第一章 幼馴染の行方 其の壱 蠢動する影と依頼
処女作です。宜しくお願いします。
3月28日 改稿
某所
暗がりで、白いローブを纏ったもの達がヒソヒソと話し合っていた。全員が全員フードを被っているのは、果たして顔を隠す為だろうか。しかしその事が一層彼らの不気味さを増していた。
「しかし、本当にあの計画を実施するのですか? いくらなんでも早計にすぎるかと」
発言の主は、どうやら若い男らしい。
「だが、仕方ないのだ。あのお方の復活は近い。それまでになんとしても我らの忠誠を示さねば」
男の発言に答えるもう一つの声からは焦燥感が伝わってくる。
此方はどうも老人らしい。
「だとしてもです。折角これまで人目を忍んで活動してきたのです。これまでの努力を灰燼に帰すおつもりか」
「然り。そもそも我らは影に生きるもの。不用意に目立つのは本部の人間として看過できませぬな」
「その通りだ!」
紛糾する会議に痺れを切らした老人がこの場で唯一、黒いローブを身に纏ったものに話しかける。
「この者達はこう言っておりますが、いかが思われますか、wfe seal toarn ambse」
よびかけたその言葉は、途中から日本語ではなくなる。既存のどの言語とも異なるその言葉。しかしその言葉に不信感を抱くものはこの場にはいない。
「shaurt trof relvalce garland seal toarn thorn sade uule」
そのものが口にするのは同じ未知の言語。
何処か冒涜的で、唯人には理解も及ばないその言語。しかしそれをこの場の者達はさも当然の様に聞く。
聞く人によっては正気すら失いかねないその内容も彼らからすれば、慶事が早まっただけにすぎない。
それでも僅かながらの驚きはあったようで、一部の者は声を漏らす。
「「「なんと……、もうなのですか……」」」
苦々しげな表情をしている者は、察してはいても確証が持てなかった者達か。
それぞれ反応を見て、老人は満足そうに嗤う。
「じゃから言っただろう、じきに隠す必要すらなくなるのだ。今動かんでいつ動く。よいか、これは決定なのじゃ。そうと決まれば、行動を始めよう。さあ、主への宴の準備だ。盛大にやろうではないか」
老人の言葉を聞いた怪しい者達は即座に活動を始める。
———この街の闇を、怪しい影が蠢き始めた。
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九月二十日 AM 8:20 県立旭日高校 二〇三教室
朝、朝のSTの前の平穏な時間。何人にも邪魔されることなく脳内の推しに想いを馳せる、夢の時間。
そんな素敵な時間を、僕は悶々としながら過ごしていた。
T2ファージ、また観察したいなぁ。あの可愛らしい、それでいて幾何学的な体には独特の魅力があるよね。
でも分解能が0.5μmの光学顕微鏡じゃ、T2ファージは見れないしなぁ。
せめて、0.5nmまでみれる電子顕微鏡が使えれば……。いや、でもそれだけの為に化学(魔)準備室(境)に行くのはちょっとな。うーん、悩ましいことだ。
しかしそんな僕の深刻な悩みは目の前の席に座る少女によって中断された。
振り返って話しかけてきた眼鏡をかけた彼女は、野崎さん。ちょっと独特の感性を持つ毒舌な僕の友達だ。
「ねぇねぇ、二人共、アルデバランの話聞いた?」
隣を見れば同じように思考の世界から呼び戻された大岩君の顔がある。
彼は所謂ヲタク。オタクではなくヲタクだ。
その知識は圧倒的で、偶に先生を驚かせている。特に歴史とか。
今は随分ニヤけてるけど、どうせ戦艦とかについてなんだろうね。さっき「ああ、ロドニー、なんて素敵なんだ」って恍惚とした表情で頬を赤らめてたし。
因みに彼の一人称は私だけど、しっかり男だ。
「今日からさ、アルデバランが綺麗に見えるんだって」
アルデバランか…アンドロメダ級かな?
隣の大岩君も同じ事を思ったみたい。
「私は星よりも某アニメに出てくる前衛武装宇宙艦の二番艦の方が見たいですね……」
「あー、確かに。でも僕はアンドロメダ級だと空母型の方が好きかな〜。アポロノームとか、アンタレスとか」
いいよね、空母型。あのトップヘビーを心配したくなる様な船体は独特の魅力があると思うよ。
と、そんな風に脱線していると野崎さんからジトっとした目を向けられた。不味い!
「二人共……。もっと雄大な宇宙や星に思いを馳せようよ。楽しいよ?」
「そうは言いましても、あのアニメだって壮大ですよ? 大マゼラン銀河の中、十四万六千光年のはるか先にある星間国家に、超古代文明。兵器なら陽電子衝撃砲にカノン砲、破滅ミサイルに重核子β砲もありますし」
「いや……それ半分くらいの人には伝わらないんじゃないかな。まぁそれはそれとして俺だって宇宙は好きだよ? 恒星内部の核融合とか、ダークマターとか。興味深いものは沢山あるし……」
ヤバい、野崎さんの目が残念な奴らを見る目になってきた。まだそこまで語って無いんだけどなぁ。
「ほんと、いつも二人は変わらないね」
呆れた様に野崎さんが呟く。
でもそこまで綺麗と言われたら興味が湧いてきたな。折角だし二人も誘って見に行こうかな。
早速二人を誘うと、野崎さんは二つ返事で了承する。一方で大岩君は少し渋い顔をした。
「うーむ、どうしましょうか。日付次第ではあるのですが……。実際暇と言えば暇なのですが、やっぱり時間が有れば超弦理論をちゃんと学びたいんですよね」
確かに超弦理論は気になるけどさ、流石にあれをちゃんと理解するのは難しくないか?
「分かるけどさ、折角だし行こうよ〜」
「そうだよ、みんなで行けば楽しいって」
野崎さんも援護してくれる。
そこまで聞いて大岩君も不利を悟ったのか
不承不承頷いてくれる。
「やったね! それじゃあ日付はいつにする?」
僕の言葉を待っていたかの様に、野崎さんが即座に答える。
「今週の土曜日、夜七時とかどうかな? 衣山からだとよく見えるらしいけど」
「なら土曜日の夜六時半にいつもの喫茶店の前に集まろうよ。あそこからなら三十分もあれば衣山まで行ける筈だし」
「よーし、じゃあそうしようか」
「そうだね。それとさ、実は友達に相談受けててさ。ちょっと大変そうだから放課後残って欲しいんだけど、いい?」
少し申し訳無さそうに野崎さんが尋ねてくる。
まぁ当然の様に暇だし聞くだけ聞いてみようかな。というか放課後の予定なんてあった試しがないし。
「ええ〜、まぁいいけどさ」
「い、いつもは予定があるんですけどね? き、今日はないので大丈夫ですけど。ええ、今日は、偶々。いやぁ、偶々ですけど空いてて良かったです。はい」
あっ、これは常に予定がない奴だね。僕も同じだから分かるな。うん。あれ?不思議と目から汗が。
「また二人して奇行に走ってる……。でも、ありがとね。」
そんな僕らを見た野崎さんは苦笑しながらも感謝を伝えてくる。その時、ちょうど最初のチャイムが鳴り、僕らは慌てて席に着く。ちょっと退屈な朝のホームルーム。いつもの日常が始まった。
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九月二十日 PM 4:50 県立旭日高校 一〇七教室
放課後、僕らは野崎さんに普段部活動で使っている一〇七教室に呼び出された。
外からは運動部の掛け声が、遠くからは管弦楽部の演奏が、それぞれ聞こえてくる。
うん、ここだけ聞けば普通の青春っぽくていいな。
……尤も、どうせ面倒事に巻き込まれるだけなんだろうけど。
僕は教卓の上に座りながら、聞く。
「相談ってなんだったの?」
「……いや、その前になんでそこに座ってるの?」
なんでって、そりゃあね? うん、まぁそこにあったからとしか……。
僕が黙秘を貫くと、野崎さんに訝しげな目を向けられた。
「……それで? 貴女が態々相談してきたということは、中々の厄介事なのでしょう?」
「それについては本人に説明して貰おうと思って。」
大岩君の問いに、野崎さんは頷くと、突然ドアの向こうに声をかけた。
…………。
誰も入ってこない。
奇妙な沈黙が流れ、僕と大岩君は顔を見合わせる。
……もしかして、野崎さんは霊能力でもあるのかな?
「もしや霊感商法でも始めるつもりですか? 貴女にはあまり向いていない様ですし、辞めた方がいいと思いますよ」
「そうそう、実はわたしも始めてみようと思っててね〜。……ってそうじゃないから。わたしはそんなことしないよ?」
猜疑の目を向ける僕ら。
その視線が痛かったのか野崎さんは赤くなりながら此方に弁解し始めた。
「え、えっと、違うよ? 本当に違うからね?」
無言の僕らに、ちょっと涙目になった野崎さんは教室を飛び出していった。
そして廊下からバタバタと音がするとすぐに一人の女子生徒を引っ張りながら戻ってきた。なんだ、ちゃんといたのか、良かった良かった。
「もう……恥ずかしかったんだからね。ちゃんと出てきてって」
「勝手にノリツッコミして自爆しただけでは?」
茶々を入れる大岩君をスルーして野崎さんは続ける。
「この二人が前に言ってたわたしの友達だよ。少し、いやだいぶ変だけど優秀だから頼りになると思うんだ。そんな訳で、一応自己紹介をお願いね」
最後だけ此方を向いて言う野崎さん。
僕と大岩君は目配せで順番を決める。
「二〇三の大岩寛助です。一応ボードゲーム同好会の会長です。趣味は歴史とか軍事について調べることです。推しは仮説トイレ様ことFV4005です。宜しく」
次は僕の番だね。さて、何を語ろうか? やっぱり原核生物の魅力かな? 或いは扁形動物の愛らしさについてでもいいね。
「……凄くニヤニヤしてるけど、変な話はダメだよ?」
彼らの姿を思い出してだけなのに野崎さんに念を押されてしまった。仕方ないなぁ。
「同じく二〇三の村井湊人です。一応ボードゲーム同好会の副部長をやってます。推しは勿論T2ファージです。可愛いからね。ってことで宜しく。」
野崎さんがジト目を向けてくる。何故だ!
「……村井君、わたしの話聞いてた? 変な話は駄目だって」
キョトンとする僕を見て、諦めた様に溜息をつくと
「……えーと、知ってると思うけどわたしは野崎佳奈。趣味は……読書かな?二人程ぶっ飛んでないから趣味って言えるか分かんないけど」
別に趣味は大岩程極めなくても趣味って言えると思うけどな〜。僕みたいに。
「ところで、なんで貴方まで自己紹介したんです? 知り合いでは?」
「あっ、え、いや……」
「別方面で危ない人でしたか。精神病院にでも行きます?」
「ち、違うから! もう!」
「とりあえず、この人の話を聞こうよ。彼女困ってるよ?」
やれやれ、放っているとこの二人はずっとコントをしているんだから……。真っ当な僕がちゃんと話を進めてあげないとね。
彼女はちょこんとお辞儀をすると、少しどもりながらも挨拶する。
「えっと……二〇五の近松美久です。そ、その、さっきは恥ずかしくて出てこられなかっただけなんです。ごめんなさい。佳奈ちゃんとは同じ吹奏楽部で仲良くさせてもらってます。貴方達二人はちょっと、どころかかなり変だけど凄く頼りになるって聞いてます……。宜しくお願いします」
あれ? 聞き捨てならないね? 僕が変人? そんな訳ないに決まってるじゃないか! どうやら大岩君も同じことを思ったみたい。いや、君は充分に変人でしょうに……。自覚がないのかな? 可哀想に……。
「何をおっしゃっているのかよくわかりませんね……。というか野崎女史は吹奏楽部の面々に何を吹き込んでるんです?」
「別に? ありのままを吹き込んだだけだよ? 二人共変人だよって」
問い詰める大岩君に野崎さんはさも当然といった様子で返す。
これは反論しなければ! 僕は大岩君と違って真っ当なのでね!
「ありの……まま……? 僕を大岩くんと同列に扱わないでほしいな。僕はまだコイツと違ってまともだからね」
そう自信満々に言ったんだけれど、野崎さんには理解してもらえなかったらしい。解せぬ。
「多分同類じゃないかな? ごめんね近松ちゃん、二人の戯言は気にしなくていいから。大丈夫。この二人はかなり変だから」
「そ、そうみたいだね」
失礼だなぁ。僕の様な真人間があんな変人と同じだなんて心外だよ。僕はちょっとT2ファージとかプラナリアが好きなだけだって。
とは言え本当に可愛いよね〜あの子達。
っと本題に戻ろうか。
「そ、それで、え、えとお願いなんですけれど、いなくなった幼馴染を見つけて欲しいんです!」
いなくなった幼馴染か……。もしかしなくてもこれはかなりの面倒事では!?
「葵は私の幼馴染で、幼稚園の頃からずっと仲が良かったんです。それでいつも一緒に登校してるんですけど二日前から急に来なくなってしまって……。連絡もつかないし、本当に大丈夫か心配で心配で」
「彼女の親とも連絡はつかないんですか?」
大岩君の質問にもすぐに答えてくれる。
「葵のお母さんとは一回だけ会えたんですけど、問題ない、大丈夫だから、の一点張りで。暫く行けないかもだけど、気にしないでとも言われました。でも、なんだかそれも自分に言い聞かせてる様で、不安になったんです」
「警察には連絡してないの?」
僕の問いかけには野崎さんが代わりに答えてくれる。
「警察は事件性があるかが分からないと動けないみたいなの。何処かの探偵さんに頼むにもどれだけお金がかかるか分からないし、それでわたしに相談してくれたんだ」
「も、もし葵が病気とかで連絡が取れないとかなら何か支えになれるかもしれないですし! お願いします!」
……うーん、どうなんだろうね? 聞いてる限りでは嘘はないみたいなんだけど。本当に介入してもいいものなのか。
大岩君も同じことを思ったらしい。
「彼女の親が話さないという事は何か事情があるのではありませんか? その事情によっては我々が無闇に介入するのは不味いかもしれません」
「そ、それでも、葵の安否が分かるだけでもいいんです。手伝ってください!」
僕らが怪訝そうにしていると野崎さんが口を挟んでくる。
「一応調べてみて、危なそうなら分かったところまで伝えて後は警察に任せればいいんじゃない? もし病気とかならわたし達だけでも多少は分かるかもしれないし。それに、どうせ二人共暇なんでしょ?」
うーん、確かにそうだけど……。まぁいいか。どうせ暇だし、暇つぶしだと思えば悪くないかも。
「いいんじゃないかな? 手伝ってあげても」
「ううむ、確かに暇なのは否定できませんし、まぁいいでしょう」
僕が賛成を表明すると大岩君もなんだかんだで了承してくれる。まぁ彼も意外とお人よしだからね。
「じゃあ満場一致で決定だね!」
全員の意見が一致すると野崎さんは嬉しそうに宣言する。
「そろそろ学校が閉まるからとりあえず近くの喫茶店でも行かない?」
僕の提案に近松さん以外の全員が賛成してくれる。
「ごめんなさい……私、弟のお迎えに行かないといけなくて……折角手伝ってくれるのに、本当にごめんなさい」
「ああ、そう言えば美久ちゃんのお家は両親が共働きだったね。弟君は小学校二年生だっけ?」
僕は一人っ子だからよく分かんないけど、みんなそんな感じなのかな? 大変そうだねぇ。
「うん、迷惑をかけてごめんね」
とはいえ、そうするとこれは近松さんとは別個で動く必要があるね。高田さんの事をよく知ってる人が別行動なのは少し痛いけれど、まぁこればかりは仕方ないね。
「とりあえずは喫茶店に行きましょう。詳しい話はそこで」
大岩君に催促され、僕らは喫茶店に向かった。