鉄格子の中のさくら塾へ
野々下 灯枇の習い事、スイミングスクールと西原児童館の習字教室は、6年生になると、どちらも終わった。
スイミングスクールに関しては、最高の金ワッペンまで取ってしまうと、後は選手コースに入るだけになってしまう事もあり、辞めた方が良いだろうという事で辞めさせられた。まあ灯枇自身も、選手という言葉に怖気づいたのは否めない。習字教室に関しては、灯枇はようやく講師のヒステリック婆さんから解放されたので、嬉しくて堪らなかった。
そして灯枇が小学生のうちに、母親から新しい習い事として連れて行かれたのが、今は懐かしき、さくら塾だ。さくら塾は昔から江津湖の近くに存在していて、それまで灯枇がいつ見ても、鉄格子状のシャッターを降ろして閉まっていた。しかしその日は開いていて、先生も塾生もちゃんと居た。
灯枇は全く面識の無い他校の女子生徒・玻璃さんと同時に体験入塾した。そして先生達のデスクからすぐ側にある教室に通されると、これまた面識の無い他校の生徒達が、私服姿で授業を受けていた。灯枇はさくら塾でも特段誰とも仲良くなれず、さくら塾に行くのはいつも不安だったが、先生達が授業にまじえておこなう、塾生いじりが大変面白可笑しくて、灯枇は笑い上戸だから、いつもお腹が痛くなる程笑わされた。だからその後も通い続けたのだろう。
さくら塾は、野々下 灯枇にとってはこの上なく良い塾だった。
タイマヲマイタ【園児・小学生時代】 完
タイマヲマイタ【中学生時代】につづく




