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閑話 Side-T 《タコ視点》 ① ~料理は腕によりをかけて、魔力をこめて~

【side-T(タコ視点)シリーズ】

タコの心の声(?)をお届けする閑話回です。

 私は、目を疑った。


 おかしな形をした乗り物が、硬い地面を高速で走っている。そびえたつ高い建物は、見上げても頂上が分からなかった。


 通りすぎる人間どもは、こちらに奇異の目をむけて驚いている様子だった。


 ふっふっふ、どうだ。恐ろしいだろう。私は史上最恐の魔王・グリアロボス様の下僕だぞ!



「なにあれ?」


「タコ? おもちゃ……ぬいぐるみかな?」


「ねーママ、あれほしい!」


「だめよ。誰かが落としたやつかもしれないでしょ?」


「…………」



 とても恐怖を抱いている様子ではないようで、がっくりと肩を落とした。


 肩なんてないだろう、だって? なめるなよ!……そのとおりだ!


 ひとまず、活動しやすくするため魔法を施す。私の姿を見た者は、自然と私を受け入れる魔法だ。これは、この世界にくる前にグリアロボス様から授かった特別な魔法である。


 そもそも、なぜ私が一人でこんな場所にいるのか。


 グリアロボス様は、勇者と名乗る強者を筆頭とした人間どもとの戦いに勝利したのち、支配地域を大幅に広げられた。魔物どもは皆服従を示し、なおもあのお方を打ち倒そうとやってきた人間は、ことごとく返り討ちにされ、去っていった。



「好機だ、ロンギヌス二世よ。今こそこの世界を征服するため、動きだすときだ」



 待ちに待ったそのお言葉を受け、偵察役として人間界に派遣が決まった。


 それで、このザマである。


 明らかに、様子がおかしかった。あちこち見てまわっても、私が今まで目にしてきた冒険者と名乗る者――鎧を身につけて武器を携えている者や、体を覆い隠すほどの長いローブなるものを着こんで杖をもっているような者は、どこにもいなかった。


 動物を従えて歩いている者がいたので、近寄ってその動物に話しかけたが、言葉は通じなかった。魔物ではない証拠だ。


 人間はいる。動物もいる。しかし、魔物はいない。気配さえも、感じない。


 わけが分からず、途方に暮れた。



「……ロン……にせ……わたし……がきこえ……か」


「っ! グリアロボス様!? グリアロボス様!」



 頭の中に、愛する魔王様の声が響いた。


 何度か呼びかけているうちに、そのお声が鮮明に聞こえるようになってきた。



「ロンギヌス二世。やっと見つけたぞ」


「グリアロボス様……! 私は一体……?」


「うむ。どうやら、転移する際に生じていた時空のひずみに落ちてしまったようだな」


「時空のひずみ……!?」


「すなわち、お前がいるその世界は我らの世界とは別の世界ということだ」


「やはりそうだったのですね……! 申し訳ありません! 今すぐ戻ります!」


「否。それは無理だ」


「む、無理……とは?」


「何度かお前をこちらに戻すように手をつくした。が、どうにもうまくいかぬ」


「そんな……!」



 グリアロボス様の力をもってしても、戻れないなんて。そんなばかな。



「案ずるな。原因は分かっている」


「おお、さすが我が主! して、その原因とは?」


「お前が今いる世界に、強力な異能力をもった者がいる。その者どもが接近するたびに反発が起こり、それが時空に干渉して転移しようとする者を阻んでいるのだ」


「なるほど……では、その者どもを探しだせばよいのですね?」


「そうだ。そやつらを見つけ、服従させて異能力を制御する。さすれば、時空のひずみも元に戻るだろう」



 時空にひずみを生じさせるほどの、強力な異能力とは。グリアロボス様の力さえも阻むほどなのだから、並外れた力なのは間違いない。


 それをもつ者を、私が服従させる? できるのか……いや! やらなければならない!



「承知いたしました! このロンギヌス二世、必ずやこの異世界から戻ってみせます!」


「待って……ぞ。おま……このうで……だける……が……まち……」


「グリアロボス様?……グリアロボス様!」



 それきり、グリアロボス様のお声は届かなくなってしまった。


 こうして私は、味方が一人もいないこの世界で、しばらくの間生活せざるをえなくなったのだった。


 まずは、必要なものを手に入れるための資金を調達した。やっとの思いで見つけたのは、「たこやきや」なる、我らが同胞を食材にして作る食べ物を売る店だった。とてつもなく苦渋の決断だった。


 ねじった布を頭に巻いて、客寄せをする。愚かな人間どもは、私のそんな姿を見て「なにあれかわいい!」などと言って、次々と引き寄せられていた。ばかめ。


 次は、拠点となる棲家探しだ。魔物である私には必要ないが、人間どもと同じ環境で生活して奴らの中に溶けこんだほうが、異能力者を探しやすくなるだろう。そう考え、紹介された不動産ギルドで「あぱーと」なる場所を手に入れた。


 得た資金をほとんどつぎこんで手に入れた棲家は、「1K」とかいう種の場所だった。広さは六畳――人間が使う単位とやらはよく分からん――で、比較的狭い部類に入るそうだが、私が一人で暮らす分にはむしろ広すぎるくらいだった。いつでもきれいな水に浸かれる「ふろ」が手に入っただけで、上出来である。



「隣の部屋には、若い男の人が住んでるからね。便利屋ってとこに勤めてるみたいだから、なんか困ったことがあったら頼んでみるといいかもしれないよ」



 棲家を決めた際、「あぱーと」の主の証である大家の称号をもっている人間が、そう言っていた。


 そうか。隣に住んでいる者がいるのか。私の任務の妨げにならないように、表向きとはいえ友好関係を築いておくべきだろう。


 人間どもは、水にぬれるのが嫌いらしい。それを拭う布がセットになったものを手に入れ、携えて出陣した。


 その隣人と会ったとき、同じ環境に身をおいたほうがいいと考えたのは、正しかったのだと確信した。


 出てきたのは、みすぼらしい格好をした男だった。腕も足も半分露出している服を着ていて、まるで装備を奪われたマヌケな冒険者のようであった。ここに棲家を移す前に会った「ほーむれす」なる者どものほうが、よほど重装備だった。奴らが醸しだしていた、邪悪な芳香はともかく。


 拍子抜けした私であったが、友好的な証とされている握手を求めた際、衝撃を受けた。


 私の魔法が、弾かれたのだ!


 間違いない。こやつが、我が主グリアロボス様がおっしゃっていた、強力な異能力をもった人間の一人だ。こんな近くにいて、こんなにも早く見つかるとは。


 さっそく、その人間を服従させるべく作戦を練った。


 本来なら、目を合わせるだけで効果がある魔法が、直接触れてもなお弾かれてしまった。外側からでは効果がないとすれば、内部からアプローチしていくのが得策だ。


 捨てられて朽ち果てようとしていた教本を拾い、「料理」のスキルを習得。そして、人間が食べるものの中で、「家庭料理の定番」と評され、怪しまれずに口にする可能性が高い「にくじゃが」なるものを作り、渡した。


 しかし、だめだった。後日、空の容器を返してきた人間に、変わった様子はなかった。私が魔力をこめて作った肉じゃがを口にしたのは、間違いないのに。


 それ以来、私は毎日のように隣に住む人間――「ナゼ・アユム」と名乗った者に、魔力をこめた料理を届けた。


 あるときは、流動性があって体にしみわたるようなものならいけるかと思い、私の好物の一つである貝が入った汁物を。あるときは、時(旬)のものであり、存分に力を蓄えているはずのタケノコを入れた穀物を炊いたものを。またあるときは、簡素なものがいいのかもしれないと考え、刻んだ野菜を特殊な液につけてもみこみ、わずかな時間おいただけの「あさづけ」なるものを。


 しかし、相変わらず、変化はみられなかった。


 手間暇をかけるかかけないかは関係がないようなので、次は味を変えてみた。食材が甘くなる魔法の薬物・砂糖をふんだんに使った焼き菓子。数種類の薬草を使い、舌が痺れそうなほどの刺激を加えた「かれー」なるもの。


 いずれも、まったく効果がなかった。


 特に、薬味を吟味し、一晩寝かせて万全の仕上がりになった「かれー」でさえもだめだったと知ったときは、心が折れそうだった。否、すでにバキバキに折れているといっても過言ではない。


 時空のひずみを生みだすほどの力の、片割れをもつ者だ。簡単には服従できない、とは分かっていたつもりだったが、甘かったようだ。


 挙句の果てに、奴は私の好物を知り尽くしているかのように、貝やエビを「お返しです」と言って渡してきたのだ。危うく、逆に私のほうが服従されるところだった。異能力とは別に、あんな危険な魔術を使えるとは。想定外だった。


 しかし、私は決して諦めない。諦めるわけにはいかないのだ!


 グリアロボス様に拾われた大恩を返すため、お役に立てる存在になる。そのためには、尻ごみしている暇はない。一刻も早くあの人間を服従し、またもう一人の異能力者も見つけ、元の世界に戻ってみせる!


 負けるな、ロンギヌス二世! グリアロボス様から与えられたこの名に恥じぬよう、手を尽くすのだ!


 気合いを入れ、今日の料理――サバの味噌煮を作るため、台所にむかった。

主人公とタコ、どっちの視点がお好きですか?

感想やご意見、とても励みになります。お気軽にどうぞ。

明日も20時に更新予定です。

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