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そして玄雨神社

■そして玄雨神社

「アリス!アリス!」

 何よ。五月蝿うるさいわね。頭の芯がぼおっとして。

「アリス、起きろ」

 アリスはガバッと上半身を起こした。

 玄雨神社舞舞台、いつもの下手袖だった。

「目覚めたか」

 振り向いたアリスの視界に雫の顔が飛び込んできた。

「なかなか目覚めぬから少しばかり心配したぞ」

 この展開。前にも。

「大悪党ぅ、お目覚めだねぇ」

 やや朦朧もうろうとしたアリスの脳天にその声は突き刺さった。

 視線を走らせる。

「つ、つぶて

 見開かれたアリスの目に、死神白鳥しらとり礫の姿が映った。

 礫は少し可笑しそうに微笑んでいる。

 な、何、この展開。

 アリスの頭脳は一気に覚醒した。

 そして気づいた。礫の後ろにあの「白い人型」が立っている事に。

「そ、それ!」

 アリスは白い人型を指差した。

「ああ、これかい?」

 礫は、後ろの白い人型を振り向いた。そしてアリスの方に向きを変えると言った。

「これはお前のメタアリスが設計した『オボロ』だよぅ」

 アリスの双眸は見開かれた。

「な、な、なんですって!?」

 礫は可笑しそうに笑った。

「何を慌ててるのさぁ。大悪党。お前が窮地きゅうちだから、それを助けるための傀儡くぐつを作ってくれたんじゃないか。お前の可愛い付喪神が」

 な、何がどうなってるの!?

 アリスは、寝起きに急に頭をピコピコハンマーで殴られて、大混乱している気分になっている、と自覚した。自覚した事で少し冷静さを取り戻した。

「つまり、その傀儡のオボロであたしを助けに来てくれたのね。礫が」

「そうだよぅ」

 アリスは知っていた。礫も時を越えられない事を。竜の星の中心にアリスを助けに来る。だからそれが容易な事ではない事を。

「どうやって?結構大変なはずだけど」

「大変だったよぅ」

 礫は少しおどけたように眉を上げた。


■女神と死神

 礫が言う大変だった事。 

 それを語るため、話は雫が「だが、アリスを取り戻す」と言った時点の玄雨神社に戻る。


 玄雨神社舞舞台下手袖には緊迫感が漂っていた。

 既に雫は何度か扇の占いをしていた。

 幾度目かの占いが終わると、雫は腕組みをして考えていた。

「雫さん、どうなってるんですか」

 光が雫に声をかけた。待ちきれず痺れを切らしたように。

「アリスは、どうやら竜の星にいるようだ」

 アカネがぴょこんと飛び跳ねた。

「それって。あたしが夢を見なかった、というのと」

 雫が頷く。

「おそらく関連がある」

 雫は光を見た。光は頷いた。

「鞠を突く巫女の、片方の鞠。中心の赤い火の珠」

「そこにアリスは居る」

「つまり、竜の星の中心。という事ですね」

 六が言った。

「そうなる」

 雫は六の方を向くと、そう答えた。六は雫に聞いた。

「アリスさんの状況はどうでしょう?」

「思わしくない。何らかの脅威と遭遇する、と出た」

「時間的にはいつ、となりましたか?」

 六が時間、と言ったので灯が気がついた。

「雫さん。時ののぞき窓を開けなくても、竜の星の事が占えるんですか?」

 雫は灯の方を向くと、頷いた。

「塩の石臼と邂逅して、私の、そうだな影響範囲は拡大したようだ。今では窓を開かなくとも占える」

 灯は雫の能力の拡大に目を見張った。二十三人の灯達と一体になった灯だったが、雫はもしかしたらもっと先に進んでいるのかも知れない、と思った。

 雫は灯に微笑むと、六の方を向いて言った。

「時は、ミアと最後に会って一月後。その時の竜の星の中心に」

 ここで雫は一旦言葉を区切った。

「光が見た、鞠の中心と同じ、赤い火の珠の様な空間があり、そこにアリスは居る」

 肌をざわつかせる静寂に包まれた。

 雫が黙っていると、また光が口を開いた。

「あ、アリスさんが遭遇する脅威って」

「詳細は不明だが、その対処、少々難儀」

 灯が光に言った。

「玄雨流巫術は舞を舞って術を行う。脅威より早く手を打つのが難しいのよ」

 光の顔に素早く呆然、という表情が浮かんだ後、怒りにも似た感情が立ち昇った。

「そんな。何か方法が」

 雫は唇を薄くした後、こう光に告げた。

「神社で手が打てないならば、外を頼む。発動が早い術者がいるだろう?」

 光はポカンとした。灯はなるほど、という顔。

 そしてその時、玄雨神社境内から、艶っぽい声が響いてきた。

「玄雨ぇ、何か用があると占い出たんだよぅ。なんの用事だぃ?」

 陽の光で氷が溶けるような安堵が、光の顔に差し込んだ。

「礫さん!」

「なんだい光。しけた雰囲気だねぇ」

 礫はあたりを見回して言った。そして雫に視軸を向ける。

「事の次第ってやつを教えてくれないかぃ?」

 雫は立ち上がると、舞舞台に上がるように雫を手招きした。礫は舞舞台に上がる。アオイが雫の隣に座布団を用意し、そこに礫が座った。

「誠に良い折にいらっしゃいました、礫殿」

「何を言う、玄雨ぇ。お前もあたしが来ると占って知ってたんだろぅ?」

「誠に」

 礫はうふふと笑った。

「事の次第で御座いますが、アリスが竜の星の中心。そこで脅威と出会うと私の占いに出ました。されど玄雨流は荒事に向かず、さりとて手をこまねいてもいられず」

 礫の目が細くなった。

「ふうん。大悪党がねぇ。それであたしを呼んだ、という訳かぃ?」

「左様に」

「けどねぇ、前にも言ったけど、あたしは時を越えられない。だから」

 そこまで言って、礫は黙った。

「なるほどねぇ。時を越えられないはずの大悪党が、竜の星の中心にか」

 雫は薄く微笑んだ。

「策士だねぇ。手段は既に用意してあるんだろう?」

「流石にそこまでは。ただ直ぐに支度は整います」

 礫の口の端が少し上がった。

「死神に頼み事とはねぇ。荒事が必要なんだろぅ?」

 雫は静かに微笑んだ。少し虚空を見上げて言った。

「メタアリス」

「はい、雫」

「アリスに用意したののと同じ、新しい外殻は作成可能か?」

「はい、雫。マテリアルは十分残っていますから、作成は短時間で可能です。白酉礫用の外殻の作成ですか?」

「そうだ。操作しやすいように体格を同じにしておく以外は、セリス2と同じで良い」

「承知しました。作成が終わり次第、そちらに位置を変えて送ります」

「頼んだ」

 雫は六を見た。

「おそらく、メタアリスには補助が必要。アリスと違い礫殿は巫術の達人だ」

「分かりました」

 そういうと六は消えた。アリスの執務室に位置を変えたのだ。

 礫はそのやり取りを面白そうに聞いていた。雫は礫の方を向いた。

「アリスは六と同じような外殻のセリス2を作成し、己の脈をセリス2と結び、セリス2は時を超えました」

「なるほどねぇ。あたしの気脈式電算術の応用か」

 礫の気脈式電算術。

 それは有線で接続されたネットワークであれば、そこに気脈を通じ接続されたコンピュータを意のままに操る、という恐ろしい術の事である。

「はい。元は言霊二号という時空を超えた通信回線でしたが」

「大悪党の発明、大したもんだねぇ」

 それにしても、と礫は言った。

「どうして、大悪党は竜の星の中心なんて所に行っちまったんだい?」

 かくして雫は、《彼岸》でのアリスの事、セリス2に残った記録されていない記録の事、それを再生した所転移してしまった、という一連の顛末を礫に語った。

 そして今回の策についても。礫はそれを黙って聞いていた。


■竜の星の救出劇

 話を聞き終わった礫は言った。

「なるほどねぇ。大悪党、どうにもマズそうな状況のようだねぇ。で、接近戦が得意な死神を助っ人に頼った、という事のようだねぇ」

 そう言う礫の前に、白い人型の外殻が現れたのだった。

「雫、準備できました」

メタアリスの声が響いた。

「これが、その外殻、かぃ?」

「左様に」

 雫は白い人型の外殻をしけじけと眺めると、こう言った。

「傀儡だねぇ。これとあたしの気脈を結ぶと良いのかぃ?」

「その為の依代よりしろを入れる必要があります」

 いつの間にか現れた六が礫に言った。そうして礫に木札を渡した。

 礫はその木札、玄雨の家紋の入った木札を見て頷いた。

「なるほど。これにあたしの気脈を封じて入れるんだねぇ?」

「はい、礫さん」

 六は答えた。

 礫は木札を六から受け取ると、その表面を撫でた。そして六に渡した。

 六はそれを白い外殻の胸元に近づけた。すると、外殻の胸元に穴が開く。そこに六は木札を入れた。穴は塞がった。

「玄雨ぇ、準備は出来たようだよぅ」

「では礫殿、外殻オボロへ」

「オボロ、この傀儡の名かぃ?」

「はい。礫殿が憑く外殻の名として相応しいと」

 礫は少しばかり嫌な顔をした。

「その名を付けるとは、因果だねぇ」

 雫はまっすぐに礫の目を見ると言った。

「オボロ、礫殿が当神社の巫女であった頃の名。そして此度の事は当神社に関わりある事」

 雫は微笑んだ。

「礫殿の罪のみそぎとなりましょう」

 礫はふぅっと息を吐き出した。

「言うねぇ」

 礫は目を細めると、外殻オボロを見た。

「さて憑いてみるとしようかねぇ」

 礫は目を閉じた。途端、外殻オボロが動き始める。

「なるほどねぇ。こんな感じなのかぃ」

 オボロから礫の声が聞こえた。

「玄雨ぇ、準備は整った様だねぇ」

「誠に」

 そう言うと雫は灯を見た。

「灯」

 灯は頷くと、立ち上がりオボロに近づく。そしてその手を差し出した。

「礫さん。では、竜の星へご案内致します」

「堅苦しいねぇ」

 オボロはそう言うと、差し出された手を取った。

「そうだ。白猫がたまには遊びに来てほしいとさぁ。寂しそうにしてたよぅ」

 灯は少し微笑むと、小さく頷いた。

「では、参りましょう」

 そして灯とオボロは消えた。


 竜の星の衛星軌道上に、二人は現れた。

「永く死神やってるけど、時を超えたのは初めてだねぇ」

「気脈でなら時を越えられると、アリスさんが実践したんです」

「あの大悪党、そういう発明は大したもんだ。それにあの」

「メタアリス、ですか?」

「そういう名だったかねぇ。あれは付喪神だろう?」

「はい。礫さん」

 そこで灯は気がついた。

「アリスさんはセリス2にメタアリスの分身を入れていました。礫さんは何故そうしようとしなかったんですか?」

「あたしは一人の方が気が楽だし、何かあった時、大悪党の可愛い付喪神を巻き添えにしちゃ悪いだろぅ?」

 灯は薄く笑った。

「相変わらず礫さんは優しいんですね」

「死神だけどねぇ」

 二人は笑った。

 灯は無しの扇を作り出すと、それを竜の星の中心に送り出した。

 そして短い舞を舞う。「空の穴」が二人の前に現れた。もう片方は無しの扇の近く、つまり竜の星の中心に。

「では、ご武運を」

「ひと暴れしてこようかねぇ」

 灯はオボロの背中を押して、「空の穴」に押し込んだ。

 オボロは消えた。


「さて、どうやって大悪党を探そうかねぇ」

「空の穴」をでたオボロは呟いた。

 あたり一面の赤い空間。その中にオボロが浮いていた。

「確か目印が出るとか言ってたねぇ」

 礫の視覚に矢印、マーカーが現れた。

「どうやらこれがそのようだねぇ。こっちの方向に大悪党がいるんだねぇ」

 オボロはマーカーが示す方向に飛翔した。

「それにしても奇妙な場所だねぇ。得体の知れないのがくるくる回ってるよぅ」

 くるくる回っているのは赤の女王である。それらを避けながらオボロは進んでいく。

 次第にマーカーが大きくなっていくのを礫は認めた。

「おかしいねぇ、矢印が。なんだか奇妙な壁の向こうを示してるじゃないかぁ」

 礫の視覚には、触手で覆われた壁のようなものの中をマーカーが示しているように見えた。

 オボロは両手の指先から気脈を伸ばし、壁の中を調べた。

「あぁ、この中にいるのかぃ。道理で中を矢印が示す訳だねぇ」

 オボロはそう言うと、両手を胸の前で交差させた。カン、と礫の耳に甲高い音が響いた。

 開いた両手の指と指の間に青白く光る立方体が現れた。

「玄雨にゃあ親玉が見つかるまで、あんまり手出ししないように、と言われてるけどねぇ」

 オボロは交差した両手を前方に広げた。

 途端に立方体は青白い軌跡を引いて虚空を飛ぶ。

 触手の壁に突き刺ささる。

 壁の表面に青白い閃光が走る。

 壁は崩壊した。

 崩壊した壁の向こうにセリス2の姿。

 セリス2が崩壊した壁の方を向いた時、オボロは姿を隠していた。

「この事は、内緒にしておこうかねぇ」

 オボロは呟いた。

 だが、事はそう簡単には収まらなかった。

 崩壊して四散した触手は、すぐに再生を始めたのだ。セリス2は囲まれそうになっている。

「致し方、ないのかねぇ」

 オボロはセリス2に近寄った。セリス2がオボロを見た。オボロはセリス2に手招きした。

「急ぐんだよぅ」

 礫は少々焦った。触手の包囲が完成するまであまり時間が無い。

「策の内、とは言え、大悪党と気脈で接触するのを禁じられてるからねぇ。言葉で伝えられないのは、もどかしいねぇ」

 セリス2はオボロが背を差し示すサインを理解した。その背に乗った。

「ハラハラしっぱなしだよぅ」

 オボロに表情があれば、苦笑いをしている所だろう。

 背にセリス2を乗せて、オボロは迫り来る触手の間を通り抜けていく。

 飛びながらオボロは前方に気脈を送り、周辺を走査していた。

「ふうん。どうやら親玉を見つけたようだよぅ。もっとも向こうが先に大悪党を見つけたから、見つけられた、みたいだけどねぇ」

 オボロは両手を胸の前で交差させた。両手の指と指の間に青白い光を放つ立方体が現れた。

「鬼ごっこは得意なのさぁ」

 その言葉には、百戦錬磨の鬼神が漏らす凄みがあった。

 そしてオボロは両手を前に伸ばす。

 放たれた立方体は青白い軌跡を描き、前方の触手の壁目掛け飛んでいく。

 立方体が触手を切り裂き空洞のような穴を開ける。

 その中に飛ぶオボロ。

 そしてその先には、礫が察知した親玉、巨大な壊れた赤の女王。

 オボロは両手の指に青い立方体を出現させる。

 それを赤の女王目掛け投じる。

 手前の触手は切り裂かれる。

 立方体は青い軌跡を描き赤の女王に突き刺さる。

 青い立方体が衝突した箇所が凹む。

 同時に衝突した衝撃が赤の女王の表面に波のように広がる。

 こぶから出ていた触手はその衝撃で根本から寸断され、溶けるように消える。

「さて、ここからが本当の役目だねぇ」

 オボロは天を指差した。

「さぁ、玄雨ぇ。お前の番だよぅ」

 礫は気脈を通して、頭上に広がる碁盤の目のような青白い光りの筋の広がりを感じた。

 そして目の前に無しの扇が現れた。

「戻るよぅ。大悪党」

 オボロは無しの扇を掴む。その反対の手でセリス2を掴むと、背後に現れた漆黒の球体の中にセリス2を投げ込むように動かす。しかし、その手は離さず、オボロも自身もその漆黒の球体の中に消えていった。

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