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第一章 幼馴染の行方 其の漆 教会

改稿しました。

九月二十五日 PM 2:20 旭日市内 教会周辺


市の中心部から少し外れた区域。再開発を受けるには新しすぎ、かと言って新しいとも言い難い、そんな寂れた場所。


大岩達が険しい表情を向ける、その先には風雨に晒され、錆びついた2階建のビル群は身を寄せ合うようにして立ち並んでいる。それがなお一層、この場の退廃的な雰囲気を醸し出していた。



「……此処ですか」


「なんかボロい感じのビルだね。早く建て直せばいいのに」


いつも通りの野崎の様子に険しい表情をしていた大岩は毒気を抜かれた様子で苦笑する。


「まだ耐震基準が低い頃のやつみたいだけど、爆破解体しようとすると、c4がどれくらい必要かなー?」


しれっと恐ろしい事を宣う白瀬に大岩と野崎、そして合流したばかりの近松は顔を引き攣らせた。


「ば、爆破なんて駄目だよ?」


「それに、もしかしたら中に村井君や高田君がいるかもしれないんですよ?」


「そっかー、残念ー」


その言葉に三人は揃って溜息を吐く。


(なんだかんだで連れてきちゃったけど、白瀬さんが一番危ないんじゃない!?)


そんな三人の思いも露知らず、白瀬は更に何かをバックから取り出し、入り口に向かって投げようとする。


「何やってるんですか!?」


慌てて大岩が止めにかかる。


「何って、ドアを吹き飛ばすだけだよー?」


なんてことないかの様に言う白瀬を野崎が必死で説得する。


「あのね、美代ちゃん? 爆破が駄目なの。あくまでまだ『教団』が友好的な可能性もあるでしょ?」


「そ、そうだよ。そんな危ないことしちゃ駄目だって」


「むうー、なんだか美久ちゃんはお母さんみたいなこと言うなー。でも、それなら……」


更に何かを鞄から取り出そうとする白瀬を見て、大岩が言う。


「ええと、それじゃあ我々はもう行きますね。連絡等、外の事はお願いします。それと、絶対に教会に攻撃しちゃ駄目ですよ? 近松女史は白瀬女史がおかしな事をしない様に見張ってて下さいね。」


「分かったよ。その分、ちゃんと葵を探してね」


「なんか納得いかないけど、分かったー」


(この分だと、次はどんな『爆弾』発言が飛び出るか分かりませんからね……)


「それじゃあ、お願いね」


そう言って二人はビルの入り口に近づいていくが、ふと扉を前にして大岩が固まる。


「どうしたの?」


不思議に思った野崎が問いに、大岩が顔を強張らせて答える。


「……知らない場所を訪ねる時って、どうやって入ればいいんでしょう? いえ、大義名分はありますし、普通に入っても構わないんでしょうが、とはいえ宗教団体の本拠地となると普通と同じでいいものかと……」


アワアワと理屈をこねくり回す大岩に野崎は大きく溜息を吐く。


「……うん、分かったから、わたしに任せて。大岩君には難しいもんね」


「い、いえ、別にそんなことも無くてですね。やはりこれは特別な……」


尚も見苦しく言い訳を続ける大岩を無視して、野崎は扉をノックする。


「すみませーん、誰かいらっしゃいませんかー?」


暫くの間の後、中から怪訝そうな表情の司祭が出てくる。


「どちら様ですか?」


「えーと、『主の恩寵があらんことを』ですよね?」


「ああ、貴方達がですか。市民会館にいた者が言っていたのは。話は既に聞いています。こちらへどうぞ」


その言葉を聞き、司祭は得心がいったように頷くと安心させるように、にこりと笑い二人を奥へと案内する。



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? ? ?



「これは……」


僕はあまりの内容に読んでいた古めかしいラテン語の本を置く。


「うーむどうするか……」


そう独りごちながる僕の目線の先には、『贄の儀式』と書かれたページが開かれている。


知らない語や、固有名詞らしき語が多くて全ては分からないけれど、もし読めた部分が正しければ、その儀式では生贄を捧げてことで、遠くにいる何かしらに魔術的なエネルギーを与えるものらしい。


仮にこれが本当だとすればおそらく生贄にする為に僕以外にも何人かが此処に閉じ込められている筈だ。その人達の中に高田さんがいるかもしれない。


「だとしたら、助けないとね」


そう独り言を呟いた時だった。




ガチャガチャガチャ。


鍵を開ける音がし、直後入り口から細身の神官らしき装いの男が入ってくる。


「き、き、貴様、な、何故! 何故縛られていない!」


本を開いている僕を見て、神官の顔は驚愕に染まる。


くっ! バレたか! こうなればヤケクソだ!


慌てた僕は細身の神官にタックルを決める。


「う、うわあ!」


情けない声を上げた神官は僕がぶつかると同時に倒れて気を失う。




「……え?」


嘘だろ? あまりにもあっさりとやられる神官に僕は思わず固まる。


と、とりあえず縛って持ってるものでも見るか……。



気絶した神官の持ち物を漁っているとポケットから鍵束が出てきた。つまり、他にも鍵のかかった部屋があるってことか。だとすれば其処に高田さんもいる可能性が高いよね。


考えを纏めた僕は意を決して部屋の外に出ることにした。


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九月二十五日 PM 1:45 旭日市内 教会一階 応接室


司祭に案内されたのは、さながらドラマに出てくる重役の部屋のような場所だった。


「どうぞ、座ってくださいい」


司祭に促され、大きなソファに座った大岩達はそのふかふかさに驚く。


(見る限りでは、ソファだけでなく他の設備にも相応のお金がかかっていますね。となると、ビルの外観が改修されていないのは資金不足というより、目立たない為でしょうか。それならますますきな臭いですね)


そんな大岩の考えを知らない司祭はにこやかな笑顔を浮かべると口を開く。


「ようこそ、教会へ。我々『教団』は貴方がたを歓迎しますよ。先ずは、教団について話しましょうか」


「『教団』について? それでしたら市民会館の方でそれはもう長々と聞きましたよ?」


鬱憤でも溜まっているのか、長々と、という言葉を強調する野崎。しかし言葉にも、司祭は笑顔を崩さず答える。


「いえいえ、あれは建前ですから。嘘をついてはいませんが、あれが全てでは無いのですよ」


そんな司祭の言葉に二人の中の疑いはさらに大きくなる。


「我々が信仰している主は最も偉大な存在です。かつてまだ地球上に多くの神々がいらっしゃった頃、彼らは宇宙で、互いに鎬を削っておりました。伝承によれば、矮小なる我ら人間には、眺めるのも困難な程に激しい争いだったそうで、時には惑星一つが消滅したのだとか。しかしある時、この地球で大きな戦争が起こり、主は悪逆なるものどもによって封印されてしまいました」


(ここまでは市民会館で話されていた内容と大きく変わりませんね。尤も星が消えたなんて話は初耳ですが)


「しかし偉大なる主は今、封印をお破りかつて自らを封じた悪逆なるものども諸共人類を滅ぼさんとしています。今復活なされば、人類をこの地球ごと滅ぼしてしまうでしょう。しかし寛大なる主は慈悲を願って、その復活を手伝う者には栄華と永遠の命をお与えになるのだそうです。ですから、我らは主の封印を解くのをお手伝いし、そしてその忠誠を示さねばならぬのです。そして貴方には我らと同じく才能がある! その才能は主の封印を解く大きな力となるでしょう!」


段々と、司祭の言葉は熱を持ち始め、同時に論理が破綻してくる。しかし司祭はその破綻しかけた論理をさも当然のものとして語る。


(もしそんな恐ろしい神とやらがいるのなら普通復活させようとはならない気がしますが……)


常軌を逸した司祭の様子に言いようのない恐怖を感じた二人は、しかしそれでも懸命にその感情を押し殺し答える。


「残念ですが、お断りさせて……」


その反応を聞き、司祭は突如声を落とすと脅すように言う。


「そうそう、貴方がたの友達が此処にいるのですよ。もしご協力いただけないのでしたら、彼に『協力』して頂かなくては」


そこまで言うと司祭は懐から通信機の様なものを取り出すと、連れて来いとだけ言う。


「勿論、協力して頂けますよね?」


昏い笑顔を浮かべた司祭を、二人は睨め付けながらも黙り込む。


緊迫したその沈黙を破ったのは通信機の向こうの声だった。


「き、き、貴様、な、何故! 何故縛られていない! …………うわぁ!」


その声に最も驚き、慌てたのは司祭だった。


「な、なんだと!? 一体どうして! かくなる上はコイツらを力尽くでも!」


懐から更に何か取り出そうとする司祭の様子を見て、これ以上情報を聞き出すのは無理だと判断した野崎は直ぐに鞄からスタンガンを取り出すと司祭に当てる。


「えいっ!」


その言葉と共に鋭い電撃が司祭の体を襲う。


初老にさしかからんとする司祭は大きく痙攣し倒れる。過剰な電流を受けたからであろうか、先ほどの通信機もプスプスと黒い煙をあげていた。


「……えっと、これ生きてますよね?」


流れる様な一連の動作に若干の恐怖を感じながらも大岩は司祭の脈を取ろうとする。


「うん、伊織ちゃん曰くギリギリ死なないくらいの電流だから大丈夫だって」


「ああ、本当ですね。まだ脈はあるみたいです。良かった。とはいえこのままだと目を覚ました時が怖いですし、とりあえず縛っておきますか」


そう言って大岩は自身の鞄からキャンプ用のロープを取り出すと、気絶した司祭を縛りあげる。


「よしっと。野崎女史は二階を見てきてもらえますか? 私はこの部屋を調べます。白瀬女史への連絡も私がしましょう。先程の通信の様子から恐らくこの建物の中に村井君はいる筈です。捜索は任せましたよ」


「分かった。任せてね。何かあればこのバッチで」


「ええ、幸運を祈ります」



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九月二十五日 PM 1:50 旭日市内 教会 二階


さてと、できるだけ早く助けないとね。


捕えられていた部屋を出た僕は早速近くの部屋の鍵を開ける。


「大丈夫ですか〜?」


そう言いながら中に入ると、先程の僕と同じ様に縛られた妙齢の女性と同年代らしき青年がいた。


『教団』の人間では無いことを簡単に説明すると二人の縄を解き、直ぐに階段から逃げる様に説明する。


「わ、わかりました。貴方もお気を付けて。」


ついでに高校生の女子も捕まって捕まっていないか聞いてみたけど、此方は空振り。残念ながら高田さんらしき人は見ていないらしい。




その後は他の部屋の鍵を開けて中を見てみたけど、誰もいなかった。


階下に向かって走っていく人達を尻目に僕は最後に残った一番奥の部屋へと向かう。


先程までと同じ様に手早く鍵穴を回す。





ガチャリ。



今までのものとは違う重厚な様子に小さな違和感を抱きつつ、僕はその重々しい扉を開ける。その扉を開ける最中、漸く僕は気がつく。










どうして気付かなかったんだろう。




最初に部屋で目覚めた時から、ずっとあの香りはしていたことに。




どうして気付かなかったんだろう。




この部屋に近づくにつれてあの磯の香りが強くなっていることに。




或いは気が付いてはいたのかもしれない。ただ、認めたく無かっただけで。




そこまで思考が回った頃には、もう扉は完全に開いていた。






扉の向こうは何の変哲も無い部屋だった。


椅子に座っている『モノ』を除けば。


奴の、深きものの、無機質な赫い眼が僕を捉えた。


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PM 2:00 教会 一階 エントランス


二階へ向かおうとする野崎は、今まさに建物の出口へと走る人影を見つける。


「待って! ……って高田君?」


追いかけようとした野崎は、しかしハッとして問いかける。


「えっ、野崎さん? どうして此処に?」


その言葉に青年、高田葵は警戒気味に答える。それでも何処か嬉しそうなのは久しぶりに知っている人に会えた喜びからだろうか。


「わたし達は友達を探しに来てて。後ろの人は?」


「ああ、俺の母さん。一週間くらい前に一緒に拐かされて……」


その言葉に野崎は少し驚きつつも納得する。


「そう言うことね。わたし達、五日前に貴方のお家で高田君のお母さんに会ったの。」


その言葉に母子そろって驚く。


「はっ? 何言ってるんだ? 母さんは六日前に誘拐されたんだぜ?」


「うん、多分高田君の家にいたのは『教団』が派遣した別の人だったのよ。凄くよく似たね。話してた時にもちょくちょく矛盾のあることを言ってたし、多分そう言うことだよ」


「……嘘だろ?」


「とりあえず此処を出たら直ぐに警察をお願いね。それと、眼鏡をかけた村井って男子しらない? わたし達、彼を探してて。どうもこの建物の中にいるっぽいんだけど」


それを聞き、高田は即座に答える。


「それ、俺達を助けてくれた奴かも! なんか女子を探してるみたいで、縄を解いてくれた後、すぐに他の部屋を見に行っちゃったけど。多分まだ二階にいると思うよ」


「女の子を? 分かった。ありがとうね! 気をつけて!」


それだけを言うと、引き留める間もなく野崎は階段へと駆けていった。



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PM 2:00 教会一階 面談室


部屋を漁っていた大岩は隠す様に仕舞われていた数枚の紙を見つける。


それらは皆一様に古びていて、これ以上の劣化を避ける為かジップロックに入れられていた。


「……これは、ドイツ語ですか。何故これだけが。ページ数が書いてあるということは何かの本の一部ということですか。」


そう独り言を呟いて、大岩はその古びた紙を読み始める。


数行を読んだあたりからか、大岩は自身の気分が悪くなっているのに気づいた。


読むのを止めようと思えど、目はその意に反して文を追っていく。


読んだ先から冒涜的な知識が、狂気が、一緒くたになって大岩の脳へと雪崩れ込む。


声にならない声をあげる大岩は、それでも読むことを止められない。


経験は、常識は、理性は、大岩の全てはその悍ましき知識を否定する。だが、本能はこれを真実だと彼に告げる。その知識も狂気もまた本物だと。


身の毛もよだつ知識と恐るべき狂気に呑まれそうになりながら、大岩は思う。


(いっそ全てを忘れてしまえば楽でしょうか)




そこで漸く彼は自らの背筋を流れる冷や汗を知覚し、自らの意識が現実に戻ってきた事に気付く。


自身の内の膨れ上がる恐怖を辛うじて抑えると、意識して大きく深呼吸し、口を開く。


「一体、これは……」


そうでもしなければ、また狂いそうになると思ったから。己が己ではなくなってしまうと思ったから。そうまでしても、口から出た言葉はそれだけだった。


しかし、そうして呟いたからだろうか、ともかく大岩は持ち前の冷静さを取り戻した。



その直後、大岩の耳は自身のバッチから聴こえた小さな悲鳴を捉えた。



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PM 2:00 教会 二階 奥の部屋


奥の部屋へと入った僕は、しかし深きものを前にして動くことができずにいた。


恐るべき存在への恐怖が、眼前の『モノ』への嫌悪感が、僕の体を縛る。さながら金縛りにあったかのように。恐ろしいのに、目を離せなかった。その爛々と光る赫い目から。


暫しの沈黙が流れる。それは、かの怪物の困惑を示すものだったのか。それとも単に勇気ある侵入者を観察していただけなのか。僕には分からない。


「deject en geo kcy wahev」


言葉は分からないが奴が何かを語りかけてきたことは分かる。それが決して友好的なものではないということも。


奴は未知の言語で何かを呟きながら、席を立つ。すると、奴の手元から緑の光が放たれた。放たれた光は、僕の後ろの壁に当たり小さく爆発する。


初めて見た、魔法とでも呼ぶべきそれへの感動はしかし、僕の中には全くもって存在しなかった。


初めて見る魔法が自分の命を狙ったものとか最悪だよね。

しかし、あれは威嚇射撃だったのかな? 準備時間に対しての威力はあまり高くはなさそうだね。尤も当たればタダでは済まないのだろうけど。


命の危険からだろうか、妙に冷静になった頭で僕は先の魔法を分析する。


うん、勝てないな。こうなったら、三十六計逃げるに如かずだ!


とりあえず僕は手近な本を引っ掴んで奴に投げると、部屋から脱兎の如く逃げ出した。


部屋を出ると、階段を登ってくる野崎さんと目が合った。


を困惑する僕を尻目に野崎さんは声をかけてくる。


「村井君、大丈夫⁉︎」


えっ? なんで野崎さんが此処にいるの? いや、そうじゃない!今は兎に角、奴から逃げなきゃ!


「説明している暇はない! 逃げるよ!」


「えっ、どういう……。」


そこまで言いかけた時、野崎さんは小さな悲鳴をあげる。その顔からは恐怖の色がみてとれる。


「急ぐよ!」


そう言って僕は野崎さんの手を引いて逃げようとする。


が、その動きは意外にも冷静な彼女によって制止される。




「だ、大丈夫! いいものがあるの。」


彼女はそう言って手元からやや大きめの白いバッチを取り出すと深きものに向けて投げつける。


直後、小さな爆発音が聞こえ、白い煙がモクモクモクとあがる。


え? ええ? 何が起きたの?


「行くよ! ほら、早く!」


突然の出来事に呆然する僕を叱咤し、階下へと走っていく彼女。追いかけようとするけど、早い!


「大丈夫ですか?」


なんとか一階のエントランスらしき場所まで行くと、そこには既に大岩君がいた。彼の手にはジップロックに入れられた古びた紙がある。


なんだろう、あれは? ……というか本当になんで二人とも此処にいるんだ?


「詳しくは外で説明します。さあ!」


そんな僕の疑問に気づいたのか大岩君はそう言うと、走り始める。


先頭を走る大岩君が、入り口らしき扉に辿り着く。しかし何故か、彼は扉を開けない。


その理由はすぐに分かった。


「開きません! 何故です! 鍵はかかってないのに!」


大岩君はそう言いながら扉にに体当たりしようとして、すっ転ぶ。


慣れないことをしようとするから……。って今はそうじゃない。


「さっきまでは空いてたのに。一体いつの間に閉められたんだろう。」


そんな野崎さんの呟きは緑の光と小さな爆発によって止められる。


いつの間にか、深きものは、エントランスまでやってきていた。



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PM 2:05 教会周辺


白瀬は教会の入り口周辺を見張りながら、左手に持ったあんぱんに齧り付く。


(やっぱり、あんぱんはこし餡一択だよねー。おいしいー。)


そんな他愛もないことを考えていると、建物から親子が出てくる。


(あれが佳奈ちゃんが言ってた親子だね)


「だいじょうぶー?」


「えっ、美久? それに、科学部の白瀬さん?」


見知った顔に連続で会ったことに驚いているのか、困惑気味の高田。


そんな彼を気にもとめず、白瀬は警察を呼んでおいた事を伝え、此処で待つ様に言う。


「あ、ありがとう。助かるよ」


そこまで白瀬が話したところで、我慢できなくなったかの様に近松が高田に話しかける。


「ねぇ、本当に大丈夫なの? 心配したんだからね?」


「ああ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとな。もう二度と心配はかけさせねぇよ」


微笑む高田に頬を染める近松。





「そうだー。これあげるー」


そんな二人の空気を意にも介さず、白瀬は鞄の中から潰れかけたメロンパンを二人に渡した。


「いいのかい?」


「お腹減ってるでしょー。だからー」


折角の雰囲気を邪魔されて、近松は不満そうな表情をする。


そんなやりとりをしていると、右手のタブレットから通知音がなる。


白瀬はすぐに真面目な表情に戻ると、画面を覗き込む。


画面の中で野崎に渡したバッチを示すマークが緑から黄色に変わり、直後消滅する。その示すところは野崎が一回きりの煙幕を使用したということ。


(やっぱりへいわには終わらないかー)


彼女が携帯を取り出そうとする、その時。


緑色だった大岩のバッチを示すマークが黄色を経ることなく、消滅する。


「えっ?」


(ど、どう言うことー? 色が変わらずにマークが消えたってことは、壊された? いやでもぞうさんに踏まれても大丈夫なようにつくったから、そんなはずはないだろうし。なら電波妨害やEMP? でもこっちの機械は壊れてないみたいだし、建物の範囲内だけのってこと? と、とりあえず、わたしも中に入った方がいいかなー? 武器があればきっと大丈夫だよねー)


思考を纏めた彼女は、幾つかの魔改造された護身具を持ち、建物へと入ろうとする。


しかし、教会の入り口が開かない。


押せども引けども破壊しようとすれども、びくともしない。


「むうー。せめて鍵穴があればなー。そこを爆破すれば開けられるのにー」


何を試せども、決して開かないドアに苛立ちを覚えた白瀬が、真剣に纏まった量の爆薬の使用を検討し始めたときだった。






「開かないのかい?」



まるで貴族のような、豪奢な服を着た優男がいつの間にか白瀬の後ろに立っていた。


「そうなんだよねー。全然開かなくってー。……ってあなたはー?」


「ああ、僕は通りすがりのものだよ。でも駄目だね。これはかなり強固なものみたいだ。君の道具では壊せないと思うよ」


「そんなことないと思うけどなー。そうだ、アレを使えばいいんだー」


そう言って鞄の奥の方を漁る白瀬に苦笑し、優男は離れていく。











「よいのですか? 開けなくも。私めですら開けられるのですから、陛下も開けられるのでは?」


角を曲がったところで優男の側に、回転しながら執事服姿の老人が着地する。


コイツやっぱり、この国の『ニンジャ』って奴みたいだよなぁと思いながらも優男が答える。


「どうもかなり強固な障壁みたいでね。無理やり壊すと連中にバレる気がするんだ。それに、やるならもっとエレガントにやらないとね」


そう言って、優男へパチンと指を鳴らすと、二人の前に青い穴が形成される。


「さぁ、頼んだよ。彼らを助けるんだ」


「御心のままに」


その言葉と共に老人は穴の中へと消えた。



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PM 2:08教会一階 エントランス


どうしようか……。


そんな事を考えていると、いきなり野崎さんがスタンガンを片手に深きものに突っ込んだ。


その気迫に押されたのか奴の放つ呪文は明後日の方向に向かっていき、壁を焦がす。


それでも彼女は其方に見向きもせず、奴に接近していく。奴は新しく呪文を唱えようとするが、間に合わない。かわすこともできない距離。寸分違わず彼女の左手のスタンガンは奴に当たる。バリバリというすごい音が響いた。


聞いていた僕が思わず身を竦める程の音。少し離れていていた筈なのに、それでもかなり怖かった。


うん、彼女は絶対に怒らせないようにしよう。


しかしそんな電撃であったにも関わらず、奴は動き出す。その動きからは微塵も応えた様子がみられない。あれをくらってもなお、平然としたその様子はまさしく怪物だった。


深きものの予想を上回る頑強さを見せつけられた僕らは一時呆然とする。


いや、呆けてたら駄目だ!


奴が改めて魔術を放とうとしているのに気がついた僕は、慌てて近くにある置物を投げつける。


「どうする? 大岩君。何か手は?」


「恐らく外にいる白瀬さんが警察に連絡を取ってくれている筈です。そこまで耐えられれば」


冗談だろ?


「どう考えてもそれは厳しくない? 第一、機動隊でもなきゃあの怪物には対抗できないよ」


僕の思いを代弁する様に戻ってきた野崎さんが言う。


「しかし、野崎女史の持つスタンガンより威力があるものなどそう都合よくは……いえ、あります!」


話している途中で大岩君がはたと何かを思い出したかの様に明るい声をだす。


「少しだけ時間を下さい。なんとかできるかもしれません」


「分かった。じゃあ僕らは適当に物を投げつけつつ挑発するね」


「お願いします」


そう言うと彼は片手に持った古い紙を見つつ、熱心に何かの言葉を呟き始める。




「uur al tja maijt morf garlnder kkargle tltlify」




その言葉は僕の知るどんな言葉でもなく、強いて言うならば深きものが話す時の言葉に似た、何処か狂気を感じさせるものだった。


だから奴も何かを感じたのだろうか。初めて、深きものがその動きを止める。



詠唱が終わると、大岩君の足元に赤い五芒星の魔法陣の様なものが現れていた。


「ふぅ、ふぅ……」


肩を振るわせ、息を切らす大岩。その顔はやや青白かった。


「大岩君、大丈夫!?」


僕の声掛けに、彼は小さく頷くと再び詠唱を始める。




「pfjklt trof engr meal yorg solts bers antirq hulk mon」




先程より更に長いその呪文。今度は何を成すのか、期待が膨らむ。でもそんな期待は彼の表情を見て吹き飛んだ。


彼の顔は苦痛に歪んでいた。まるで想像を絶する痛みを受けたかのように。見ているだけでも痛ましい。でも、それでも僕らは彼を止めることが出来なかった。


なんだか、神聖なものに感じたから。


止めるのは不敬になると感じたから。


それが何に対する不敬なのか。それは僕にも分からない。ただあるのは言いようのない畏敬の念だけ。しかし唯それだけでも、僕らの動きを止めるには十分だった。


彼は詠唱を続ける。


否、それは正しくは『何か』に続けさせられると言った方が適切なのかもしれない。


彼もまた、『何か』への畏敬に支配されているのかもしれない。



その様子はまるで何かに取り憑かれているようだった。


詠唱を続ける彼の手元に蒼の拳の様なものが現れる。直後その拳に、大岩君の足元にある魔法陣らしきものから出た光が巻き付くと、蒼の拳はより一層強く光り始めた。




その様子を、深きものは注意深く観察していた。先程までの弱者を痛ぶる様な戦い方をしていた奴も、彼の魔術を見て漸く僕らの脅威度を引き上げたのかもしれない。




「pfjklt trof derfect」




絞り出す様に大岩君はその言葉を唱えると、やり切ったとばかりにその場に座り込む。


蒼の拳は深きもの目掛けて飛んでゆく。着弾。爆発音と同時に、煙が広がった。


煙が徐々に晴れてきて、慌てて僕らが駆け寄ると、彼は疲れ切って倒れていた。


運動は苦手でも、体力だけは自慢の彼がゼイゼイと息を切らし、座り込んでいる。


顔は青白く、満足に立つことすらままならない。


その事実だけでも、僕らにあの魔術の異常性を理解させるには十分だった。


きっと、魔術とは人の為の技ではないのだろう。深きものの様な、人ならざるもの達の為の術。尋常の理から外れた力。だから僕ら人間が使えば無理が生じる。代償が必要になる。そういうことなのだ。


悪いことは重なる。もはや見慣れた、緑の光が煙の中から飛んでくる。


晴れる煙の向こう。各所から紫色の血を流しながらも未だ奴は、動いていた。


「ハ、ハハ……」


僕の口元から乾いた笑いが溢れる。


もう、どうしようもないじゃないか……。あれでも駄目なら、一体どうしろというんだ?


絶望感から、その場に立ち尽くしている僕を野崎さんが無理やり引っ張る。


「に、逃げよう! 時間さえ稼げば、白瀬さんが……」


「どうやって? 入り口は使えないのに!」


「外からなら開くかもしれないもの。逃げられれば希望はあるよ!」


気丈な彼女に勇気づけられて、僕は少しだけ元気を取り戻す。


「……うん、そうだね。逃げよう!」


そうだ、絶望しても仕方ないんだ。出来るだけ、逃げてみよう。


僕と野崎さんで座り込んだ大岩君を無理矢理引き摺って野崎さんのすぐ後ろを走る。


大岩君の魔術を警戒してるのか、飛んでくる魔術の数は少なかったけれど、先程よりも狙いは正確だった。



一発目、右に逸れた。



二発目、肩を掠める。



三発目、足元で爆ぜる。




足元の爆発で野崎さんが、転ぶ。


「feh feh feh wol kcy」


奴の声色から喜色と残虐さを感じたのは僕の気のせいだろうか。


だから、後ろを振り返ったのもどうせ死ぬならせめて奴に一矢報いてやろうという思いだった。




先程までは誰も居なかった筈のそこには、執事服の老人がいた。


でも、それは只人では無いと直感的に分かった。分かってしまった。



「陛下の御言葉に従い貴公らに助太刀致す」


こちらを向いてそれだけを言うと、その老執事は深きものの方を向き直す。


突然の事に理解が追いつかない。


援軍ってこと? でもどうして? そもそも一体誰が?


そんな僕の困惑を更に助長するかの様に、突如として、老執事が回転を始めた。


あまりに想定外の現状を前にして、野崎さんも感謝より先に心配の言葉が出たらしい。


「えっ、えっ、ちょっ、ちょっと大丈夫ですか?」


「大丈夫で御座います」


突如現れた上、奇行に走る老執事に流石の深きものも狼狽している……ようにみえる。


いや、まぁ分かんないんだけどね?


「セイヤァ!」


気迫一閃。


いつから此処はアクションゲームの世界になったのかと思う程の様な、美しさすら感じる回し蹴りを放つ老執事。


吹っ飛ぶ深きもの。そのまま奴は動かなくなった。


ええ……あんなにあっさり……。あんなにしぶとかったのに、蹴り一つで……。


ああ、そっかこの老執事もどうせ人じゃないのか。それはそうか、現れ方といい、戦い方といい、到底人間じゃないもんね。まぁ、もうなんでもいいか。


頭の中を埋め尽くす疑問も、どうせ人間じゃないのだからと思えば全てどうでも良くなった。


うん、現実逃避してしまえば楽か。まぁ助かったし、別にいいのかな?


僕らは衝撃の事実から目を逸らしつつもなんとか老執事にお礼を言う。


「いえ、礼には及びませぬ。全ては陛下の御命令です故。我が私心よりのことではありませぬ。お礼は今度殿下にお会いした時にでも、直接言われるが宜しいでしょう」


その時だった。入り口の方から、大きな爆発音がした。それも、建物が崩れるんじゃ無いかと思う程の。


「ふむ、障壁が破壊されたようですな。力技であれを壊したということは、中位の眷属でしょうか。いずれにせよ油断はできませんな」


眷属? まだ、あんな化け物がいるのか。もうあんな目に遭うのは懲り懲りなんだけどなぁ。


こう思いつつも、僕が冷静でいられるのはきっと眼前の老執事の強さを信頼しているからかな。よく考えれば確実に僕らを守ってくれるという保証など何一つありはしないのだけれど、それでも楽観的になってしまう自分がいる。


何となく気合を入れなきゃいけない気がして、僕は自分の頬を叩く。



「……何してるの?」


野崎さんに冷たい視線を向けられた。




そんな僕らに構う事なく、老執事は警戒した足取りでエントランスの方へ歩いていく。


その後ろを恐る恐るついていった僕らは、予想に反して聞き慣れた声を耳にした。





「コフー、コフー、大丈夫ー? コフー。」


何やら恐ろしげな武器を引き摺りながら此方にやってくるガスマスクをした女子。


声と喋り方的に、白瀬さんだろうか?


えっと、絵面が完全にホラーなんだけど。持ってるのは銃……なのかな? 法的に大丈夫なんだろうか。いや、彼女の事だ、気にしたら負けか。


「良かった、美代ちゃんも無事で。」


さも当然の様に彼女に話しかける野崎さん。


いや、だから何で此処にいるのさ。そして、それ以上先に言うことないのか?主に格好とか。真っ当な女子高生の格好じゃないけど。


そんな僕の戸惑いを無視して、楽しそうに談笑する二人。


いや、絵面がだいぶヤバいな。


片やガスマスクをつけて、なんか恐ろしい武器を片手に持つ少女。片や小柄とはいえ、高校生男子を引き摺る少女。一体なんのホラー映画だよ、と突っ込みたくなるような状況だ。


そんな混沌とした場面を打ち破ったのは老執事の冷ややかな声だった。


「どうやって、入ってきたのですかな?」


そう言って、老執事はクルクル回り始める。


……いや、老執事が戦う時に、クルクル回るのは知ってたんだけどさ、流石に今は、絵面が面白すぎる。


思わず笑い出してしまう僕に全員から冷たい視線を向けられる。


「いや、仕方なくない? 一回自分たちの姿を冷静に見てみようよ。」


その言葉に野崎さんは気づいたらしい。若干顔を赤らめつつ、掴んでいた大岩君の襟を離した。しかし、彼は気でも失っているのだろうか、手を離された途端、その場にバタリと倒れる。


「だ、大丈夫?」


そんな僕の声に、老執事は優しく答えてくれる。回りながら。


「大丈夫でしょう。初めての魔術に疲れているだけですよ」


その声とは逆に、次の白瀬さんに向けた声はやはり冷ややかなものだった。



「それより、どうやって此処に入ってきたのですかな?」


「コフー、対装甲目標用のパイルバンカーを試したら、なんか割れる音がしたのー。そしたら入れるようになったー。コフー」


……ツッコミ所が満載すぎる。


「ほう、人の手であれを?」


「コフー。わたしのてっちゃんなら簡単なのー。」


……そう言えばこの人、自分が作ったものに名前つける趣味があったんだった。


「ふむ、嘘はなさそうですな。」


嘘はないのだろうけど、そうじゃなくない!?


僕は心の中で突っ込む。というか突っ込み過ぎて疲れたんだけど……。


「そう言えば、村井くんは誰を探してたの? 女の子を探してたみたいだけど」


? どう言う事だ?


疑問に思いながらも高田さんを探していたのとを伝えると、野崎さんは得心がいったように笑い始める。

「あははは」


「どう言う事? 説明してよ?」


僕が説明を求めると、野崎さんは笑いながら説明してくれる。


「そもそも高田くんは男の子だよ。女の子じゃないの。多分村井くんは葵って名前から勘違いしたんだね」


えっと、じゃあ僕が二階の一番奥の部屋を見たのは完全な無駄足だったの?


なんだか急に凄い疲労感が出てきたよ……。


勝手に疲れている、僕を無視して、みんなは外に出ていく。僕も大岩君を引っ張りながら慌てて追いかけると、そこには警察が来ていた。






そこからは、あまり思いだしたくない。


ただまぁ、すごく心配された上で、なんで直ぐに逃げなかったのかと少しせめられたとだけは答えておこう。


大岩君は病院に搬送された後、一時間程で気を取り戻したらしい。無事でなによりだ。


因みに高田君と近松さんは終始イチャイチャしていた。羨ましくはない。ないったらない。


こうして僕らは日常に帰ってきた。僅かな、しかし決して薄れることのないトラウマを残して。


そうそう、これは余談なのだが、あの老執事は気が付くといなくなっていた。名前を聞きそびれてしまったと後悔したのだけれど、そう言えばそんなことが前にもあった気がする。


何故だか顔が浮かばないし、いついなくなったかも思い出せなかった。



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? ? ? 


「陛下、どうして彼らを?」

老執事の問いかけに優男は嗤う。


「なに、単なる気紛れだよ。それに、意外と役に立つんじゃないかと思ってね。駒が多くて困ることはない。それだけさ」


「成程、そう言うことでしたか。それで、彼らは役には立ちそうですかな?」


「うーん、半々と言ったところかな。弱いとはいえ、ポーンにはポーンの使い方というものがあるのさ。それに、もし仮にプロモーションでもしようものなら大儲けできるしね。要は使い方次第と云う訳さ。フフフ」


そう言って彼は不敵に微笑む。しかし、その目だけは笑っていなかった。


仰々しく跪く配下達。彼らに一瞥をくれると、優男は何かを宣言する。


蠢動する影は未だ、その一面のみ晒しただけにすぎない。

次章 学園祭 4月1日開始予定

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