃないすか」

「それとはまた違うだろ」

「でも、あーゆーのって多少の違いがあっても結末は一緒じゃないすか」

「まぁ・・・確かに・・・」


見たら。遭ったら。触れたら。知ったら。

死ぬ。連れて行かれる。失う。


「なるほどなぁ・・・」

「そんなジジイの話は良いんで仕事して下さい」

「す、すまん・・・」


あの爺さんの呼びかけている相手が爺さんの直ぐ側まで来た時。その時が爺さんの寿命なんだろう。

それが俺の中で出た結論だった。


その答えに満足し、爺さんの事は頭から消えて通常通りの生活に戻った。

爺さんの叫び声も聞こえて来なかったので。



「おーい」


そう思った矢先。

コンビニからの帰り道、後ろから爺さんの声が聞こえてきた。


「おーい」


ようやく気にならなくなった所だったのに・・・と、溜息を吐いた。


トントン───。


「!?」

「落としましたよ」


肩を叩かれ吃驚して振り返ると、そこに爺さんが居た。


「これ貴方のですよね?」

「え?」


爺さんの手には俺のサイフがあった。


「あ、はい」

「良かった。さっきコンビニで会計した時に落としたんですよ」

「あ・・・ありがとうございます」

「いえいえ」


そう言うと、以前のヨタヨタとした覚束ない足取りではなくキビキビとしっかりした足取りで去って行った。


声は確実に爺さんのだった。でも、見た目は若返っていたような気もする。

もしかしたら弟だったのかもしれない。でも、兄弟だからって声まで一緒とは思えないし見た目もやっぱりあの爺さんだった。


アイツの言っていたようにドッペルゲンガーとかで入れ替わったりしたのだろうか?


何て考えていたが・・・冷静に考えれば呆けていると言っても四六時中ずっとと言う訳では無く、症状が出たり出なかったりするまだら呆けってヤツだと考えるのが妥当だと思う。

今回はたまたま呆けてない状態だったのだ。



その翌日、爺さんは商店街で子供に暴力を振るい警察に逮捕された。

そして事情聴取中に突然亡くなったとネットニュースで知った。



「どう思う?」

「ロウソクが燃え尽きる時に大きく燃え上がるって言うじゃないっすか」

「ん?あぁ」

「そんな感じで最期に元に戻ったって感じなんじゃないすかね」

「なるほどなぁ」



そうして爺さんが呼び掛けていた相手が誰だったのかは永久に分からないままとなった。


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