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29話 味方はすぐそばにいるから、勇気を出して

 あと一押し、のところで、俺は出鼻をくじかれた。


 あかりさんと休みが合う日をすりあわせた結果、その日は例のチーズケーキが人気のカフェは休みの日で、他を探さなければならなくなった。


 情報源は、鈴原さんだ。



「あそこのカフェ、今度改装で一週間くらい休むそうですよ」


「え……そうだったんですか……」



 近場には、カフェは他にも色々ある。しかし、今は年末。人気の店はどこも混んでいて、とてもではないがのんびり話をしながら過ごすのは難しそうだ。


 こんな時期でも混んでいない穴場のカフェがあればいいのだが、あいにく俺は、そんな都合のいい店は知らない。


 色々考えこんだあとで、ふと前をむくと、怪しい笑みを浮かべた鈴原さんの顔があった。



「よかったですね。あかりさんと一緒になれて」


「……どうも。俺の知らないところで色々お世話になったみたいで」


「いえいえ。私は、いつまでたっても行動しないお二人がじれったくて、ついお節介しちゃっただけですから。余計なお世話でしたよね。ごめんなさい」



 丁寧に頭を下げる鈴原さんを見て、悪気があったわけではなく、むしろ応援してくれていたのだと知る。


 ……あかりさんになにを言ったのか、問い詰める必要はないな。


 鈴原さんにお礼を言って、それぞれの今日の仕事の現場へとむかった。


 今日は、俺と前田と浦上さんの三人で、公共施設の大掃除の仕事だ。建物の外側など、なかなか手が届かない場所を主に任されている。


 冷たい風に吹かれながらやる窓ふき掃除は、特に背中や足腰がつらくなるため、かなり重労働だった。



「だる……」



 休憩時間、立ち寄ったコンビニ前で温かい缶コーヒー片手に、ぼんやり空を見上げた。


 仕事の大変さは、肉体的にも精神的にもとうに慣れたから、問題ではない。けれど、「女性と二人で出かける」のは、本当に初めてなのだ。どうすればいいのやら、まるで見当がつかない。


 あかりさんと約束した日は、ちょうど一週間後だ。できれば、今日のうちに候補をあげておきたいところだが。



「どーした、お前。くたびれたサラリーマンみたいだぞ?」


「……失礼な奴だな」



 遅れて店内から出てきた前田に、背中を叩かれた。


 遅刻しそうになって朝食を食べ損ねたらしい前田は、ハムサンドを頬張っていた。身支度もきちんとできなかった様子で、口の周りの剃り残した髭が若干目立つ。しかも、そこにパンの白いかけらがついていた。


 俺がくたびれたサラリーマンなら、こいつは無人島からの生還者か。



「まさかとは思うがよぉ……あかりさんとどこに遊びにいこうか、悩んでるとかじゃねぇよなぁ?」


「…………」


「図星かよ、リア充この野郎!」


「だから、お前もある意味リア充だろうが!」



 唾が飛びそうな勢いで言われて、すかさず言い返す。


 前田は、その後もぶつぶつとなにか言いながら、残っていたもう半分のハムサンドを食べて、空になったパッケージをゴミ箱に放り投げていた。


 あかりさんとの恋が実った件については、「イルミネーションに誘え」ときっかけを作ってくれた前田にはすでに報告してある。苦々しげに顔をしかめて、「それはよかったな……!」と言われた。



「まさかホントにお前とあかりさんがくっつくとはな……」


「応援、どうもありがとな」


「どういたしまして! さっさと破局しろ!」



 前田のトンデモ発言を聞き、口に含んだコーヒーを思わず吹きだしそうになった。なんとか飲みこんだあと、むせた。



「おま……っ! 縁起でもないこと言うな!」


「言っとかねぇと気ぃ抜くだろ! お前ら、ほっとくと自然消滅しかねねぇし! 自分から行動に移さねぇとダメなんだからな!?」


「はいはい、アドバイスどうも!」



 詰め寄ってくる前田を、両手でおさえて押し返した。


 言われなくても、分かっている。むしろ、そうしなければいけない状況なのだから。



「じゃあ、そんな熟練の前田クンに聞くけど。どっかいいカフェないか?」


「カフェだってぇ? もっとデートスポット的なとこ行けよ。ナチュランド鷺ノ木(さぎのき)とか、みなもアクアミュージアムとかあるだろ。いくらでも」


「初めてでいきなりそういうとこに行くのはきついって。まずはのんびり話をして、お互いのことを知ってからのほうが事故起こりにくいんじゃねぇかなって思ったんだけど」


虹ヶ浜(にじがはま)シネマもおすすめだけど?」


「人の話を聞け」



 指を折りながら、真剣な顔でふざけた発言をする前田の頭を小突いた。


 前田が今挙げた施設は、どこもこいつがよく行く遊び場だ。ナチュランド鷺ノ木は、動物ともふれあえる自然系のテーマパークで、みなもアクアミュージアムは、その名のとおり水族館。虹ヶ浜シネマは、志野台駅近くにあるショッピングモールに併設されている映画館だ。いつも、聞いてもいないのにべらべら話してくるので、すっかり覚えてしまった。



「なら、いいとこ知ってるぞ」



 そこで、遅れてコンビニから出てきた浦上さんが言った。買ったばかりのプロテイン入りのチョコバーを開けて、かじっている。



「どこですか?……あ! っていうか、浦上さん! なんで俺があかりさんのこと好きだって知ってたんですか!?」



 もぐもぐと右の頬を少しふくらませて咀嚼している浦上さんに、詰め寄った。


 浦上さんは、余裕そうな笑みを浮かべてゆっくりと口の中のものを飲みこんでから、「ああ」と言った。



「お前じゃなくて、支倉さんのほうな」


「えっ?」


「なにかとお前を気にしてるみたいだったから、これはもしかして、とは思ってたんだよ。まぁ、確定したのは去年の年末にやった大掃除のときなんだけど」


「大掃除?」


「模様替えしただろ? そのときにふざけて今の机の並びにしたら……まぁ、いい反応見せてくれてさ」



 俺は、無糖の缶コーヒーを飲んでにやにや笑う浦上さんを見つめて、唖然とした。


 今の机の並び――俺の席とあかりさんの席が向かい合わせになる並び――になったのは、たしかに去年の年末のときだ。俺はそのとき、別の仕事に出ていて掃除には参加できなくて、戻ってみたらあの並びになっていたのだ。


 思い返してみれば、あのときの浦上さんはなぜか嬉しそうだった。理由を聞いてもあいまいな返事しかもらえなかったので、変だとは思っていたのだが。そういうわけだったのか。


 とりあえず、そのときのあかりさんがした「いい反応」とはどんな反応だったのか。とても気になる。



「ずっとやきもきしてたけど、やっとくっついてくれてよかったよ」


「浦上さん……ありがとうございます」


「どういたしまして」



 はにかみながらお礼を言うと、浦上さんは満足げに笑みを浮かべて頷いた。


 近くに応援してくれていた人がいたなんて、全然気づかなかった。あかりさんに好意を寄せられていたのも気づけなかったし、俺は相当鈍い男のようだ。せめて、恋愛面限定で、だと思いたい。



「それで? こいつとあかりさんが行っても爆死しないいいカフェって? どこなんすか?」


「変な言い方すんじゃねーよ」


「むしろ爆死すればいいとさえ思う」



 素早く回し蹴りをくりだしたが、よけられてしまった。相変わらず逃げ足が速い。



「前田。お前も気づいてたんだろ? 名瀬と仲いいんだから、もうちょい手ぇ貸してやってもよかったんじゃねぇか?」



 浦上さんが言うと、前田がだるそうに目を細めて俺を見てきた。



「だってこいつ、結婚願望なくもないとか余裕ぶっこいてるんすもん」


「いつ俺がそんなこと言った!?」


「梅雨の時期に、結婚式の穴埋め係の仕事やったとき」


「……は、はぁ!?」



 そういえば、あの仕事の前、会場に向かう車内でそんな話をしたな。


 嘘だろ。あのときの会話は、前田の愚痴を「聞いてやっている」体でしていたのに。実はこちらが探りを入れられていたのか?



「だから、あんまり煽るのはどうかと思って、とりあえず様子見しとこうって思ってたんだよ。花火大会のとき、あかりさんの浴衣姿見たっつってすげー嬉しそうだったから、これはいけるんじゃねぇのって思ったけど……それっきり、ちーっとも進展してる様子ねぇし。色々考えたけど、そもそもなんで俺がお世話してやんなきゃいけねぇんだよってアホらしくなった」


「あー。まぁ、気持ちは分かる」



 俺は、二人の呆れたようなセリフを聞いて、言葉を失った。


 鈴原さんに、浦上さんに、前田。


 これだけの人に気づかれていたのを知らなかったなんて。もはや鈍さが異次元レベルではないか。俺のアホ!



「……うまくやっていく自信なくなったんですけど」


「大丈夫だって。お前は鈍いしヘタレだけど、なんたって誠実だからな。支倉さんもそういうとこが好きになったんだろうし」



 浦上さんに二度背中を叩かれた。同時に、「鈍い」と「ヘタレ」の言葉の矢が深々と俺の体に突き刺さるような感覚がした。



「短期間で破局なんてしてみろ。俺がボコボコにしてやる」


「さっきは破局しろとか言ってなかったか」


「したらしたでムカつくんだよ! 分かれよ、俺のこの複雑な気持ち!」



 前田が飛びかかるように、勢いよく腕を俺の首に回して、空いているもう片方の手でボディに何度もパンチしてきた。


 おふざけのつもりのようで、パンチではなく小突く感じだったが、さすがにうっとおしかったので肘鉄を一発食らわせて引きはがした。


 腹を押さえてうずくまった前田を放置して、浦上さんのほうを向いた。



「教えてもらってもいいですか、そのいい感じのカフェ」


「ああ。カフェっつうより、昔ながらのレトロな喫茶店だけどな。基本的にいつ行ってもそんなにお客はいないから、落ち着いて話すにはちょうどいいぞ」


「そんなところがあったんですね。なんて名前ですか?」



 俺は、ツナギのポケットからスマホを取りだし、浦上さんの言葉を聞きもらさないようにしっかりメモをした。


 店の名前は、「珈琲館 エトワール」だそうだ。浦上さんは、結婚する前からよく今の奥さんと二人で行くらしい。



「マスターが割と年いってる人だから、不定休なんだよ。もし行く日決まってるんなら、事前に確認しとけよ」


「はい! ありがとうございます。調べてみます」



 どんな店かは知らないが、聞く限りではいい場所だと思う。あとは、休みがかぶらないようにと祈っておこう。沈黙の時間が長くなって気まずくならないように、いくつか話題も考えておかないと。



「爆死すればいい」



 前田の恨みの言葉を完全にスルーできるほど、俺はすでにわくわくしていた。

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