閑話 Side-T③ ~便利なものがあふれかえっているこの世界について~
私が大嫌いな季節・冬がやってきた。
元いた世界でも決まった周期で襲来してきた、凍てつく寒さが特徴の冬。だが、グリアロボス様のおそばに仕え、加護を与えられていたおかげで難なく耐えられた。
しかし、こうして異世界に放りこまれた身では、とてもやりすごせるものではなかった。元の世界よりは、若干ではあるが寒さは強くない。とはいえ、寒いものは寒い。
つまり、人間と同じ生活を営むには、防寒対策が欠かせないのだ。
そこで、やってきたのは家具や家電などの生活必需品がそろう店。その名も「家具のコウノトリ」だ。我が下僕、ナゼアユムを引きつれてやってきた。
我らが棲家からは、電車に乗って一駅先、八雲ヶ丘駅のそばにある。でかでかと黄色い看板を掲げる建物の中に入った途端、巨大な「えすかれーたー」なる動く階段に呆気にとられ、戸惑っていたところを下僕に持ち上げられた。
「吸盤貼りついたら、降りるときに危ねぇからな」
最悪挟まれるぞ、などとよく分からない脅しを口にした下僕の顔に、一発腕を叩きつけてやった。
この私が、人間ごときが作った機械などに遅れをとるものか。
「ほう……」
動く階段を上って一度降り、折り返して再び乗り、降りたところにあった売り場を見て、つい声をもらした。
外出している最中は、決してしゃべらない。その、自身でした取り決めを破ってしまうほど、そこは興味深い場所であった。
ベッドやソファなどの家具が、ずらりと並んでいる。無遠慮に触れたり座ったりしている買い物客がいたのが気になったが、どうやらそうやって自由に試してもいいスペースのようだ。
さっそく、下僕の腕から下りて、私もそれらを見て回った。
ベッドは、鉄製の軋む音がするものから、木製の頑丈そうなものまで、種類は様々だ。ソファも、大きさ、材質、形まで様々で、一つ一つを試さずにはいられなかった。
中には、正面から見ると台形のような形をした、不思議なテーブルがあった。低いテーブルに布がかけられていて、それを平たい板でおさえつけているようなかたちをしている。
これはなにか、と腕を動かして、下僕に尋ねた。
「なんだ、『こたつ』が気に入ったのか? やめといたほうがいいぞ。入ったら二度と出られなくなる中毒性があるからな」
中毒性、だと?
そうか。これは、人間が使う魔道具の一種か。毒を付与する魔道具とは……侮りがたい。
既知の事実だが、他にも冷蔵庫や電子レンジなど、魔法により生みだされたとしか思えないものが多々ある。どうやらこの世界の人間は、魔法を戦いではなく利便性を追求するほうに利用しているようだ。
元の世界にいた冒険者たちがくりひろげていたような、無益な争いをさけつづけてきた結果そうなったのであれば、殊勝な心がけだと思う。
「おーい。はしゃぎたくなる気持ちは分かるけど、そろそろいいか?『Kウォーム』買いにきたんだろ?」
こたつなる魔道具の研究にいそしんでいた私を、引きつった笑みを浮かべた下僕が持ち上げて、邪魔をしてきた。
不本意だが、本来の目的を放りだして時間を浪費するのも問題だ。しかたなく、下僕の案内により目当てのものが置いてある売り場に移動した。
「ここだな。いろいろ種類あるけど、どうする?」
腕をのばし、四種類もあるそれをじかに触って確認する。
その中で、私は上から二番目のランクのものを選んだ。
「これか? 一番いいやつじゃなくていいのか?」
下僕が、不思議そうに小首をかしげて言った。
ばかめ。品質が一番いいからといって、万人に受けるとは限らない。実際私も、触ってみて一番良いと感じたのを選んだだけだ。
その感触は滑らかで、私の武器の一つである吸盤を邪魔しない。一番上のランクのものも滑らかだったが、温かさを徹底的に追及したせいか、毛のボリュームがありすぎて少しひっかかる感触がしたのだ。
選んだものを下僕にもたせて、レジにて代金を払った。そして、その階を去った。
下の階にある様々な調理器具にも目が引かれ、あちこち見てまわった。下僕が、「先にこっち行っときゃよかったか……」などとぼやいていたが、関係ない。
追加で、取っ手が外せてそのまま皿代わりにもなるフライパンを一つ購入した。これも、下僕にもたせる。
満足して店を出たあとは、近くにある「かふぇ」に入った。職場の同胞の中に、「あそこのチーズケーキ、めっちゃかわいくてうまいよ!」と豪語する若者がいたので、一度行ってみたかったのだ。
食べ物を「かわいい」と形容する意図は理解しかねるが、強く勧めたくなるほどうまいのであれば、当然気にはなる。
「タコもチーズケーキ食うのか……」
注文したあと、下僕のげんなりとしたセリフが聞こえたが、当然無視した。
時間をおいて運ばれてきたそれに、目を見張る。
よく見るケーキの形にカットされたそれは、上部がところどころに穴があいているかのようなデザインになっていた。いわゆる、「穴あきチーズ」を模しているのだろう。その下の層は、上の層より少し薄い黄色で、二層構造のチーズケーキだった。
この、シンプルで凡庸なものとは違う姿が、「かわいい」と表現するゆえんなのだろう。同意はしかねるが。
フォークをさして、一口大に切り、口に運ぶ。
……うむ。悪くない。
ただ甘いだけでなく、ほどよい酸味も感じられる。この酸味は、クリームチーズの酸味だろうか。上の層は、ほのかにレモンのようなさわやかな風味も感じられる。
「今さらだけど、味分かるのか? タコって味覚あるんだっけ」
あるに決まっているだろう! それがなければ、料理をする上では致命的ではないか。
最近は、巷で人気の「時短料理」なるものに興味がある。本来、食材に火を通すには炒めたり煮こんだりする必要があるが、先にも挙げた魔道具「電子レンジ」を使えば、それだけで完結できる場合もあるそうで、衝撃を受けた。
とはいえ、やはり時間をかけてじっくり作ったほうが、ムラなくうまくできると思う。なので、今はまだ研究の段階である。
「楽しそうだな」
視線を上げると、コーヒーの入ったカップを持ちあげた下僕が、微笑していた。
ふん。まったく、のんきな奴だ。
楽しいとか、そういう次元の話ではない。私は必要だからしているだけであって……
「やっぱお前も、ずっとここにいたいって思ってんじゃねぇの?」
間髪入れず、伸ばした腕を奴の顔に叩きつけた。
下僕は、「ぐえっ」と情けない声をあげて顔をおさえてうめいていたが、完全に自業自得である。
チーズケーキを堪能し、満足したので「かふぇ」を出て、帰路についた。
棲家に辿りつくと、早速手に入れた「Kウォーム」を設置するため、下僕を我がテリトリーに特別に入るのを許可した。
「何気にこっちの部屋、入るの初めてだ……まぁ、間取りは同じだけど」
下僕は続けて、「家具、ほとんどねぇじゃん」と言って、興味深そうに私の棲家を見回していた。
「私は貴様ら人間のように、この世に生みだされたものを手当たり次第に消費する愚者とはわけが違うのだ」
「そうか。ミニマリストみたいだな」
「人間が考えたくくりに私を含めるな。そもそもの性質が違うのだ」
「そりゃ失礼」
理解したのか否か、下僕はヘラヘラ笑いながら、「Kウォーム」の包装をほどきだした。
「で、ベッドないけど、どうしたらいいんだ?」
「三つ折りにして床に置け」
「本来はベッドの敷パッドなんですけど……まぁいいか」
ぶつぶつと言いながらも、下僕は私の指示どおりに設置した。
そして、私はさっそくその中に潜りこんだ。滑らかな感触が、私の全身を包みこむ。
これは……想像以上ではないか!
顔だけを出して、なぜか困惑げに目を細めていた下僕と目を合わせた。
「……どうだった?」
「悪くない。大義であった」
「お前は戦国武将かよ」
再び「Kウォーム」の中に入りこみ、その感触を堪能する。
私の選択は、正しかった。人間が作ったものから恩恵を受けるのは癪に障るが、腹に背は変えられない。これで、この冬は乗りきれるだろう。
気が済んだので、外に出た。
「お役に立ててよかったよ。飯作ってもらってばっかだったしな」
「なにを言うか。主人が下僕の健康管理をするのは当たり前だ」
「そうか?……なんかそれ、家畜みたいな扱いで嫌だな……」
贅沢な奴だ。
なにはともあれ、下僕のおかげでこれを手に入れられたので、なにかしら褒美を与えねばならない。
「今日は特別に貴様が好きなものを作ってやる。言ってみろ」
「マジ? じゃあ、カレーで」
「あれは、一晩寝かさなければならんのだぞ」
「そこまでしなくていいから」
「……しかたない奴だ」
これは、奴への褒美。最大限、希望を叶えてやらねばなるまい。
楽しみにしてる、と言って、幼子のような満面の笑みを浮かべた下僕に対し、私はレシピを頭に浮かべながら台所に移動……している最中、振り返った。
「食べながら、今後の行動についての話し合いをするからな」
「……へーい」
一変して顔を引きつらせた奴を無視して、私は台所に立った。




