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25話 せっかくだから思いきり楽しみたい

 遊園地での仕事があった、次の休みの日。


 俺は寝間着のスウェットのまま、ベッドに仰向けになってごろごろしていた。



(こういうところに、あかりさんと一緒に来られたら……って、思ってます?)



 脳裏に浮かんだ、先日の鈴原さんの言葉。


 ……ヤバくないか?


 俺が、支倉さんが好きだとバレてるんじゃないか? なんで? 最近二人でよく話してるから?……そんなんで分かるか? 普通。


 鈴原さんに気づかれてしまったのだとしたら、このままだったら遅かれ早かれ支倉さん本人にも気づかれてしまうのではないか。それは、まずい。かなりまずい。へたに意識してしまい、気まずくなる。そうなれば、距離を縮めるどころではなく、むしろ広がっていく一方だ。


 少しがっつきすぎたか、と反省。一日でも早く元の世界に帰りたいであろうロンには悪いが、しばらくは今までどおりの関係でいて、様子を見たほうがいいだろう。


 足を高く上げて反動をつけて、起きあがる。今日は特に用事はないが、ここで一日ゴロゴロしているだけなのはもったいない。


 ふと、テーブルの上にあるA4サイズの封筒が目に入った。


 これは、以前支倉さんに提案された、ペットシッターの資格取得に関わる資料だ。様々な資格を取得できる通信講座大手の「Can We」でもとれると分かり、さっそく資料を請求。昨夜帰ったときに、ポストに届いていたのだ。


 ベッドから下りて、未開封のそれを手で開ける。切り口が不格好なぎざぎざになってしまったが、おかまいなしに中の資料を取りだす。



「……へー。そんなんでとれるのか……」



 講座の内容について説明された資料を見て、感心する。


 仕事から帰宅した後、テキストを一日一ページずつ勉強する形式でも、半年程度で取得可能だそうだ。実務経験は不要。試験自体も在宅で受けられる。ここが、通信講座の最大ともいえるメリットだろう。


 気になる費用は、三万ちょっと。一括で払うとなかなか痛い出費になるが、分割払いも可能なのが救いだ。


 なんとなく知っていたけれど、資格をとるには金がかかるものなのだな。実務に生かせればそれだけの価値はまちがいなくあると言えるだろうけれど。


 ただ、「資格もってるんだから」と、それ関係の仕事ばかり押しつけられそうではあるが。



「……う」



 先日、大型犬の世話で大変な目に遭った件を思い出し、若干吐き気をもよおした。


 ……大丈夫だ。もしかしたら、もっと効率いい世話のしかたが身について、体力的にも精神的にも楽になるかもしれないのだから。それに、動物好きな支倉さんと話が合いそうだし。身につけた知識をもとに、動物とふれあえるカフェに行って、二人でのんびりすごすのも夢ではないかもしれない。


 資料をテーブルの下にどけて、タブレットを置いた。受講の申し込みについて調べるつもりで、「Can We」のサイトを開いた。すると、他にもいろいろな資格についての案内が出てきた。


 その中には、支倉さんが取得した簿記や学芸員の資格についても掲載されていた。学芸員は、やはり国家資格だった。浦上さんや森下さんがもっている電気工事士の資格もとれるらしい。なんでもありか。すげぇな「Can We」……じゃなくて。


 ホーム画面に戻り、肝心のペットシッターのページを開く。下部までスクロールして、「受講申し込みはこちら」のボタンをタップする。


 分割なら、合計十か月で一月約三千円ずつ支払っていく計算だ。まぁ、それくらいなら……よほど贅沢をしなければ、全然問題はない。


 よし。決めたぞ。


 受講申し込みのページを開き、必要事項を入力して、入力内容を確認。「この内容で申し込む」のボタンを……タップした!


 もうあとには引き返せないぞ。結局勉強が続きませんでした、では済まないからな、俺。



「ふー……」



 タブレットの画面を消して、後ろに倒れてベッドに寄りかかる。


 その後は、結局だらだらすごして、気づけば夕方になっていた。スマホの時刻表示が十七時をすぎたところで、玄関のほうからなにやら怪しげな音が聞こえてきた。


 カチャカチャ、と鍵穴をいじるような不穏な音。


 ……嘘だろ。こんなボロアパートに空き巣か? いや、今は家主の俺がいるから、空き巣ではなく泥棒か。


 どちらにしろヤバい!


 武器になりそうなものはなにもない。ひとまず、そばにあった針金タイプの細いハンガーを手にとった。


 直後に、開いたドアのむこうにいたのは――タコだった。



「お前……っピッキングすんなっつっただろ! チャイム鳴らすなりノックするなりしろって!」


「やかましい。ならば、貴様がカギなどかけなければよいではないか」


「それだと不用心だろうが!」



 ああ、まったく。


 途中から、なんとなくこいつかもしれないとは思ったけれど。もしそうではなかったら、とちょっと怖かったぞ。


 ロンは、抗議する俺を完全に無視して、提げているエコバッグをキッチンに運び、中身を取りだして冷蔵庫につめていた。



「一応言っとくけど、今日は休みだったからなにもなかったぞ」


「知っている。連絡先は交換できたが、どうせ電話どころかメッセージでさえも未だに送れずにいることくらいはな」


「…………」


「ヘタレ」


「うるせぇな! そんなぐいぐいいく度胸があったらとっくに告ってるっつーの!」



 ロンは、ふん、と鼻で笑いつつ、夕飯の支度にとりかかった。


 たしかに、用事もないのに連絡しようなんて思いつかなかった。思いついたとしても、行動には移せなかっただろう。自覚はあるけれど、こいつの高い声で言われると余計に腹が立つ。


 ぐちゃぐちゃと悩んでいる俺には目もくれず、ロンはテキパキと手を動かした。ひき肉をパックから出してボウルに入れ、刻んだニラや白菜もぶちまける。調味料のしょうゆに白コショウ、鶏ガラスープの素とゴマ油も入れて、よくこねる。


 ハンバーグ、か? いや、ハンバーグにニラは入れないよな。



「なに作ってんだ?」


「ギョウザだ」


「あ、なるほど」



 餃子の餡だったようだ。たしかに、よく見ればキッチン台の隅に餃子の皮が置いてあった。



「にんにくは入れないのな」


「あのような臭気を放つものは好まん」


「ドリアンは平気なのにか」



 にんにくが苦手なんて、まるで吸血鬼のようだな。あれも魔物の類いだから、好みは同じなのか。


 するとそこで、ロンがこねる手を止めて振り返ってきた。



「さては貴様、暇なのだな? ならば手伝え」


「へっ? なにを?」


「なにを、ではない。これから包む作業に入る。貴様もやれ」


「ああ……はい。けど、やり方分かんねぇんだけど?」


「手本を見せるから、それに倣え」


「はい」



 すっかり言いなりだ。一応、主人と従者の関係だから、仕方ないか。


 ロンは、こねた餡が入ったボウルを横によけて、餃子の皮の封を切って中身を取りだした。続けて、深さがある小皿を用意して、そこに少量の水を入れた。



「よいか。まず皮を手に乗せ、半円に水をなすりつける。つけすぎないようにな。中心に具をのせて折りたたんだら……このようにしてヒダを作って閉じる」


「はい、質問。そのヒダって必要なのか? 普通に閉じればよくね?」


「たわけ。必要でなければ作るはずがないだろう。見た目をよくする意味もあるが、一番は焼いたり煮たり揚げたりするときに、弾けて中身が飛び出るのを防ぐためだ」


「……そうですか」



 だから、なんでそんなに詳しいんだよ。それもう、スーパーのレシピコーナーで身につく知識じゃないだろ。


 呆気にとられながらも、言われたとおりの手順でやろうとした。が、「調理の前は手を洗え!」と、さっそく怒られた。


 ロンが見ている横で手首まで入念に洗って、改めて餃子を包む作業にとりかかった。



「うっわ、破れた」


「馬鹿者! 具をのせすぎだ!」


「そうか? こんくらいあったほうが――」


「焼くときのことも考えろ!」


「……はい」



 五、六個失敗したが、コツをつかんでからはなんとかなった。見栄えでいえば、どれが俺のかすぐに分かるほど不格好ではあったが。


 一方で、ロンが包んだものは、まるで工場の機械で包んだかのように精巧だった。一個包む時間もめちゃめちゃ早かったし、工場に勤めても相当活躍しそうだ。さすが八本腕。


 出来上がった餃子を、ロンがうまい具合に焼いてくれて――やはりいくつか無惨に弾けてしまったものがあった――今日の夕飯が完成した。



「この弾けとんだやつは貴様が責任もって処理しろ」


「はいはい」



 皮が破れて具が分離したものを別の皿にとって、引き取った。


 発泡酒を携えて、食卓へ。焼いている合間をぬって作っていたロンお手製の醤油ベースのタレをつけて、まず一つ。



「うんま!」



 最高だ。やっぱり餃子にはビールが一番だ。今日は発泡酒だけど。


 皮と具が分離した残念な餃子を先に片付けて、ロンが包んだ餃子に手をつける。味は同じなはずなのに、ロンのほうが美味いと感じた。



「タレまで手作りするとか、最高かよ」


「当然だ」


「いや、マジでうまいよ。いつもありがとな、ロン」



 お礼を言うと、ひょっとこ口に吸いこむようにして餃子を食べていたロンが頷いた。



「当然だと言っている。この程度できなければ、グリアロボス様のおそばに仕えるなど不可能だ」


「へー……その魔王様って、美食家なのか?」


「人間どもの言葉で言い表すなら、そうなるだろうな……このような不格好なものなど、お見せできるはずもない」



 ロンが、かろうじて分離せずに済んだものを箸でつまんだ。



「うるせーな。初めてやったんだから、しょうがねぇだろ。お前だって初めてのときはこんな感じだっただろ?」


「……ふん。たしかにそうかもしれんな」



 また、「たわけ」とでも言われて罵倒されると思っていたのに、意外にも肯定され、思わず箸を止めた。


 ロンを見るが、いつもどおりの黒い点のような目がそこにあるだけだった。



「思えば……この世界での生活にも、だいぶ慣れたものだ」


「……いや、おい……変なフラグ立てんなよ」


「『ふらぐ』とはなんだ?」



 まっすぐ見つめてくるロンに、「いや、別に」と言葉を濁してごまかした。


 なに、こいつ。もうじき死ぬとかじゃないよな? 実は別世界では長く生きられないとか、そういう次元の話じゃないよな?



「わけの分からぬ奴だな、相変わらず。この貴様の包んだギョウザのようだ」


「わけ分からん餃子で悪かったな!」



 一瞬、しんみりした空気が流れたと思ったら、またすぐに戻ったようだ。二回もけなすほど悪い出来じゃないだろうに。ひどい奴だ。


 俺は気晴らしのつもりで、餃子を口に放りこんで白飯をかきこんだ。

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