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第5話 待ち合わせに至るまで。

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……!


 夕陽が差し込んでくる教室で、私は一つ伸びをする。


「ン、ン~……!」


 ようやく授業が終わった。

 十何年ぶりに聞くが、結構疲れる。先生が言っていることを頭に入れるだけで私の脳細胞はかなり疲労してしまった。こんな日々を毎日繰り返して、それに耐えていたなんて、社会人になってみると学生時代の自分の体力が有り余っていたんだなぁと感じる。


「つっかれたぁ~……意外と授業は面白かったけど……朝から夕方まではきついよ~。こんなんなら会社でずっと作業してた方がよっぽど楽だわ……」


 私にとっては慣れた仕事の方が頭を使わない単純作業だった。


「何? 会社って何の話? 花恋(かれん )? バイトでもしてんの?」


 そのことを愚痴っていると親友の宇土宮子(うとみやこ)が話しかけてくる。


「な~、花恋。ウチの学校バイト禁止なの知ってる? チクっちゃおうかなぁ~」

「別にいいよ。チクっても。バイトなんかしてないもん」


 彼女はいつも少しきつめの冗談を言う。

 人の悪口だって平気で言うし、人をからかうのが好きなくせに自分がからかわれると不機嫌になる。

 普通の子だ。

 その普通過ぎるところが、なんだか放っておけなくてずっと一緒にいてしまう。


「反応つまんな。まぁ別にいいけど。そんじゃほら部活一緒行こ」

 

 私に向けて手をさし伸ばし、肩にかけたテニスバッグを揺らす。

 あぁ~……めんどくさ~い……そう言えばこの頃はヨーロッパの女子テニス選手に憧れて部活に入っていたんだっけ?

 ある程度はテニスできるようになったけど、才能がある人間にはどうやっても勝てないことを自覚してからは、憧れがなくなってただなんとなく続けてたんだっけ……。

 10年経ったら仕事で忙しくてテニスなんかする暇なくてすっかり筋肉落ちちゃったし、別に無理して出る必要もないっしょ。


「ゴメン、宮子。今日お腹痛くて部活休む。先生にそう言っといて」

「はぁ~? そんなこと言って、どうせサボりだろ?」

「違うって、本当にお腹痛いんだって。なにが原因なのかさっぱりわからないけど……」


 わざとらしくお腹を押さえて、苦笑を作って宮子に見せつける。

 演技だってバレてもいいけど、宮子は気が付いたとしてもそこまで突っ込まないだろう。

 宮子と私はなんだかんだでお互いをわかっている。

 私がサボりたいと思えば、呆れながらも協力してくれるし、宮子は私が重く受け止めないことをわかっていつもキツい冗談を言う。

 なんだかんだで、持ちつ持たれつの関係なのだ。


「花恋……そんなこと言って。お前、放課後デートを決め込むつもりなんじゃないだろうな?」


 ドキッ……!


 え、なんで? なんでわかったの?

 何で、私が雨宮八代君と約束してるってわかったの?


「え、そんなぁ違うよ……?」


 冗談ともとれるように、見抜かれても構わないというように、私は露骨にわざとらしく視線を逸らしながらの嘘をついた。


「ふ~ん、じゃあ昼間。雨宮と一緒に教室を出て、何を話してたんだよ? 二人っきりでなんか話してたんだろ?」


 あ。

 そういえば告白された(あの)時、皆に見られながら間宮君の手を引いて奪取したんだった。

 そりゃ―――バレるわ。


「花恋。お前、雨宮に告白されたんだろ?」

「えっとぉ……」

「そして、どうせOKしたんだろ! じゃないとあんなにルンルン嬉しそうな感じで教室帰ってこないもんなぁ!」

「……ルンルンしてた?」

「してた!」


 バンッと私の机を宮子が叩く。


「どうなんだ⁉ 花恋! 雨宮と付き合ってんの⁉ 付き合ってないの⁉ どっちなんだい!」


 ここで「きん〇君?」とか言って茶化したら流石に殴られるだろうな……。

 でもこんなに大声で聞いてくるのは止めて欲しい。

 すっかり教室中の注目を集めてしまっている。

 特に男子。彼らの目線を痛いほど感じる。

 運がいいのか悪いのか、雨宮君本人は既に教室から出て行っていないけど。もう既に下駄箱前に向かっているのだろう。

 どう、しようかなぁ……別に隠す必要全くないからなぁ……。


 でも高校時代って、付き合っているのを公言しちゃうといろいろ面倒くさいんだよなぁ……。


「断ったよ」


 私は———嘘をついた。


 すると宮子はびっくりしたように大きく目を開き、


「え……本当? 本当に断ったの?」

「……う、うん」


 ズキッと心が痛む。

 それは親友に対して嘘をついた罪の意識か。それとも好きな人に対しての裏切りとも呼べる行為をとってしまったからか。


「雨宮君の告白は断ったけど、お友達になりましょうって言って連絡先は聞いたよ?」

「本当か?」

「うん!」


 段々と嘘が平気になる自分が嫌になる。

 だけど仕方がない———こうしないと、私が望む青春時代は送れないのだから。

 雨宮君との日々が送れないのだから。

 彼氏彼女であることを公言して、破局したカップルを私はいくつも知っている。小中の九年間で、皆に見守られながらする恋愛がいかに難しいかを知っている。

 みんながみんな、私たちの恋愛を認めるわけじゃない。

 みんなの目は時に、(やいば)となって冷たく容赦なく私たちを襲う。

 そんなことはわかりきっていた。

 私は、彼に傷ついてほしくない。


 時間遡航者(タイムリーパー)で社会人経験のある私なら耐えられるけど、普通の男子高校生の雨宮君は耐えられるわけがない。


 だから、私は彼を守るために———最善の()を使う。


「じゃあ、本当にお腹が痛いからもう帰るね……」


 ボロが出ないうちに宮子の視界から消えたかった。

 立ち上がり、私に熱い視線を送る他の男子生徒の横を通り過ぎ、廊下に出る。

 その寸前―――、


「ハァ~……良かったぁ……」


 宮子(しんゆう)の心の底からこみ上げる、安堵(あんど)のため息が聞こえた。

 宮子は今はまだ彼氏なし(フリー)だ。

 女友達(わたし)に先を越されなかったと、安心したのかな……? と少しだけイラっとして振り返る。


「良かったぁ……雨宮。まだ彼女なし(フリー)なんだぁ……」


 そう、人目もはばからずに恋する乙女のような表情で呟く宮子の姿がそこにはあった。


「うっそ~ん……」


 私は、今のをのを見なかったことにして———下駄箱前、昇降口へと急いだ。


 ◆


 彼女と昇降口で待ち合わせてから一緒に帰る。

 漫画やドラマでよく見た憧れのシチュエーションに俺は胸を躍らせていた。


八代(やしろ )。一緒に今日立ち読みして帰ろうぜ」

「悪いな翼! 今日は用事がある!」

「お、おい! 八代ぉ……!」


 向かう途中で誘ってくる翼に対して申し訳なく思いながら、昇降口へ急ぐ。

 そこで待っている高千穂の元へ……。


「―――ってまだいるわけないか」


 昇降口へはすぐについた。

 まだ授業終了のチャイムが鳴ってすぐだから、下校している生徒も少ない。

 今、ここにいるのは学校が終われば、一刻も早く帰宅したい帰宅部のエースしかいない。

 俺もタイムリープする前はそうだった。翼と並んで帰宅部のエースの座をほしいままにしていた。まぁ、そのエースの座は有限ではなく無限であり、座ろうと思えば誰だって座れる名誉も何もない座なんだが。

 自分がそんな早く帰りたがり野郎で、普通の高校生はダラダラと教室に居座るものだということを忘れていた。


 まだ、高千穂は教室で友達と話しているだろう。

 彼女は友達が多いから。

 そいつらに一々別れを告げて帰らなきゃいけないから、人気者は辛いよな、とは思う。


「早く来ないかな……高千穂」


 時計を見つめる。

 その長針がじわじわと(かたむ)いていく。


「学校ダリ~……もう来たくね~」


 帰る生徒がまばらに増えてきた。


(いえ)帰って何するよ?」

「アニメ見る。最近アニメが面白い」


 だんだんとおひとり様だけじゃなく、二人組・三人組の楽しそうなグループも俺の前を通り過ぎていく。


「やだ~……も~……たっくんってば~」

「はは……ごめんよ。まり」


 ついには普通のカップルも通り過ぎていく。

 堂々と。


「おいおい、不純異性交遊禁止だったんじゃないのかよ。静ちゃん」

 

 一応信頼している教師にそう言われたので、学校では高千穂とイチャイチャできないなと思っていたが、生徒をそう厳しく取り締まっているわけでもなかったらしい。

 じゃあ、そこまで遠慮することはないか。

 

「早く来ないかな……高千穂」


 同じことを繰り返し、時計を見上げると、


「お待たせ!」


 高千穂がようやく来た。


「ハァ……ハァ……じゃあ、行こっか!」


 なぜか全身で息をして疲れている様子だ。


「高千穂、走ってきた?」

「うん!」

「何で?」

「部活サボってるから! 誰かに見られるとマズいの!」


 あぁ……そう言えば高千穂は高校時代、女子テニス部に入っていたんだった。

 帰宅部の俺と一緒に帰るとなると、サボるしかない。

 ちょっと申し訳ない気持ちになる。


「だから、急ぐよ!」


 パシッ、と彼女の柔らかい手に包まれる。

 そしてそのまま引っ張られる。

 外へと向けて。


「あ、あぁ―――!」


 初めての彼女とのデートだった。

 ずっと、好きだった彼女との———。

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