黒い幽霊
■黒い幽霊
「大悪党を助けに行く前に、状況を教えて貰ったのさぁ。そのついでで黒い幽霊の姿を見せて貰ったんだよぅ」
礫は目を細めた。
「玄雨は、あれを鬼の種と思ったようだねぇ」
「正しく」
雫は答えた。
「大悪党を助ける時に、あの赤い球体、ああ、壊れた赤の女王だっけ、それを見た時、分かったんだよぅ」
アリスは礫を凝視した。
「そう怖い顔をするんじゃ無いよぅ、大悪党。気脈経由の記憶だったけれど、黒い幽霊の気脈の流れは分かった。そして壊れた赤の女王の病んでる所の気脈の流れも見た。するとどうだい」
礫の目は鋭くなった。
「そっくりじゃ無いかぁ」
礫はそこで言葉を区切った。雫は目で先を促した。礫は薄く笑うと、続けた。
「あれは鬼じゃない。だが」
礫の目がその右目が鬼火のように燃えていた。
「もっと悪いものだよぅ。今じゃぁお目にかかれないけどねぇ。あたしがこの神社の巫女だった頃は、極稀に湧いてたんだよぅ。ああいう気脈が」
雫が僅かに首を傾げた。
「私の知る限り、そのような記述は」
雫は玄雨神社の書庫の古い書物を全て読み、それを検索する事が出来る。その雫が無いと言っている。しかし、礫はある、と。
「あぁ、あれは口伝で、書物には書かれてないねぇ。あたしが知る限りだと、時々、朔ばあさんがやってたねぇ」
朔、玄雨朔。雫の前の前の玄雨神社当主である。
「礫殿、してその気脈の名は?」
「朔ばあさんは、膿と呼んでいたよぅ」
アリスはぞくり、とした。赤い空間で触手に感じた気持ち悪さを思い出したのだ。
「大地から湧く膿、とねぇ」
「その膿は?」
「ああ、あれは安寧の舞を舞うと消えるのさぁ。だから、玄雨が霊脈編んで安寧の舞を舞ったから」
礫はここで一度言葉を区切った。そして少し微笑んだ。
「もう湧かなくなっちまった、と思うんだよぅ」
雫は、少し考え込んだ。暫しの静寂が玄雨神社舞舞台下手袖を包んだ。雫が口を開いた。
「黒い幽霊は、膿の種」
「あたしもそう思うよぅ」
「鬼は人の寿命を喰う。膿は」
礫は軽く頷くと、アリスを見た。
「大悪党はどう見るよぅ」
「星を喰うんじゃないの?」
アリスの言葉に雫はゆっくりと頷いた。
「そうだ、と思う。だから、竜の星にこの神社を招き入れた」
「辻褄が合うねぇ」
アリスはそっと口を開いた。
「ね、一つ気になった事があるんだけど」
「なんだアリス」
「どうして壊れた赤の女王は、あたしをしつこく追いかけてきた訳?」
雫と礫は顔を見合わせた。
「って、分からなかったのかぃ?」
「アリス、それは何の冗談だ?」
二人はほぼ同時に言った。
「な、何よ。分からないわよ」
珍しくアリスは赤面していた。
「アリス。《彼岸》で黒い幽霊を滅した時、セリス2の外見はどうだった」
「どうだったって、今の通りよ」
アリスは隣にいるセリス2、つまり昔の幼いセリスと同じような姿を見た。
「黒い幽霊とねぇ、壊れた赤の女王の気脈はほとんど同じだったんだよぅ。ってコトは」
アリスの顔に理解の色が素早く走った。と同時に、アリスは寒気を覚えた。
「つ、つまり。赤い空間でセリス2が今の姿で現れたから、壊れた赤の女王は」
「前に自分を滅した奴が現れた、と反応したのさぁ」
「そ、それじゃマクロファージじゃなくて、擬似餌じゃない。ルーアーみたいな!」
アリスの脳裏に、釣り糸の先にセリス2が吊るされ、それに群がる触手群。それと釣り竿を握るイトの姿が浮かぶ。イトは楽しそうに口笛を吹いている。
ぱかん、と頭に軽い衝撃を受けたアリスは、はぁ〜、と大きなため息を漏らした。
「すると、地球は雫の安寧の霊脈で膿から守られてるけど、竜の星はそうじゃなかった。だから、竜の星にも安寧の霊脈を作らせる必要があった。で、そこには巫女が必要で、その為に竜人が進化して、ミアが安寧の舞を舞ってる、っていう」
アリスは、ここで言葉を一旦区切る。またため息が出そうになる。が押し留めて言葉を続けた。
「なんて遠大な計画なの!」
遠大すぎてバカばかしくて、笑っちゃいそう!
などという思いが頭の中をぐるぐるした。
「そういう事、になるだろう」
雫は言った。
「だが、事はそれだけでは無さそうなのだ。アリス」
雫の言葉に、アリスの頭の中のぐるぐるはピタリと止まり、冷静な目で雫を見つめた。
「どういう事?」
■二つの時の繭
「膿、黒い幽霊はどこから来ると思う?」
雫の問いに、座は静まりかえった。緊迫感が玄雨神社舞舞台下手袖に重く立ちこめた。
雫は光を見た。
光の瞳は同意の色を示した。僅かに頷く。
「あたしの見た夢。二つ鞠を突く巫女の夢。その一つは青い光を放ち、もう一つの中心は赤い火の珠のようでした。だから」
「赤い火の珠の方は、竜の星。青い方が地球って事」
アリスはそこまで言って、光の瞳を見た。その瞳には否定の輝きが宿っている。そうアリスは感じた。
「違うのね」
光は頷いた。
「初めはあたしもそう思ってました」
「今の解釈を教えて」
光は気脈をアリスに結んだ。光の見た夢がアリスにも見えた。
「最後の鞠の糸が解けて広がっていく所、ここの解釈が間違っていたんです」
「まるで、時の鞠」
アリスは見た夢の様子をそう言った。夢見心地に。
「もし、時の鞠が二つあったら。そう考えると」
光の言葉を聞いてアリスは素早く雫の方を向く。
「一つがこの世界の時の鞠。もう一つが別の世界の時の鞠」
アリスは自分がそう言っているのを聞いた。
「そう解釈したんです」
雫の言葉の後を光が続けた。
「そして、その二つは繋がっている。しかし、その性質は異なる。片方の霊脈は、他方では害になる」
アリスは身震いした。理解したのだ。
「黒い幽霊は、別の時の鞠から来る。現状ではそう考えて良いと、私は思う」
重い沈黙が降りた。
「何故来るのか、その辺りは分からぬが。推論は出来る」
雫は息を少し長く吐くと続けた。
「塩の石臼の『本』。あれを己の過ちを正す方法を探る手段と捉えると」
いつの間にか光が目を閉じていた。その目を開いた。
「塩の石臼が何かの理由で別の時の繭と経路を開いてしまい、黒い幽霊が来るようになった。それが過ち。それを正す方法を探すため『本』を撒いた、と考えられるのですね?雫さん」
雫は頷いた。
アリスは、困ったような顔をした。
「そこに雫が『己が過ちを許しますように』っていうのを書いた」
雫はやや皮肉めいた笑みを浮かべた。
「当然、お手なみ拝見、となるだろう」
アリスが何度目かのため息を吐いた。
「道理で色々起こる筈だわ」
アリスは天井を見上げた。
「それだけじゃ、無いねぇ」
礫が少し目を細めていた。
「この神社。この場所に立った由来だけどさぁ。ここの土地に湧いてたんだよぅ。膿が」
雫が双眸を僅かに見開いた。
「それを初めの当主となる巫女が鎮めて、この神社が出来た、という口伝があるんだよぅ」
雫は頷いた。
「正しく、この神社の準備が整った。故に事が起こった」
「そう解釈するのが良いと、あたしは思うねぇ」
考え込んでいたアリスが口を開いた。
「人間原理、っていうのがあるのよ。宇宙論で」
アリスに一同の視線が集まった。
「どうしてこの宇宙に宇宙観測をする人類が生まれたか、という宇宙の仕組みを説明するものなの。少しでも初期のパラメータが違っていたら、今の宇宙の状態にならなくって、人類も発生しない。人類が発生して宇宙を観測してるから、そういう宇宙になった」
アリスは少し微笑んだ。
「数あるマルチバースの中で、宇宙を観測する人類が居る宇宙は、そういうパラメータで出来た。という考え方」
雫は頷いた。
「他のマルチバースでは宇宙は拡散して銀河が出来なかったり、人類が発生する惑星が出来なかったりして、観測する人類は現れない。けれど観測する人類が現れるのは、初期パラメータがそういう状態の宇宙」
雫の言葉にアリスは頷いた。
「そう。それを元に考えると、塩の石臼の時の繭。その繭の糸は時の線。とても沢山の。それらはマルチバース」
雫はなるほどという顔をした。
「つまり、黒い幽霊と対峙できる時の線を探す為に、塩の石臼は『本』を撒いた」
「という事もあり得る、かなって思ったのよ」
礫は顎を摩りながら言った。
「なるほどねぇ」
そして続けた。
「すると、黒い幽霊が来る時の繭。その問題をこの時の線が解決したら、塩の石臼はこの時の繭全体を再構築して、全部の時の線を別の時の繭からの影響を無くせる、ってのも考えていそうだねぇ」
礫の言葉は、壮大な演繹だった。
「途方もない、救済ね」
アリスは、顳顬に冷や汗が流れるのを感じた。
「確かに『本』を撒きたくなるわ」
雫は少し考え込んだ。眉間に僅かに皺が寄っている。それにアリスが気がついた。
「どうしたの?雫」
「失敗した場合、時の線が分岐して、成功した方が残っていく。それを繰り返していくと、いずれ問題の解決に至る。そのための助力か」
「なんの事?」
「イトの事だ」
アリスがはっとした顔をした。
「おそらく有望な時の線それぞれを助力するために、イトが送り込まれている」
「そうなるわね。それと、失敗した死屍累々の時の線も沢山あるって事よ」
アリスは身震いした。
「あの触手で破壊されたセリス2も居た訳だわ」
「心配無いよぅ。大悪党」
礫が軽く言った。
「失敗したら、その前に戻してまたやり直させる筈さぁ。無駄な分岐を増やす程、塩の石臼は不用心じゃない、とあたしは思うねぇ」
「確かに、礫殿」
「どういう事?」
「勝手にうまく行くなら、助力も『本』も必要無い。あえてそうするのは、無駄を省く為」
アリスの目が細くなった。
「塩の石臼のリソースにも上限があるのか」
「おそらくそうだろう。だから用心するし、無駄な分岐は省くようにする。礫殿の考えの通りだと思う」
礫がうふふ、と笑った。
「まぁ、こうして推理をしても、実際どうかは分からないけどねぇ」
雫も緊張を解いた。
「確かに。確かめる手立ては無い」
「そうね。確かに」
アリスはそう言った後、何か引っ掛かった。光はそれを見逃さなかった。
「どうしたんです?アリスさん」
「目ざといわね、光ちゃん」
アリスは光を柔らかい目で見つめた。
「こう思ったのよ。この時の線、特に雫が黒い幽霊、あるいは別の時の繭を撃退するのに有望だと、塩の石臼が考えているなら、また、何か事件が起こる、と」
光は静かに頷いた。
「確かに、そうなるでしょう」
その言葉は、凛としてどこか予言めいていた。
夕日が沈み、夜が訪れようとしていた。
■エピローグ
礫が久しぶりに神社に来た事もあり、その後は宴となった。
得体の知れぬ事件だが、それがひとまず終わった事もあり、宴は盛大に盛り上がった。
そして、礫が帰った後、アリスも米国に戻った。
執務室でアリスはセリス2、つまりメタアリスと話していた。
アリスは執務机の椅子に座り、セリス2は丸い椅子の上に座っていた。アリスは言った。
「今回の事件の概要をまとめてみて」
「はい、アリス。今回の事件は、発端がアリスがセリス2に残った記録を再生した所から始まる、としますが、よろしいですか?」
「いいわ。いろんな事件が絡んでるけど、今回のに絞りたいからね」
「了解です。記録を再生した所、アリスと私の分身は竜の星の中心部の赤い空間に転移させられ、感染した赤の女王を発見。攻撃をかわす内に、感染源の壊れた赤の女王と遭遇。そこに白酉礫が操る傀儡オボロが参戦し、感染源と交戦。オボロは符牒を示し、竜の星の地表面で、玄雨神社の巫女達と共にミア、ケルクが安寧の舞を舞い、以前雫が竜の星に編んだ安寧の霊脈が強力に作用。その結果、赤い空間内の病原体は消滅。セリス2は帰還し、事件は収束しました」
アリスは黙ってセリス2の言葉を聞いていた。
「そうね。あたしがセリス2に入っていた間の事を教えて」
「はい。雫が言ったように、雫は何度かの占いを行いました。その後、白酉礫が現れ、雫は白酉礫に竜の星に行くように要請します。私は白酉礫用の外殻、傀儡オボロを作成しました。雫と白酉礫は作戦について話し合い、白酉礫と同期したオボロは、竜の星へ行き、中心部へ転移しました。その転移を玄雨灯が補助しました」
アリスはセリス2の話が終わると、飲んでいた紅茶のカップを執務机の上の皿に置いた。
アリスは何かを思い出したように、片方の眉を上げた。
「どうしました?アリス」
「今気が付いたんだけど。本題から外れるけど良い?」
「はい、なんでしょう?」
「黒い幽霊と壊れた赤の女王の気脈が同じ流れ。だから黒い幽霊が自分を滅したセリス2を見たから、壊れた赤の女王は、セリス2を追いかけ回した」
「はい。玄雨神社での話ではそのような理解でした」
「妙じゃない?」
セリス2は、自分の両手を見つめた。
「確かに。アリスの疑問点に同意します」
「《彼岸》でセリス2が今みたいな姿に変わったのは、あたし達がそう思ってるだけで、実際のセリス2は竜の星の衛星軌道にいて、気脈として行っていたワケ。で、今回はセリス2自体が移動して形状が変化していた」
「つまり、外形から判断した訳ではない、という推論ですね」
「そう。とすると、判断したのは、セリス2の形状ではなく、その気脈。となるわね」
「そうなります。判断要素は、アリスと私の気脈の集合体、となると」
アリスは顎を右手の人差し指と親指で軽く摘むような仕草をした。
「そうか」
「どうしました?アリス」
「宴の時、赤い空間で礫がなんで直接話しかけてこないのか聞いたのよ。直接言ってくれたら、妙なハンドサインとかいう手順踏まなくて良かったのに!って」
「話すには気脈を結ぶ必要がある。だから禁じた。と雫が言っていた件ですね」
「そう。なんで気脈結んだらダメなのか、場の流れで聞き損なったけど」
「それが分かったのですね?」
「そう。分かったわ」
アリスは、腰に手を当てて得意満面、という動作を走らせようとする衝動と、がっくり肩を落とす衝動の二つの間で、結局ため息を吐いた。
「もし、オボロとセリス2が気脈を結んだら、壊れた赤の女王がそれを認識して、オボロも敵認定する。もちろん、今回限りの話なら問題無いけどね」
「アリスは今回限りではない、と予想しているし、雫もそう思っている、と考えているのですね」
「そういう事」
アリスは紅茶に口を付けた。
「オボロは秘密兵器のままにしておきたい、というコトのようね」
「オボロの攻撃力の高さは評価しています。ところで、アリス」
「なに?」
「オボロの放つ立方体、画像を解析した所、形状を明瞭にできました」
「ほお。見せて」
アリスの視界にオボロの両手の指とその間に現れた青白く光る立方体が現れ、立方体が拡大された。
「あれって、サイコロだったのね」
「白鳥礫が占いで使うのもサイコロでした」
「なるほどね」
巫術は心象で決まる。イメージしやすいモノが一番早く出せる。
そうアリスは腑に落ちたのだった。
そしてアリスの思考は途中の分岐から戻り、元の疑問に立ち返った。
「メタアリス、本題の疑問。赤い空間、その赤の女王の映像で気になった事があるのよ。解析してみて」
「はい、アリス」
僅かな静寂の後、セリス2は言った。
「解析終わりました。映像を共有します」
アリスの視界に、赤い空間の壊れた赤の女王の姿が映し出された。
「赤の女王の周辺に磁気異常が観測されました。片方の磁極は中心の霊脈が噴出する方向、他方は地表に向かっています」
「その磁場は、赤の女王だけかしら?」
「いいえ、アリス。他の空間からも赤の女王程ではありませんが、やはり地表に向かう流れがあります」
アリスは薄く微笑んだ。
見つけたわ。
「その磁場の特性と竜が放出している電磁力重粒子との相関は?」
「相関をチェックしています。係数算出できました。0.9187、非常に高いと推測されます」
「推論してみて」
「アリスの予想と一致すると思いますが、赤い空間の電磁場の磁力線が、電磁力重粒子の正体であると、推論します」
アリスは再び紅茶を飲むと、ゆっくりとカップを置いた。
「そうすると、赤の女王が正常化した現在、星の中心からの電磁力重粒子の放出は低下すると思う?」
「長期的には低下していくと、考えらます。しかし、短期的には、既に生成経路が構成されており、しばらくは現状のままの状態が続くと考えられます」
「どの位の期間?」
「推論の域を出ませんが、約1万年くらいだと」
アリスは頷いた。
「その報告、雫にもレポートにして送っておいてね」
「はい、アリス」
「ところで、こういう推論はどうかしら?」
「はい、アリス。聞かせてください」
「六が竜に感染させたウィルス。その機能が拡張して、オーロラを作れなくなった竜は自分の子孫を殺すようになった。その拡張って、壊れた赤の女王の影響があったりするかしら?」
「その可能性はあります。六はウィルスが変化しても、子孫を殺すような変化の確率はかなり低いと言っていました。壊れた赤の女王ですが、電磁力重粒子の元となる霊脈の他にも、地上に放出していたようです」
アリスの視界に壊れた赤の女王の周りから立ち上る霧のようなものが表示された。
「それらが地表に到達した場合の予想画像がこれです」
地表に赤い霧のようなものが薄く広がっている。
「これらは霊脈ですから、風などの影響を受けません。その場に留まります。通常の霊脈とは異なっており、触れた生命体に影響を与える可能性があると考えられます」
「これが、礫が言っていた『膿』ね」
「おそらくそうだと思います」
「なんだか地獄のマグマみたいね」
「その表現は適切だと思います。アリス。私もあまり良い気持ちがしません」
セリス2がぶるっと震えた、とアリスは思った。
「玄雨神社初代当主がどんな人物だったか、今度雫から話を聞いてみたいわね。ま、先で良いけど。ところで、もう一つ見たいものがあるけど、良い?」
「はい、アリス。なんでしょう?」
「光ちゃんが見た夢。もう一度再生して貰える?あの鞠を二つ突いてる巫女の少女のバストショット」
アリスの視野に、光が見た鞠を突く巫女の映像が再生された。やはり暗くて顔や表情は分からない。
「もう少し鮮明に出来る?」
「可能な限り鮮明にしてみます」
再生された画像をアリスは凝視した。実際には意識を集中させたのだが。
アリスはふっと力を抜いた。
「まさか、とは思ったけど。予想が大体当たったわ」
「私も確認しました。一致する確率は30%ですが、この画像ではこれ以上の確率は難しいと思います」
「そうよね」
アリスの視覚には、鞠を突く巫女の髪型の輪郭が鮮明化されていた。その髪はポニーテールであり、付け根の所に櫛らしきものが刺さっていた。
「年齢の点はあるけれど、これは需要な手がかりだわ」
アリスは、天井を見上げた。その視界は想像の翼を広げ、竜の星の夜空を仰ぎ見ていた。
「あのオーロラは、竜の叫び、だったのかも知れないわね」
その言葉を聞いたメタアリスは、知り得た情報が指し示す未来に思いを馳せた。
アリスは、変わらぬ世界は無い、と思った。
「塩の石臼が次の事件を画策する時、事の真相が明らかになっていく」
そうアリスは小さく呟いた。
その言葉は、アリスの執務室の装飾品の表面に染み込み、消えていった。
「光、其方夢に見た鞠を突く巫女。これをどう見る」
雫と光は雫の部屋に居た。廊下へ通じる襖を開けて、夜の空を眺めながら、酒を飲んでいる。
日本酒に肴は羊羹という誠に健康に悪い組み合わせだ。
「二つの時の鞠、それを突くという事は、二つの時の鞠を繋ぐ存在、かな、と。でも、片方の鞠は飛んで行ってしまってますから」
光はよく分からない、という顔をした。
「夢は、おそらく重要な意味を持つ、と思う」
雫は盃を干した。光が酒を注ぐ。
「だが、夢の解釈は難解だ。取り残されたもう一つの時の鞠」
「それが、この世界なのでしょうか」
「そうかも知れぬし、あるいは順番が逆なのかも知れぬ」
光の脳裏に冷たい刺激が走った。夢と現実で時間の流れが逆になる事。結び目の部屋、竜の星、それらの夢で確かにあった事。
「この世界の時の鞠が、もう一つの時の鞠を呼ぶ。その仲介を鞠を突く巫女がする、という事になりますね。逆の流れだと」
雫は薄く微笑むと、酒を飲んだ。
「そうなる。故に夢の解釈は難しい」
「あたしは、その逆の流れの解釈が好きです」
雫は静かに微笑んだ。
雫と光は夜空を見上げた。
雲が流れ月が姿を現した。月齢二十一日、半月よりもやや大きめの月だった。
「いずれ分かる事だろう」
雫は盃に口を付けると、静かにそう言った。
今回のお話は前作「異界の巫女」が終わって、割とすぐに書き始めました。
どうも書き残した事か、または、呼水となって何かが頭の中で蠢く感じがするもので。
2024/12/11に書き始め、12/25に第0稿が書き終わりました。翌日、エピローグに雫さんと光の会話を追加。その後、推敲などを重ねています。
会話で行っていたオボロの活躍など、その後、そのシーンを描くように修正したりしましたので、第0稿とは大分変わったように思います。
今回も無意識にばら撒いた伏線の回収が大部分という話になった気がします。
意識的な箇所は「鏡の国のアリス」前回の「不思議の国のアリス」と対になっています。出てくる「赤の女王」は色々な文献やドラマで引用されているキャラクターです。知っていると、赤の女王が出てきたら「ははぁ、鏡の国アリスのアレだ」とちょっと楽しいかも知れません。
意識的とは言っても、いつもの出たとこ勝負の演繹方式ですから、どんな風に物語が転がるかは、分かりません。断片的なイメージを糸で繋いでいくような、綱渡りです。
エピローグが長くなりました。今後の展開に示唆を与えるような事をアリスも雫さんも言っています。
さて、どうなって行きますか。
では、いつもの口上を。
さて、この先どうなりますかは、新たな物語が降ってきてのお楽しみ。