序幕
「ったく、もう。朝は忙しいんだから、たらたら走んないでよ」
わたしの前を走る軽トラックは、制限速度よりも遥かにゆっくりとしたスピード。
片側一車線で、対向車が途切れることがないこの状態では、追い越すことなんてできないよ。
ルームミラーの上にある時計に目をやると、8時00分を表示していた。本来なら、もう既に仕事場に着いていないといけない時間なのに...。
ああ、こりゃ遅刻だな。
タイムカードを押さなきゃいけないような仕事じゃないからいいんだけど、でも、ちょっと遅いだけで、会いたくないヒトに会う確率が高くなるんだよね。
だから、速く走って!!
緩やかなカーブに差し掛かったところで、ちらっとミラーを見る。ほら、わたしの後ろにずっと車が連なってるじゃない。
もう! わたしが悪いんじゃないからね!
「行ける」
対向車線の車が途切れた。
ミラーと目視で周囲を確認する。
クラッチを切り、一瞬アクセルをあおって3速から2速にギアを入れる。
クラッチがつながったところで、一気にアクセルを踏み込み、ハンドルを右に切る。
タコメーターの針が跳ね上がり、ヒューンという排気音とともに加速する。
3速。
軽トラックを追い越す時、ちらっと運転席を見る。
麦わら帽子のおじいちゃんが、タバコをくわえながらゆったりとハンドルに手をかけているのが見えた。
じいちゃん、のんびりし過ぎぃ。
元の車線に戻るためにミラーで後ろを確認すると、後ろに連なっていた車が次々と軽トラックを追い越しはじめているのが見えた。
車線に戻って、4速。
開いた窓から入ってくる空気に、ガソリンのにおいが混ざる。
また、髪がガソリン臭くなっちゃうなぁ。
時折初秋の風が感じられる季節。
わたしの朝が始まる。