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光は夢を見る

 この物語は、巫術師玄雨雫シリーズの7作目です。

 過去の物語と密接に結び付いているため、「安寧の巫女」「竜使いの巫女」「結び目の巫女」「理の巫女」「星の巫女」「異界の巫女」の順にお読み頂いた後、読まれる事を特に強くお勧め致します。

 この話から読まれる方のために、人物・用語の項目をご用意しました。

 かなり簡略な説明となっていますし、それ以前のお話のオチが分かってしまう可能性もあります事をご留意ください。また、本作中で過去のエピソードが簡略な形で登場しますが、それを完全に補完できるようにすると、かなり長くなるため省略しています。

 以前の物語を読んだ方が思い出すため、程度の解像度になっています。


■人物・用語

玄雨くろさめ

 女神。数百年前から生きている不老不死の巫女。自称「日の本の国の神」。

 巫術を操る。占いの達人。

 玄雨神社舞舞台にて、日々、世界の安寧を司どる安寧の霊脈に舞を奉じる。

 外見の年齢は17、8歳。

アリス・ゴールドスミス

 女神。生まれ変わり生き続ける者。自称「西洋の女神」。

 頭脳明晰。スタイル抜群の金髪美女。マッドサイエンティスト。

 外見の年齢、本人の拒否により非公開。

巫術とは

 このシリーズで言う「巫術」は、一般のものとは少々異なる。

 この世界には「霊脈」という一種の情報・エネルギーの流れがあり、それを体内の「気脈」を操る事で干渉し、多数の事象に干渉する技を意味する。

 玄雨流巫術では、舞を舞う事でこの技を行う。

時の女神

 時空を操る巫術を行える術者が女神となった場合の呼称。

 タイムリープや時間を巻き戻すなど時空間に干渉する巫術を行う。

あかり

 女神。光の双子の姉。母の子宮内から時空を超えて現れた。

 数々の試練を超えて、玄雨神社一番の「時の女神」。

 神としての名は「玄雨灯」、通り名は「時の守り神」。

 身体年齢は6歳。実年齢は不明。

 女神。灯の双子の妹。灯が光の時の女神としての資質を持っていったため、人として生まれるが、後に女神となる。当代の時の女神。

 身体年齢は12歳くらい。実年齢は二十代前半。

セリス

 本編には登場しないけれど、説明に必要なのご紹介。

 玄雨雫の弟子。アリスの子供で後にアリスとなった。通常は消えるはずのセリスの人格は残った。

アオイ・ゴールドスミス

 女神。女神としての名は「玄雨葵」、通り名は「星の女神」。

 セリスが産んだ双子の一人。セリスの人格はアカネへと移る。

 身体年齢は10歳。セリスの人格と記憶を受け継いる。

アカネ・ゴールドスミス

 女神。女神としての名は「玄雨茜」、通り名は「竜の女神」。

 セリスが産んだ双子の一人。髪の色はいつもは黒だが、巫術を使う時赤くなる。

 身体年齢、実年齢共に10歳。

りく

 異星の人工知能。

 初期の姿は、背に笹の葉のような形の六枚の羽のようなもの。そして頭部には、ミルキークラウンのような六つの突起のある純白の人の形。

 今は、色は白いままだが灯とほぼ同じ姿になっている。

メタアリス

 付喪神。

 元はアリス・ゴールドスミスが開発した人工知能。情報伝達に霊脈を使用。

ミア

 竜の星という別の惑星に住む竜人。

 竜人は竜から進化。

 ミアは竜人の中でも巫術が使える特殊な存在。

竜の星

 大部分が海で覆われた惑星。海には竜が住んでいる。

 ミアが住んでいる島には物語上重要な洞窟があり、そこには女神の伝説を描いた壁画がある。

天の竜

 六達が恒星間移動するためのワープゲート。光を反射しない漆黒の巨大な円盤。

 それを竜人達は「黒い月」と呼んでいる。

 生命体は天の竜を通過できない、とかつて六は語った。

ケルク

 元は妖精。六の予備の体に入り、初期の六と同じ姿になった。

 「見守るもの」と名乗っている。

イト

「塩の石臼」の代理人。


塩の石臼

 この世界は「時の線」と呼ばれる時空連続体がいくつも枝分かれした並行宇宙で出来ており、それらがまるで鞠のように球になっている。

 その中心にある世界の制御機構のような存在。

 光がその存在を「塩の石臼」と呼び、その名が定着している。

「本」

 塩の石臼が多数の世界にいた問いかけ。それを「本」と呼んでいる。

「本」には怪異を起こす力があり、玄雨神社は「本」の回収を塩の石臼から依頼されている。

太陽の事件

 前作「星の巫女」で起こった事件。

 この事件の解決時に雫は奇妙な夢を見る。

 その夢の断片はアリスが記録し、雫とアリスはその断片を見る。

 見終わったアリスはその夢のデータを消去した。

結び目

 時の線が絡まりまるで結び目のようになった時空間。とても危険な状態。

白酉しらとりつぶて

 人の寿命を取り計らう神。即ち死神。

 悪人の寿命を縮める。改心すると元に戻る事もある。

 かつてアリスにその業を行おうとした事がある。

■光は夢を見る

 その夜、光は寝床に付くと、すぐに寝入った。そして夢を見た。

 夢の中である少女に出会った。

「あなたは誰?」

 光は夜の玄雨神社境内の一つの影に問うた。満月が南中し、境内は明るいが、その人影は暗く何者か知れなかった。だが、巫女装束を身にまとっているようにも光には見えた。

 光は目を凝らす。

 その人影は鞠を突いている、と分かった。ただ両手で一つずつ、計二つの鞠を突いている。

 !

 光はその鞠を突く少女が自分の方を見たと思った。

 少女の突く鞠の一つが、地面に跳ね返ると、天空に飛び去った。右手で突いていた方だった。

 左手で鞠をつき続ける。

 光は自分が汗を流している、と分かった。顳顬こめかみから汗が顎に伝うのを感じた。

 少女が左手で突く鞠の動きに視線が縫い付けられたようになる。

 地面に跳ね返った鞠が少女の頭上に飛び上がり、静止した。

 そして、急に鞠の糸が解けるように巨大化する。

 そしてそれが消えた。

 光はそれが消える直前、鞠だったものの中心部分に何か赤い火のたまのようなものが見えたと思った。

 光が視線を少女に戻した時、その姿は無かった。

「光!」

 大きな声が聞こえてきた。と同時に満月の光に照らし出されていた玄雨神社境内が掻き消え、あたりは真っ暗になった。

 その真っ暗になった視界に、横に薄い筋が走ると、それが上下に広がった。その中に姉、灯の顔があった。

「どうしたの、光」

 姉の顔は心配そうだった。

 あ、夢だったんだ。目を覚ましたんだ。

 光は半ば夢の中にいるような心持ちでそう思った。

 そして脳から脊髄へ火花が走るように体が急激に目覚めるのを実感する。

「光。おかしな気脈の流れになってるのを感じて来てみたの」

 姉の顔は真剣だった。

 その視線が、光の体を急速に目覚めさせたのだ。

「変な、夢を見たの」

 光が語る夢の内容に、灯の眉間に小さな皺が寄った。六歳の身体にしては奇妙な表情を形作った。

「朝になったら、雫さんに話しましょう」

 光は小さく、しっかりと頷いた。 


■記録されてない記録

「アリス、奇妙です」

 メタアリスの言葉に、アリスは右の眉を少しばかり上げた。

「どうしたの?」

「赤い光りの先の世界、雫が《彼岸》と呼んだ世界に行った際のセリス2の記録を確認しました」

 アリスは執務室の椅子にもたれていたが、背もたれから離し、姿勢を正した。表情に険しさが忍び寄っていた。

「記録は何も無いけれど、経過時間分はあった、というという箇所ね」

「はいアリス。その記録のない箇所を改めて解析した結果、奇妙だという結論に至りました」

「どういう事?」

「記録はやはり何もありませんでした」

 アリスは黙っている。が、その瞳には僅かな不安が忍び寄っていた。

「けれど、全くの初期状態ではない事が分かりました」

 アリスの唇が薄くなった。

「まるで一度記録した後、それを消去したけれど、情報の上書きで下地に痕跡が残っているようでした。しかし」

 アリスは、少し顔を上げると言った。

「復元、できなかったのね?」

「そうです。だから奇妙なのです」

 小さくため息を吐くと、アリスは右手の人差し指と親指で軽く顎を摘んだ。

「テストしてみたい事があるの」

 そう言うとアリスは椅子から立ち上がった。


■光の相談

 雫の朝の安寧の舞の奉納が終わって暫しして、灯は言った。

「雫さん、お話があります」

 灯のいつもでない様子に、アオイから渡された茶を飲む雫の手が止まった。

 雫が茶碗を茶托に戻すのを待って、灯は話を続けた。

「昨晩、光が奇妙な夢を見たんです。気脈の流れがおかしいと感じて寝ている光を起こしました」

 灯は光に頷く。光が口を開いた」

「夢を見ていたんです。二つの鞠を突く、巫女装束を着た少女の影が、ここ玄雨神社境内に居る夢でした」

 光は、舞扇で雫、灯、アオイ、アカネに気脈を結び、見た夢を伝える経路を形作った。

「待て」

 雫はそう言うと「六」と小さく言った。

 雫の背後に、六が現れた。

 光は小さく頷くと、六にも気脈を結んだ。

「それでは、夢の中にご案内致します」

 光の言葉が終わると同時に、巫女達の視界は真っ暗になった。

 視界の先がわずかに明るくなった。

 そこに、景色が広がる。

 玄雨神社境内だと、巫女達は思った。南中する満月の光に照らし出されていた。

 その景色は、真っ暗な中にぼんやりと浮かんでいるように感じられる。

 その境内に、同じようにぼんやりと輪郭線がかすんだような影が現れた。

「その影が鞠を突いている巫女です」

 光の言葉が、僅かに残響を伴って内耳に聞こえてきた。

 ぼんやりとした影だが、確かに鞠を突く巫女装束の少女のように見える。

 鞠の数は二つ。両手で鞠を突いている。

 しばらく鞠を突く様子が続いた後。

 少女の突く鞠の一つが、地面に跳ね返ると、天空に飛び去った。右手で突いていた方だった。

 南中する満月に飛び去る鞠の影が黒い軌跡を一瞬残した。

 少女は何事もなかったように、左手の残った方の鞠をつき続けている。

 そして、左手で突く鞠が地面に跳ね返える。鞠は少女の頭上まで飛び上がると、静止した。

 鞠は糸を重ねて作られている。その糸が解け、周囲の空間に広がっていった。まるで鞠が拡大したように。だが、糸の隙間から境内が見える。 

 尚も鞠の拡大が続く、どこまでもどこまでも。さながら球面状の蜘蛛の巣が四方八方に広がっていくようだった。

 そして糸は消えた。

 いつの間にか、少女の姿も消えていた。

 巫女達の視界に映し出される玄雨神社境内が小さくなると、再び真っ暗になった。

 そして、舞舞台の景色に戻った。

「ここで灯お姉ちゃんに起こされて、夢から覚めたんです」

 雫は舞扇を広げると、床に置いた。そして柏手を打つ。舞扇は独りでに起き上がると、くるくると幾たびか回転すると、ぱたり、と倒れた。

 その様子をじっと見ていた雫が口を開いた。

「吉凶を占った」

 舞扇を仕舞う雫の眉間に厳しさが宿った。

「凶と出た」

 雫は光に視線を向けた。

「先ほどの夢の再演、見た夢と相違は無かったか?」

 光はとんと額を突かれたような軽い衝撃を受けた。思わず双眸が開く。

 すっと開いたまなこが元に戻り、半眼になった。僅かに顔が床の方を向く。

 見た夢と、その夢の再演。その違いを探した。

 額の奥で、何かが弾けたような気がした。双眸が開く。そして顔を上げた。

「違いが分かりました」

 その先を言おうとする光を制するように雫は舞扇で額を示した。

「その違いを再演できるか?」

 光は頷いた。そして目を閉じる。

 巫女達の視界が再び暗くなった。

 そして前と同じように両手で鞠を突く巫女の影が現れた。

 右手で突く鞠が地面に跳ね返って、天空へと飛ぶ。その鞠が静止した。

「この時の鞠の色が」

 光の声が巫女達の内耳に届いた。

「青いんです」

 確かに静止した鞠が青く光っているように見えた。

 すぐさま鞠は動きを再開し、天空へ飛び去った。

 巫女の影に残ったのは、左手の鞠。

 地面に跳ね返った鞠は、巫女の影の頭上で静止する。

 そして鞠の糸が解け、その球面が広がっていく。

 そして静止した。

「広がる鞠の中心に」

 光の声が巫女達の内耳に響く。

 見るものがそこに意識を集中すると、広がる糸、その鞠であったものの中心に赤い火の珠のようなものがあるのが視えた。

 巫女達の視界は暗くなる、そして玄雨神社舞舞台に戻った。

 光が雫を見やると、雫は半眼になり、顎に右手を添えて考え込む様子だった。光の視線に気づくと、つと顔を上げて、光を見つめた。

「して、光。この夢、どう見る?」

 光の唇は薄くなったが、意を結したように言った。

「竜の星で、何かが起こる、予兆ではないかと思います」

 ぴょこん。

 アオイの隣に座っていたアカネが正座したままの姿勢で十センチ程ジャンプしていた。

「え〜。そんなのオカしい、光お姉ちゃん。だって竜の星で何かあるんだったら」

 あたしが夢に見るはずなのに!

 そういう心の声が座の全員に聞こえた気がした。

 だがその声は、雫の視線に気づいたアカネが発する事は無かった。

 アカネは口を開いたまま、雫の視線に気づくと、ぱくんと口を閉じた。

 雫の視線は柔らかかったが、アカネの言葉を封じる強さがあった。

 雫はアカネに頷いた。

「此度の事。竜の星の事なのにアカネでなく光が夢を見た、という事」

 視線を光に移すと続けた。

「それ自体もまた、夢の内容を描き出している。示唆なのだ」

 雫は光にゆっくりと首肯して、先を促した。光も首肯して応じ、言った。

「二つの鞠。青い方は地球。拡大して中心に赤い珠がある方が竜の星。そして拡大した中にあるという事は」

 そこで光はアカネに視線を向けた。そして続ける。

「事は竜の星の地下、あるいはその中心で起こる、という意味、と捉えました」

 アカネの双眸が開いた。理解したのだった。

「だ、だからあたしは夢を見なかったんだ。光お姉ちゃん」

 光はアカネに小さく頷き、その言葉に応えた。

「アカネちゃんが竜の星の夢を見る時は、竜か竜人が出てくる。事に竜も竜人も関係ないなら、アカネちゃんは夢に見ない。そして」

 光は視線を雫に移した。

「あたしの中のあの時の結び目の部屋の光が夢を見たなら」

 光はそこで言葉を区切った。

 雫の唇は薄くなった。

「塩の石臼、あるいは、時の繭と関連する出来事、そう見たのだな?光」

「はい、雫さん。竜の星の地下、そこに」

 雫は小さく息を吐き出すと、言った。

「先のアリスが《彼岸》に行った事。それも一つの準備、だったのかも知れぬ」

 雫がそう言った時、巫女達の耳に声が聞こえた。


「雫、アリスが消えました」


■消えたアリス

 巫女達が声の方を向く。

 そこには、固定された「くうの穴」から出てきたアリスが居た。

 だがいつものアリスらしくない。巫女達の方へ歩む動きもどことなく、危うい。つまずき転びそうになる。倒れそうになるアリスの手を、そこに現れた六が支えた。

「ありがとう。六」

「大丈夫ですか?メタアリス」

 アリスは小さくため息を吐くと、静かな笑みを浮かべた。

 六は頷くと、アリスの手を取って雫の方へと向かった。

 アリスは雫の隣に着くと、六に手伝って貰いながら正座した。

 もう巫女達も、このアリスがいつものアリスではないと気づいていた。

 動きもなんだか変だし、第一胡座あぐらじゃない!

 光はそう思ったが、他の巫女達も大体同じような感想だった。

 雫はアリスの目を見た。すっとした眼差しで。

「何が起こった。メタアリス」

 雫のこの一言で、このアリスがメタアリスが憑いているアリスなのだと、アカネまで理解するに至った。

「雫。セリス2に残っている《彼岸》の記録情報、そこに奇妙な点を見つけました。情報媒体の下地に消去されたような痕跡がありました。しかし情報は復元不能でした。」

「なるほど」

 雫の目が僅かに鋭さを増した。

「するとアリスの奴は」

 ふうっと、息を鼻から出した。やや憤慨している様子とも取れそうな所作だった。

「セリス2に入って、その情報をリプレイしようとしたのだな?そして」

「はい、雫。セリス2で情報媒体にアクセスして、暫くした時。セリス2が消え、アリスとの接続が途絶えました」

 雫は少し目を細めると、優しく口元を緩めた。

「メタアリス。気遣い感謝する。セリス2には」

「はい、雫。私の分身が同居しています。アリスのサポートをする筈です」

「その分身との接続も?」

 メタアリスは少し目を伏せた。

「途絶しています」

 雫はメタアリスの肩に手を置いた。

「よく知らせてくれた」

 視線を巫女達に走らせると、雫は言った。

「事はのっぴきならぬ方に進んでしまった様だ」

 雫は唇を薄くする。

「だが、アリスを取り戻す」

 その言葉には、強い決意が込められていた。

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