俺は君を全然知らない
俺が結尾君の家でTVを見せて貰っていると、結尾君のお母さんが仕事から帰って来た。
「ちょっと咲人、アンタまたそんな格好して。無駄遣いするなら、もうお小遣いあげないからね」
「あ、こんにちは~。お邪魔してます、柾谷です」
俺は、自分でも珍しいと思うくらい愛想よく挨拶したのに、結尾君のお母さんは少しぎょっとした様な顔をした。その一方で、結尾君と良く似た顔立ちの、まだ小さな妹の樹ちゃんは、この前俺も一緒に遊びに行った帰りに貰っていた、元灯枇ちゃんの要らなくなったぬいぐるみや食玩人形で、1人ごっこ遊びに夢中になっていた。
「結尾君のお母さん、大きくなったら樹ちゃんと結婚させて下さい。僕なら命を懸けて大切にします。樹ちゃんの嫌がる事は絶対しませんし、誰にもさせません」
「えーっと……柾谷君、だったよね。その気持ちはありがたいんだけど、何でそこまで? 樹はまだほんの赤ちゃんみたいなものなのに」
「だって、そっくりだから。樹ちゃんは、大きくなったらそこに居る結尾君のコスプレみたいに、絶対に可愛くなるに決まってます」
結尾君のお母さんは曖昧に微笑むと、買って来た材料でお昼ご飯を作り出した。それを見て、俺は回覧板を届けに行ったっきりいつまでも帰って来ないことで母親から怒られる可能性に気がついて、慌てて自分の家に帰った。結尾君と遊ぶ約束はしなかった。
明後日、結尾君は学校に来なかった。明るくて面白い転校生は堂々とサボりかと思って、クラスの皆はたぶん誰も心配まではしていなかった。そう思うのは、俺がそう思っていたからだ。
「皆さん安心して下さい、結尾君がやっと見つかりました」
先生達はあちこち探し回っていたらしく、結局、結尾君は離婚したお父さんの家の前で、飼っていた犬を撫でていたところを発見されたらしい。そのまま結尾君は一度も登校すること無く、お母さんと妹と一緒にどこかへ引っ越して行った。