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第一章 幼馴染の行方 其の肆 怪異

九月二十三日 PM 8:10 旭日市 衣山


あの日から三日が経った。


……何も起きない。あれ以来特に『教団』なる組織の人からの接触はない。そして残念ながら調査にも進展は無い。まぁ元々特別な伝手がある訳ではないから、当たり前と言えば当たり前なんだけど……。


「星、綺麗ですね。あまりの美しさに現実を忘れそうです」


そう、打つ手の無い僕らは今、衣山にいる。三日前に言ってたアルデバランを見る為だ。つまり現実逃避である。


「うん、本当に綺麗だね。調査が進まない事なんて忘れちゃいそう」


うっとりとした顔で野崎さんは溢す。


うん、そうだね。今だけは、調査が進まないことから目を逸らそうか。


調査も進んで無いのに遊びに来てると思うと、ちょっと申し訳なさを感じるね。


同じことを大岩君も思ったのだろうか、少し慌てたように言い訳めいたことを言う。


「……し、仕方ありませんよ。我々とて別に探すプロではありませんから。というか寧ろ人探しは素人です。先方もそれを承知している筈ですし、まだ大丈夫ですよ、きっと」


「そ、そうだよ。まだ大丈夫だって。うん、多分」


「そうだね、でも頑張って早く見つけないと。頑張ろうね、二人共」


野崎さんの言葉に僕は決意を新たにする。


「まぁそうは言っても今は星を見ましょう。何しろこうも暗くては誰が誰だか分かりませんし」


「そうね、でも本当に暗いよね。芥川の羅生門にあった黒洞洞たる夜ってこんな感じだったのかな」


うーん、どうなんだろう。一応最低限は星の光で見えるから、精々宵闇に包まれたって感じな気がするな。


「いえ、黒洞洞たる夜は真っ暗な洞窟のように暗いという意味なので今のように星である程度明るい夜を示すには適しませんね」


「へえ〜そうなんだね。そういえばさ、昨日は流れ星も見えたんだって。今日も見えるといいね」


流れ星か、いいね。流れてきたら何を願おうかな? みんなにT2ファージの良さが理解して貰えますように、とかかな。或いは僕の周りの人たち全員に常識が身につきますように、とかでもいいな。


「ところでなんですけど、アルデバランってどれですか? 私も流石に星の位置までは把握してなくて……」


確かに……星空が凄く綺麗で忘れてたけど、今日の目当てはアルデバランだった……。どれなんだろう?


僕らがアルデバランを探していると、突如後ろから僕らを呼ぶ声が聞こえてきた。


振り返ると、そこには黄色の服を着た優男が立っていた。


「やぁ、君達もアルデバランを見にきたのかい? あの美しい星を」


何処か高貴な雰囲気を纏ったその男は微笑みながら僕らに話しかけてくる。


誰の知り合いだろう、と互いに目を見合わせる僕ら。しかしこの反応を見る限り二人にも心当たりはないみたいだ。じゃあ不審者かな?


どうにも最近、不審者によく会うなぁ。


そんな僕らの疑念を理解したのか、眼前の優男は慌てた様子で弁解を始める。


「ああ、ちょっと、後ずさらないで! 俺は不審者じゃないから! こら! 警察を呼ぼうとするんじゃない!」


「声をかけてきた目的次第では通報しませんよ。ところで、どちら様ですか?」


大岩君が警戒しながらも応対する。やっぱりこういう突発事態には咄嗟に対応できるんだな。……インターフォンは押せないのに。


そんな事を考えてるのがバレたのか大岩にキッと睨まれる。


「……村井君、失礼な事を考えていますね?」


何故分かったし。


「俺はただアルデバラン好きの同志を見つけたと思って声をかけただけだよ。怪しい人間じゃないさ。信じてくれていい」


なんとなくだけど、怪しさは無い様に感じる。


大岩君も同様らしく、謝罪をする。


「不審者と勘違いしてしまったのは謹んで謝罪させて頂きます。最近不審な人に絡まれたばかりでして。申し訳ない。とはいえどうして声を掛けて下さったんですか?」


確かに何故だろう。周囲には少ないとは言えある程度人は居るし、態々僕らに声を掛けるのは少し不思議だ。


「ふむ、そんな事かい。単純だよ。まず今日此処に来たという事は恐らくアルデバランを見に来たのだろうと推測がつく。一方で君達は喋りながらもあちこちを見て何かを探しているようだ。つまり目当てのアルデバランが中々見つからないのだと考えられる。そして親切な俺としてはそんな君達を助けようと思った訳だ。それだけさ」


優男は再びふっと微笑む。


いちいち絵になる人だな。やっぱりイケメンか……。しかし何となく違和感があるような、無いような。


何処か引っ掛かりを覚えながらもその厚意を断る程の根拠を僕は持っていない。


「そうそう、それであれがアルデバランだ。そう、牡牛座の目のあたりで赤く光っている星だ。その右上の方がプレアデス星団だね。それとアルデバランは他の五つの一等星、おおいぬ座のシリウス、オリオン座のリゲル、ぎょしゃ座のカペラ、ふたご座のポルックス、こいぬ座のプロキオンと共に冬のダイヤモンドを構成しているんだ。それからアルデバランという名前はアラビア語の『Al Dabaran』、後に続くものという意味の単語だが、それに由来している。これは同じ牡牛座のプレアデスより少し遅れて日周運動をしているからだね。だから一部の地域ではすばるの後星なんて呼ばれることもあるんだ。因みに牡牛座α星とも言われるよ。覚えておくといい」


謎の優男は丁寧に、しかしめちゃくちゃ早口で教えてくれる。……さては、もしかしなくても大岩君と同じタイプの人だな?


「ああ、あのカペラとリゲルを結んだ線の中点から垂直に線を引いたところにある赤い星ですか?」


僕の質問にも優男は直ぐに答える。


「その通りだ。美しい星だろ?」



暫し僕らは無言で美しい夜空を眺めていた。















「そうそう、もし君達が本当に真実を確かめたいなら、『教団』を探ってみるといい。」


星を眺め初めてから暫く経った後、ふと優男は僕らに囁く。


驚いた僕らが彼の方を見ると、その姿はもう何処にも無かった。


<<<<>>>>


九月二十三日 PM 9:30 旭日市内




あの不思議な出会いがあった夜の帰り。


「そう言えば、あの不思議な男の人に名前聞き忘れちゃったね〜」


「そこじゃなくない!?普通話された内容とか男の人の正体とかの方が気にならない?」


僕の言葉に野崎さんが突っ込む。


「そうですね。私も彼個人についてよりは『教団』についての方が気になりますね」


大岩君も野崎さんに同意みたいだ。えっ? 名前気にならないの?


「『教団』も気になるけど、わたしはあのお兄さんの事もだいぶ気になるなぁ。なんとなく高貴な感じがあったけど、何処かの貴族とかなのかな? なんか道楽に耽る貴族って感じだったよね」


うーん、だいぶ毒舌だなぁ。悪い人では無いと思うんだけど……。


「まぁ確かに、なかなかに趣味が極まっていらっしゃいましたね」


「それはそうだね。尤も、あの人も大岩君には言われたくないだろうけど」


「いや、貴方も大概だとは思いますよ?」


あれ? おかしいな。


「まぁそれはそれとして、何で私達が調べてる事分かったんだろう」


野崎さんの言葉に僕達は頷く。本当になんで知ってたんだろうか。


「うーむ、どうしてでしょう? 偶々我々が話しているのを聞いて思い当たったから話しかけたとかならありえるでしょうか」


「なんか無理がある気がするなぁ」


僕も野崎さんに同感。流石にちょっと無理がある気がする。


「そうだね。とは言え僕としてはどうやってあの場からいなくなったかも割と気になるね」


「そうですねぇ、例えば先に録音した声等を用意しておけば、立ち去ってから音声を流せば出来るかもしれません。あの暗がりならスピーカーを隠すのも容易でしょうし。尤も先にそこまで準備していたというのは些か不自然ではありますが」


うーん、確かにそうなんだけど、やっぱり前もって準備してたのはかなり不自然だよな〜。でも他に合理的な方法はパッと思いつかないし……。


「本当、高田さん探しの依頼を受けてから奇妙な事ばかり。一体全体どうなっているんだろう?」


僕がそう言った直後、野崎さんが呟く。


「ねぇ、なんか寒くない?」


そう言われると何だか寒い気がしてきた。やだなぁ。寒いの。そう言えば今気温何度なんだろう。


疑問に思った僕は鞄から気温計を取り出す。湿度も測れるのにコンパクトな優れものだ。早速測ってみる。


気温:三十二度 湿度:六十五パーセント


あれ? 寧ろ高い方だ。じゃあ何で寒さを感じたんだろうか。


「……湿度高いですね。というか、なんか磯の香りがしませんか?」


確かに、でも此処らには海はない筈だけど……。


その時、磯の香りがいっとう強くなった気がした。同時に更に肌寒くなった気がする。いや、違う。遅まきながら漸く僕らは気付く。僕達は怖気を感じていたのだ。


足を止めた僕達の目の前の十字路を、フードを被った男が通っていく。一陣の風が吹き、男のフードが捲れる。


そこにあったのは、まず間違いなく人の顔では無かった。形容し難き程に悍ましい『ナニカ』。僅かに光沢のある青紫の鱗に覆われた頭。ギョロリとした赤色の魚眼。さらに頭頂部から首にかけては魚の背鰭に似た何かが付いていた。その悍ましき姿を敢えて例えるならばアニメや洋画に出てくる魚人の姿であった。


冷や汗が顔を伝う。横を見れば同じ様に青い顔をした大岩君と、小さく震えている野崎さんの姿がある。


幸いにも、その怪物は僕達に気づいた様子はなく、そのまま歩いていく。永劫にも思われた時間の後、その悍ましき化物は見えなくなった。その実、多分に一分にも満たないその時間は、僕達にとってあまりにも長く、精神を大きく擦り減らすに十分なものだった。奴が姿を消してから暫し、僕達はその場に立ち尽くしていた。







「……うう、い、一体どうなってるの?」


沈黙を破る様に震えながら野崎さんが呟く。


「何なんでしょうね。アレは。見ただけで怖気が走る生物なんて聞いた事もありません。でも、確かなのはアレは『教団』の関係者だという事です。間違いなくあのKKKみたいな服と紋様は『教団』のものです」


意外としっかりとした大岩君の言葉。メンタル強すぎないか? 僕なんかまだ冷や汗が止まらないのに……。


いや、問題はそこじゃない。もし大岩君の言葉が正しければかなり不味くないか? あんな化け物がいる組織の調査とか普通に嫌なんだけど。


「……えっとさ、とりあえず、調査は一旦止めないか? 何だか良くない気がするし。それ以上にあんな化け物がいる組織の調査とかは無謀だって」


そんな僕の言葉は、しかし意外なことに最も震えていた野崎さんに否定される。


「わ、わたしは調査を続けるべきだと思うな。確かに凄く怖かったけど、そ、それでも近松ちゃんの為にもやり切るべきだと思う」


そう言って野崎さんは気丈にも笑ってみせる。


……そこまでされたら仕方ないな。僕も漢を見せるべきだ。頑張って笑うと協力を表明する。


「それじゃあ僕も出来る限りで頑張ろうかな」


それを聞いた大岩君も仕方なしと言った風に賛同を示す。


「……正気ですか? まぁでも仕方ありません。私も微力を尽くしてみますよ」


決意を確かめ合った僕達は時間も遅かったのもあり、帰路へとついた。


……そうは言ったものの、やっぱり夜道を歩くのはだいぶ怖かった。うん、結局は何も無かったんだけどね。やっぱり、結構な頻度で気温を確認しちゃうよね。

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