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第17幕 『 出発 』


 みんな気を遣ってか、仕事を辞めることが分かっても病院での生活は今までと変わることはなかった。

 送別会をって言ってくれたんだけど、丁寧にお断りした。

 そーいうのって、苦手だから...。



 いよいよ最後の日。

 出来るだけ森先生に診察を任せて、わたしはこっそり手術室で椅子に座り、ぼーっと時間を過ごしていた。


 「こんなとこにいたんですか」

 森先生に見つかってしまった。

 「みんな、写真撮ろうって探してますよ」

 「そーいうの、あんまり好きじゃないんだよね」

 うれしいけど...。

 わたしはうつむいた。

 「たくさんのドラマを生んだこの手術室ともお別れですね」

 わたしが動かないのが分かると、森先生はそんな今にもに臭いそうな台詞と一緒に手術室に入ってきた。

 そしてわたしの横に立つと、視線をこちらに向けないまま聞いてきた。

 「ここやめたあと、どうするんですか」

 いきなりかい...。

 でも、まぁ、急に辞めちゃうんだから、それくらい話すのが礼儀かな。

 少し間を空けてから...。

 「とりあえず、行きたいとこと、そこで確かめたいことがあるんだ」

 森先生がちょっとびっくりした様子でこちらを見る。

 「どこへ行くんです? で、何を確かめるんです?」

 「行きたいとこはね、石津先生のとこ。確かめたいことは、ナイショ」

 森先生の顔がゆるむ。

 「なんだ、おめでたいことだったんだ。心配しちゃいましたよ」

 おいおい、それ勘違い。知らないオンナが出てくるかもしれないわけだし...。

 「ばーか、違うよ。そんなんじゃない」

 ほんとに、そんなんじゃないだから。


 しばらく沈黙。


 「でも、先生がいなくなったら、大変だろうなぁ」

 森先生はがっくりと肩を落とす仕草をした。

 「ま、院長にもうひと頑張りしてもらうんだね。てか、森先生が、がんばれば?」

 「そんな...、僕は高原先生みたいに出来ないですよ」

 「出来ないって言わない。大丈夫、ちゃんとできるから」

 「あ、その台詞、何度も聞きました。そうですね。それ聞いて何でもやって来れたような気がします」

 「はは、着ボイスにしとく?」

 「そうだ。分からないことがあったら電話しますね」

 「しなくていいから」

 「いや、絶対します」

 「番号かえちゃったんだ」

 「え...」

 森先生は、わたしから視線を外し、うつむいた。


 わたしは椅子から立ち上がり、森先生の前に立つ。 

 「先生、手出して」

 わたしが言うと、森先生は素直に手のひらを差し出した。

 「はい、タッチ」

 森先生の手に、ポンと自分の手をあてる。

 きょとんとする森先生。

 「なんです?」

 「へへ、わたしのびんぼーくじ、あげたの」

 「は?」

 「あたり付きだよ」

 何の意味か、全く理解出来ていない様子の森先生。

 わたしは少しおどけて言う。

 「だから、今度は森先生がここで素敵なドラマを作っていく番だってこと」

 そして、声を出して笑った。


 

 がんばれ、森先生。

 もう、わたしは、いないから...。



 こうして、わたしは『いっこく橋動物病院』を去った。



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