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第9幕 『 休日 』


 あれ?

 今何時?

 うわ!もう11時。

 寝過ごしたぁ。

 慌てて飛び起きる。

 今日は、お昼に亮子ちゃんと食事の約束があるんだよね。

 その前に掃除や洗濯したかったのに。


 あ、ネコ...。

 昨日拾ったネコのこと、すっかり忘れてた。

 ごめんねぇ。

 慌てて着替えると、引き取り窓口のある役場へ走った。




 亮子ちゃん。

 大学の同級生。つまり獣医さん。

 学生の時に3つ上の先輩と付き合ってて、その先輩は先に開業。

 そして、亮子ちゃんは代診後、そこに嫁入り。

 うらやましいことに、今では結構おっきな病院になってるんだよね。


 今日は亮子ちゃんがこっちに出てきてくれるってことなので、前から行きたかったイタリア料理のお店で待ち合わせ。

 少し早めにお店についたんだけど、すでに亮子ちゃんは駐車場で待っていた。

 おいおい、ベンツだよ...。

 「灯子ちゃん、ひさしぶりぃ。元気だったぁ」

 「元気、元気」

 「まだ、このクルマ乗ってんだねぇ」

 「もの持ちいいでしょ」

 「灯子ちゃんが来たのすぐ分かったよ」

 「亮子ちゃん、学生の時は軽だったのに、えらく出世したね」

 「まぁね」

 そんな挨拶で、お店に入る。

 オーダーはランチのコース。


 それにしても...、亮子ちゃんはショートな髪型に黒の花柄ワンピース(結構ミニだぞ!)、黒のジャケット。そして黒の二ーハイブーツ...。これならベンツも似合うな...。

 なんだか、見とれちゃうぞ。

 古びたミリタリージャケットとジーンズのわたしとは大違いだ。


 料理はまずスープが出てきた。

 キノコのスープだね。

 そしてサラダ。お魚と...、何だこの葉っぱは?

 ドレッシングがいい味。

 一緒についてきたフォカッチャ。おお、生ハムとチーズがはさんである。

 料理を食べながら、その感想で話が進む。

 メインはパスタ。

 モッツァレラとナスのトマトソースだ。

 やっぱり自分で作るのとは全然違うなぁ。


 「尿道ロウの手術をした子の飼い主さんが言うのよね」

 亮子ちゃんは突然話を変えた。

 まぁ、亮子ちゃんは昔っからこーいうとこあったな。

 「おしっこする時に、右にそれるって。それってさ、ペニスの切り方がまずかったのかな?」

 一瞬、まわりのヒトたちがこちらを見る。

 亮子ちゃん、声デカイって!

 「そんなこと、今まで考えたことなかったよね」

 急に小声になった。

 そして黙り込む。

 お皿の上では、フォークに絡まったパスタが空回りを続けている。

 

 亮子ちゃん、何か言いたいことあるんじゃない?

 

 ドルチェ。

 キャラメルプリンとティラミスのセット。

 そして、最後のコーヒー。

 ミルクを入れスプーンで回す亮子ちゃん。

 何度も何度も回す。

 突然、スプーンが止まった。

 「てかさ、あたし、わざわざペニスの話をするために灯子ちゃんを誘ったんじゃないんだよね」

 わたしは、再び出てきたその単語に反応し、周囲に目をやった。

 今度はみんな聞こえなかったみたい。

 「うちの病院さ、今獣医を3人雇ってんだよね。VTに至っては7人だよ」

 すっげ~、そんなおっきな病院になったんだ。

 「まぁ、一応副院長としておさまってはいるんだけどね」

 亮子ちゃんは手に持っていたスプーンをお皿におくと、コーヒーカップを持った。

 「でも、なんだかさ、いつの間にか勝手に大きくなったってゆーか」

 コーヒーを一口飲む。

 「ぶっちゃけ、あたしっていったいなんなのぉ...って、感じなのよね」

 亮子ちゃんはコーヒーをお皿に戻すと、再びスプーンを持ってコーヒーを回しはじめた。

 「一度そんなこと考え出すとさ、もう、あたしの居場所がないような気がしちゃってね」

 ちょっと贅沢そうな悩みにも思えるんですけど...。

 「そんなことに気がつかなければ、きっと平和に過ごしていけたかもしれないのに...」

 沈黙...。


 「今日さ、灯子ちゃん、あのクルマでやってきたじゃない。それ見た時、ちょっとうるってきちゃったんだ。なんだか、とっても懐かしくってね」

 突然わたしに視線を移しはなし出した亮子ちゃんの目は、ちょっと潤んでいた。

 「あたしさ、子育てに専念しよかな、なんて思ってんの。旦那は旦那で、外で何やってるか分かんないしね。まぁ、種だけ仕込んでもらえれば、あとは自分でなんとかできるし」

 言いたかったのはこれか。

 「でも、ほんと、今日は灯子ちゃんに会えてよかった。きっとさ、昔と変わっていない灯子ちゃんを見たかったんだと思う。ありがとね」

 肩の力が抜けたように、亮子ちゃんはやっと笑った。


 その時突然不快な振動。

 二人とも同時に自分のバッグを探った。

 「あ、わたしだ」

 わたしの携帯が呼び出していた。

 サブディスプレイには『いっこく橋』の文字。

 え?病院から?

 「ちょっと、ごめん」

 立ち上がり、化粧室へ行く。

 くっそぉ~、森先生め、ほんとにかけてきたな。


 「もしもし...」

 「あ、森でーす」

 「冗談なしにしてよね」

 「冗談じゃないですよぉ。帝王切開お願いします」

 「はぁ?院長は?」

 「さっきまでなんとか出ないかやってたんですけど、自分の健康診断に行かなきゃいけないみたいで。だから高原先生呼んでってことです」

 そーいえば、1週間ほど前、妊娠後期でレントゲン撮ったダックスがいたなぁ...と思い出した。

 「15分くらいでいけると思う。準備万端で待ってて」

 電話を切る。

 料理食べ終わったあとでよかった...。


 「ごめん。帝王切開で呼び出されちゃった」

 テーブルに戻ると、立ったまま亮子ちゃんに言う。

 「いいよ、お互いそんな仕事だから。それだけ必要とされてるってことでしょ」

 亮子ちゃんはそう言うと立ち上がり、レシートを持った。

 「あ、いくら?」

 「いいの、今日はあたしのおごり。まぁ、領収書もらって接待費だけどね」



 「あたしにしたら、変わっていない灯子ちゃんに会えるのはうれしいけど。そろそろ変わらないとね」

 駐車場で、ドアにキーを差し込むわたしに亮子ちゃんが言った。

 「どーすんの? 開業は? 結婚は?」

 「まだ、考えたことないんだよね」

 亮子ちゃんは自分の車にいくと、そのままドアを開けた。

 「何か力になれることがあるかも、その時は言ってよね。また、連絡する」

 「ありがと」

 わたしはちょっとガソリン臭い車に乗り込んだ。





 「すごい、ほんとに15分で到着しましたね」

 そんな森先生の驚きの言葉に迎えられて、ダックスの帝王切開開始。

 頚管付近で、明るい未来への出口を塞いでいた子はすでに死んでいたものの、残りの3匹は無事に取り出すことができた。

 


 「じゃぁね」

 「あ、先生、コーヒー入れますよ」

 手術が終わってすぐに帰ろうとするわたしに気を遣ってか、森先生が追っかけてきた。

 「いいよ、帰って洗濯とかしなきゃ。バイバイ」

 わたしは軽く手を振ってロッカールームを出た。

 車に乗り込もうとしたところで、視野のすみに院長の奥さんが映った。

 やべ、こそっと行こう...。

 「あれ?今日は休みじゃなかった?」

 ああ、見つかってしまった。

 「あ、帝王切開で呼び出されちゃって...」

 「あ、そ。ごくろうさま」

 なんて社交辞令的なお言葉なんだろ。


 まぁ、必要とされているわけじゃなくって、ただ単に使われてるだけなんだろうな。




 マンションに戻って、たまっていた洗濯物をやっつけ掃除などしていたら、すっかり夜になっていた。

 なんだか慌ただしい1日だったなぁ。

 冷蔵庫から取り出した発泡酒を持って、クッションに座る。

 テーブルのマックからは音楽が流れている。

 発泡酒を開け、ゆっくりと口に運ぶ。そのまま天井をしばらく見る。

 昼間の亮子ちゃんの言葉が浮かんだ。


 わたしの未来は、どーなるんだろう...。


 そうだ、パン食べなきゃ。

 昨日の夜に買った今朝の朝食用にするはずだったパンのことを思い出した。




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