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事の次第の第一幕

■事の次第の第一幕


 竜の星でのアリスの救出劇。

 その話を聞いたアリスの心境は複雑だった。

 言霊二号を経て、時を越えるすべを苦心して開発したのだから。もっともその原動力は、アリス特有のとびっきりの好奇心なのだが。

 それを礫が安易やすやすと行った、と知ったのだ。

 あ、あたしが散々苦労して。

 アリスは頭の中に白い空間が広がるのを感じた。

「おいおい、鳩が豆鉄砲喰らったような顔してんじゃないよぅ、大悪党」

 礫は小首を傾げた。

「大事な所は全部お前の発明じゃないかぃ?」

 え?

「傀儡のオボロは、お前が育てた付喪神が用意した。気脈を通じて時を超える技も、まぁ、元はあたしの術だけど、それを改良してお前が作った」

 礫はアリスの方に、ずいっという感じで首を伸ばした。

「そうだろぅ?」

 アリスの頭の中の白い空間は小さくなって行った。

 アリスの自尊心が回復しかけた時、礫がとんでもない事を言い出した。

「それにしても、今回お前はとんでもない役目に当たったもンだねぇ」

 アリスの眉間に皺が寄る。

「お前が竜の星の中心部に行った理由さぁ」

 ま、まさか。

 ある疑惑がアリスの脳内に広がって行った。

「アリス」

 隣の雫が静かに言った。アリスは雫を見た。

「すべてはイトの計略だったのだ」

 やっぱり!

「記録されていない記録。それが仕掛け。その仕掛けは」

 雫はアリスを見つめた。

「アリスを釣り上げて、ある意味マクロファージとして機能させたのだ」

 ま、マクロファージ!あたしって前線に行って敵の情報集める役目させらたって事!

 マクロファージは体内に病気のウィルスが入ってきた時、ウィルスの情報を集め、免疫の司令塔であるT細胞に伝える食細胞だ。

 アリスが、マクロファージ!、と憤慨にも似た気分を味わっていると、雫が言った。

「少し端折はしょるが、アリスが消えた後、幾つかの占いと、推論から次のような事が分かった」

 アリスは憤慨の気持ちを脇に置いた。

「まず、占いの結果。アリスが竜の星の中心部に居る事が分かった。それに推論だが」

 光が頷いた。

「あたしが見た夢。二つの鞠をつく巫女の夢。一つは青い光りを放ち、もう一つは赤い光り。鞠の中心に赤い火の珠がありました」

「光は塩の石臼と関連した夢を見る。アカネは夢を見なかった。つまり、これは塩の石臼が関連した事態で、竜の星の中心に赤い空間がある、という事を示す」

 赤い空間。

 アリスの脳裏に、あの赤い空間が蘇った。

「もう一つ。前回の《彼岸》で見た黒い幽霊。あの影響」

「それは、また後でいいんじゃないのかぃ?」

「確かに」と雫は礫に頷いた。

「《彼岸》の光りの柱、あれの行く先を考えると、おそらく惑星や恒星の中心。霊脈はそこからこの世に流れ出る。と考えた。そして青い鞠が表す地球。こちらは青く、竜の星は赤い」

 アリスは自分の推理が当たっていた事を知った。だが、今回珍しく雫の話に口を挟まなかった。

 まだ、大事な事があるのよね。

 そう考えたからだった。

「おそらく竜の星には不具合、あるいは病気がある。そしてそれが星の双子が難産になった直接の原因だろう」

 アリスの脳天に電撃が走った。

 そ、そんな太陽の事件の時から。いいえ、地球や竜の星が出来る前から、この因果は始まってたって、事じゃないの!

「この神社が塩の石臼に選ばれ、竜の星に安寧の霊脈を編んだのも、その病気と関連したものだったと考えると、辻褄つじつまが合う」

「なぜ、遠い竜の星でそういう事をしなくっちゃいけない理由」

 ボソリとしたアリスの言葉に雫は首肯した。

「そうだアリス。今回の事件は、ある意味、その総仕上げなのだ」

「塩の石臼が関連している事は、あたしの見た夢で、鞠が解ける様子が時の鞠とそっくりだった事からも分かります」

 光が言った。その言葉は穏やかだったが、どこか重かった。

「塩の石臼は」

 そこまで言った時、雫がそれを制した。

「それも後で」

「はい、雫さん」

「兎も角、アリスは竜の星の中心に居る。そしてそこでは、何かしらの病気の原因がある。おそらくアリスはその病気と対峙している。アリスにはその未知の病気を治癒する技も、身を守る術も無い」

 雫の表情が曇った。

「よって攻撃力の高い巫女が必要になった」

 雫は腕組みをした。

「しかし、玄雨流巫術は舞を舞う。攻撃を行うにしても発動まで時間がかかる。戦闘には向いていない」

 礫が薄く笑った。

「そこであたしの出番さぁ」

 雫が小さく頷いた。

「礫殿の技は、太鼓を叩いた、という心象を持って成す事ができる。発動までの時間は遥かに短い。そして威力は、アリスも知っての通りだ」

 アリスは、青白く光る立方体が触手を切り裂いたのを思い出した。

「まぁ、占っていたら妙な目が出たから、もしやとこの神社に来てみたら」

 礫がさらりと言った。

「誠に丁度良い頃合いでした」

「どうせ占ってたんだろぅ?」

 雫は薄く笑って、同意した。

「そのオボロ、メタアリスが用意したって言ったけど」

 ここで初めてアリスが口を挟んだ。

 アリスの隣に座っていたセリス2が動いた。

「はい、アリス」

 その声にセリス2を見るアリス。暫しの間双眸は見開かれたが、やがて目を細めると、少し嬉しそうな表情を醸し出した。

「似合うわよ、メタアリス」

「ありがとうございます、アリス。雫から経緯を聞き、新しい外殻の作成が必要と判断しました。幸い素体であるマテリアルはまだ十分にありましたから、比較的早く成型する事ができました」

「なるほどね。でもオボロにはあなたは同乗しなかったのね」

「大悪党の可愛い付喪神を使っちゃあ、申し訳ないし、何があるかも知れない所に行くからねぇ」

 アリスは礫を見た。その目は柔らかかった。

「そう」

 言葉としては冷たい感じだが、声音も柔らかかった。

 その様子を雫は静かに見つめていたが、言わねばならぬ事がある、という意をのせたように口を開いた。

「アリス。事はアリスの救出、というだけでは済まなかったのだ」

 アリスは自分の唇が少しばかり強めに閉じられるのを感じていた。

「話は竜の星に移る」

 語る雫の目の奥、そこには静謐せいひつさが漂っていた。


■事の次第の第二幕「竜の星」

 空に竜の作るオーロラが輝いている。小波の音と竜の鳴き声が時々聞こえてくる。

 女神の洞窟の前。石造りの舞舞台には、雫、灯、光、アオイ、アカネ、六の巫女達。それに加えて、ミア、ケルクが居た。

「此度、揃って安寧の舞を舞う事となった」

 雫が言った。

「この舞を舞う事。それが、この竜の星に古くから続く因果を払う事となる。竜人が生まれる遥か昔、女神が呪いを払うより更に昔からある、因果。それを払う」

 そう言うと雫は静かに頭を下げた。

 ミアは体が痺れるような感覚を覚えた。上位の女神の懇願こんがん

 事の重大さが身に沁みた。

「僅かかも知れません。けど、全力で」

 思わずそう口にしていた。

 雫は頷いた。

「では、配置に」

 舞舞台の四方に、灯、光、アオイ、アカネが立った。そして中央の雫の隣にはミアが。

 六とケルクは浮遊して、雫達のやや後ろ上方に。

 雫はミアを見た。

「皆が舞を舞う。この星の霊脈が整う。それを意識して舞えば良い。いつもの通りに」

 ミアは頷いた。

「その霊脈の流れを意識し、まとっているという心象を持てば良い」

 その言葉はミアを戸惑わせた。

「やってみれば分かる」

 そう言うと、雫は舞い始めた。全員がそれに続く。

 次第に巫女達の周りに霊脈の渦が出来始めた。そしてそれは光りの柱となった。その光りの柱から霊脈がミアに向かって流れる。

 ミアは「霊脈を纏う」という意味を知った。それらの霊脈の流れが、己を中心に渦を巻いている事が分かったのだ。

 この流れを意識する。

 そうミアは強く心の奥で念じた。

 ミアを中心とした霊脈の流れは上昇し、光りの渦となった。

 それを、上方にいる六とケルクが雫の元へと方向を変えた。

 雫はその霊脈を帯びた。

 空のオーロラが無くなっていた。竜の鳴き声もしない。ただ小波の音だけが響いていた。

 石の舞舞台に立つ巫女達、そしてミアは小さな地響きを感じた。それは次第に大きくなっていく様に思われた。

「振動と感じるのは、霊脈の流れだ。実際には揺れは無い」

 舞いながら雫が言った。

「この星が震えている。霊脈の流れとして」

 安寧の舞が二巡目となった。

「印が来る。それまで続ける」

 巫女達は女神。六とケルクは外殻の体。疲れはしない。しかしミアは竜人だった。

 けれどミアも疲れを感じなかった。纏った霊脈がミアに舞う力、助力をしていたのだった。

 ミアは体がとても軽い、と感じていた。

 そして視覚、聴覚、触覚、電磁感覚が普段より一層鋭敏になっているのを感じた。

 時折夜空を見上げれば、普段は星と重ならないと見えない黒い月が、夜空の青い光を背景に黒く浮かび上がっているのが見えた。夜空全体が薄く青く光っているように感じられていた。

 ミアの電磁感覚が、宇宙の背景放射を薄い青い光りと捉えていた。

 きっと昔の竜人が黒い月、と呼んだのはこいうのを見たからなんだ。

 夜空を見上げながら、そうミアは思った。

 雫が言った。

「来た。印だ」

 水平線の向こうに、屹立する光りの柱があった。

 雫が体を旋回させる。

 雫が帯びていた霊脈が一気に解放された。

 舞舞台から地面を越え、凪ぐ海に向かって、碁盤の目のような青い光りが一気に広がって行った。雫が竜の星に編んだ安寧の霊脈に沿って。

 それが神々しく輝いた。そしてそれは竜の星全体を覆い、その内部にまで浸透して行った。


■事の次第の第三幕

「ちょっと待って、という事は、あの時、赤い空間に走った座標系みたいに直交する青い光りは」

 そこまで話を聞いていたアリスが無自覚に口にしていた。

「そうだよぅ。竜の星の安寧の霊脈が一気に輝いたのさぁ」

 アリスは思い出した。傀儡のオボロが頭上を指で指し示したのを。

「あの天を指差したのが」

「符牒を現す巫術」

 アリスの問いに雫が答えた。

「それで病気の本体の場所が分かる」

 礫がうふふと笑った。

「大悪党が病気の大元に辿り着くから、そしたらその場所を教える符牒を示す、という策なのさぁ」

「あ、あたしがマクロファージって、そういうコト!?」

「そうさぁ。大元の位置が分からないと、上手く事が運ばないからねぇ。途中で大悪党の傀儡が壊れちゃわないかと、ハラハラしたよぅ。まぁ、上手にひらひらと、かわしてたけどねぇ」

 アリスはむぅっとした。見てるんだったら、助けてくれても良いじゃ無い!という思いが顔に出た。

「大元に辿り付くまで、手出しは出来なかったのさぁ。あたしが下手に出しゃばると、大元が隠れちまうかも知れないからねぇ。そこがこの策の危うい所だよぅ」

「アリスなら、無事に役目を果たす」

「そう玄雨が言うからねぇ」

 礫はまたうふふと笑った。

 アリスはむすぅ、っとした表情を作った。

「雫がそう言うんじゃ、しょうが無いわね」

 その時、アリスは思い出した。触手に囲まれた時、何故かその一角が崩れたのを。

 もしかしたら、あれは。

 アリスはそう思ったが、口にはしなかったし、表情もむすっとしたままだった。

 そんなアリスを礫が面白そうに見ていた。

「今回の事件、アリスが記録されていない記録を再生した事が発端」

 雫が言った。

「つまり、前回の《彼岸》からの繋がりと言える。あの事件の段階で、今回の事は仕組まれていた」

 そこで雫は一旦言葉を区切った。ほんの僅かに首を傾げ、戻した。

「いや、今回の解決の為に調整された、というべきか」

 前回の《彼岸》、そして今回の事件で翻弄ほんろうされたアリスは、目をしばたかかせた。

「ど、どういう事?」

「竜の星の中心で病根を退治するのに丁度良い頃合い。それがアリスが外殻を作り、《彼岸》に行き、そして、その記録を再生する、というタイミングと一致するように調整されていた、という事だ」

 アリスは、なんですって!という感想さえ抱かなかった。心臓の辺りに、何か少しばかり冷たい感触を感じていた。

「イ、イトの計略」

 雫は頷いた。

「おそらく」

 そして小さく息を吐き出した。

「我々が感知し得ない様々な状況を調整し、今回の解決に照準を合わせていたと推測する」

「……それと」

 光が口を開いた。

「塩の石臼は、時の繭の中心です。時間の流れを調整する事もできると思います。ある時点に事象の焦点を集中させる事もできるのでは、と思うんです」

 雫は光に頷いた。

「そう考えられる。とすると、イトがこの神社に来たのも、既にその調整の内、だったのかも知れぬ」

 底知れぬ深い策に、アリスは頭がクラクラしてくるのを覚えた。

 て、手のひらで踊ってる、なんてもんじゃ無いじゃない!

 憤りを通り越して、感嘆めいた感情さえ覚え始めていた。

 アリスはため息を吐いた。

「太陽の事件、いいえ、もしかしたら、スーパーソーラーストーム、もっと遡って、純くんがこの神社に来た事も」

「あるいは。関連している可能性は、否定できぬ」

 アリスは再びため息を吐いた。それは前よりも大きかった。

「きっと、細かい調整の一つ一つを積み重ねて、大局的な解決を図った、んでしょうね」

 珍しくアオイが言った。

「竜の星の病気が原因で、星の双子が難産になって、スーパーソーラーストームが起こって」

 アオイは少し悲しい目で灯を見た。灯は大丈夫、というように頷いて見せた。

「竜の星と繋ぐ為に、アカネが呼ばれて、竜の星に行って、竜人が育って」

 アオイは静かに口を閉じた。

「その一つ一つに細かい調整が入っていたのかも知れぬ」

 雫は僅かに下を向いていた顔を上げた。

「大きなものはやはり、太陽の事件。私の夢の記憶。そして、前回の事件。そこで現れた黒い幽霊だ」

 礫が唇が薄く横に少しだけ広がった。

「黒い幽霊、その話をしようかねぇ」

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