待ち人来ず、さわりだけあり
灯枇に転機が訪れたのは、また新たな転入児達がヒヲス保育園にやって来てからだった。その中には年中の早良という名前の、背の高く無愛想な女の子も含まれていた。
早良はB組に振り分けられ、ルミもどうやら転入児好きのようで、 早良とばかり遊ぶようになった。 早良はルミと仲良くなり、次第に笑顔も増えて行った。灯枇は登園する度1人になって、遊び相手が誰も居らず、他の皆が待ち望む、自由な遊び時間が苦痛でしょうが無かった。
おそらく早良の加入前だったとは思うが、ヒヲス保育園では時々絵本の個人貸出があって、灯枇はその中で先に見つけた、「にじいろのさかな」を借りようとして、ルミと揉めた。ルミは自分が借りたいと言い出して泣き、担任保育士が仲裁してルミが先に借りた。
しかしその後、灯枇は同じ絵本を借りた記憶は無い。むしろ別の時借りた白雪姫の絵本を、間違って市立図書館に返却してしまい、その後市立図書館に問い合わせても何故か見付からず、母親が保育園に弁償したのだとこっぴどく怒られた記憶ばかりが色濃く残った。
こうなると、灯枇は過去に思いを馳せる他無かった。灯枇は母親の話によれば、元々ヒヲス保育園で幼児期を過ごし、やがて物心つくかつかないかの年頃になると、母親の産休を期にヒヲス幼稚園に移った。ヒヲス幼稚園は、同年齢同クラス制を取っていた為、既にクラス内の人間関係は出来上がっており、灯枇は常に他所者感を味わい続け、遂にはクラスメイトの名前を1人も覚えることが出来なかった。
ただし担任の幼稚園教諭は優しく、彼女はたまたま灯枇の家の近所で親戚が所有する貸駐車場を利用していた為に、灯枇が保育園に移ってからも挨拶する機会があった。また、幼稚園は園庭が広く遊具も豊富で、うさぎ小屋を眺めることも出来た。図書室も完備され、保育園よりは格段に利用頻度も高かった。プールも2階で、保育園のプールよりは広かった。そして何より、園児達は昼には皆家に帰されて、お昼寝の時間など存在しなかった。
お昼寝の無いヒヲス幼稚園から移って来た灯枇は、眠れないお昼寝の時間帯が苦痛でしょうが無かった。たまに眠るとおねしょをしてしまい、担任保育士は溜息を吐いたり怒ったりしながら後始末をして着替えさせた。おねしょをしてしまうのは何も灯枇だけでは無かったし、保育園児に男女の衒いや恥ずかしさは無く、A・B・C組の誰がおねしょしようと教室内の各園児達に振り分けられた引き出しから着替えを取り出して、その場で堂々と着替えるのみだった。もちろん、おねしょ自体が不名誉なことに変わりはなかったが。




