第二章 学園祭 第二話
十月十六日 PM 4:25 一〇七教室
「ほーら、働く、働く!村井君?手を止めないの!」
野崎さんの声に、休もうとした僕は慌てて、タブレットにプログラムを打ち込んでいく。
其々が仕事をする静かな時間は、科学部から突撃してきた白瀬さんに破られた。
「ねぇねぇー。誰か暇な人いないー」
沈黙。誰も野崎さんには怒られたくないらしい。というかそんなことしてると……
「美代ちゃんも暇なら手伝ってほしいな〜」
「えっ、いやー、わたしはー」
「手伝ってほしいなぁ。ね?」
やっぱりね。
いい笑顔の野崎さんに刃向かえる訳もなく、白瀬さんも部屋を飾りつける作業に従事させられた。南無。
さて、なんで我々はこんな事になっているのか。それを説明するには時計の針を二十四時間程巻き戻さないといけない。
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十月十五日 PM 4:20 二〇三教室
「で、展示内容はどうするの?」
野崎さんは腰に手を当て、僕らに問いかけてくる。
「僕からは特になし。大岩君は何かある?」
「ええ、勿論です。私は考えなしの村井君とは違いますから」
ぐぎぎぎ。でも何も言い返せない。
「私が考えているのは、ボードゲームの対戦です」
「……いいけど、それわたし達が大変じゃない?」
その言葉を待っていたかのように、生き生きと大岩君が話し始める。
「大丈夫です。その点も考えていますから。そもそも、ボードゲームは必ずしも人とやる必要はありません。実際将棋やオセロ、チェスに囲碁といったボードゲームの代表ともいえる分野では、既に対戦用AIが登場しています。そこで私達はこの機にコンピュータ倶楽部と協力し、ダイヤモンドやカタン、モノポリーなんかの対戦用AIを作ります。そうすればお客さんもある程度集められますし、僕らが接客する必要もそこまでありません」
確かに、それならできる……かな?
「そもそも、対戦用のAIのプログラミングなんてできるの?」
「その点なら解決済みです。コンピュータ倶楽部がディープラーニングを行えるAIを持っているらしいので、それに我々の試合を記録して貰い、それを使用する予定なんです。なのでまぁ、厳密にはプログラミングとは言えませんね」
ほえー。最新のやつは凄いなぁ。
「それなら、わたし達はいつも通りボードゲームをしてたらいいってことだね」
「記録するのは面倒だけど、まぁ面倒なプログラミングをするよりはマシかな」
そう言いながら、僕らはいつも通りに遊び始めた。
目の前のダイヤモンドに熱中していた僕らは、ガラガラガラという音扉を開ける音に驚いて顔を上げる。
そこには眼鏡をかけた長髪の女性が立っていた。
「此方は文芸部ですよね?すいませんけど、ゲームのデータ、まだですか?早めに貰いたいんですけど」
誰だろう?なんか怖そうな人だなぁ。
「ああ、上陰部長ですか。これが、とりあえず今あるダイヤモンド二十試合分のデータです」
そう言うと、大岩君はドッサリという効果音がぴったりな紙の束を取り出す。
「えっ、二十試合分でそんなにですか?それなら、入力がかなり大変ですね。出来れば電子情報で貰えませんか?少なくとも二十試合じゃ到底足りないので、お願いしますね?」
大岩君が渡そうとした大量の紙の束を見た彼女は嫌そうな顔をしてそれだけを言うと、踵を返し、去っていった。
えっ、電子化?だいぶ面倒臭いんだけど。
「DX化ですか。村井君、やってくれませんか?確か、プログラミングとか得意でしたよね。試合を録画したものから棋譜を作るプログラムを作って貰えれば嬉しいんですけど」
ええー。
「拒否権は?」
「ありません」
念の為聞いてみたけど、やっぱり駄目なのか……。
肩を落とす僕を、野崎さんがポンポンと叩く。
「大丈夫、しっかり働かせてあげるからね」
僕は天を仰いだ。
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十月十六日 PM 4:25 一〇七教室
こうして、話は冒頭に戻る。
いや、出来れば戻りたくなかったんだけども。
何しろもう、四時間近く働き詰めなんだから……。
そんなことを考えていると、新しく労働に従事させられることになった白瀬さんが小声で話しかけてくる。
「ねぇねぇー。ストライキでも起こそうよー。みんなでやったら、意外とうまくいくってー」
それに対し、僕は作業を続けながらも小声で答える。
「いや、多分無理だよ。既に五回くらい起こそうとしたけど、全部失敗したから……」
いや本当、野崎さんが怖いよ……。
「むうー。いや、それなら私だけでもやってみるー」
そう言って、白瀬さんは部屋を飾り付ける手を止めて、立ち上がる。
「みんなー、この横暴に立ち上がるぞー。ストライキだー」
そんな彼女を、野崎さんが笑顔で睨め付ける。
「美代ちゃん?何してるの?仕事に戻ろう、ね?」
白瀬さんの乱は、僅か五秒で鎮圧された。
僕らが一時解散を許されたのは、七時を回ってからだった。