追跡男女
雨河童の話を書く前に、まずは追跡男女についておさらいしなくてはならない。追跡男女というのは、灯枇の身近にも一例だけ存在した。それが伊吹と黒塚だ。
まず伊吹が黒塚に何らかの悪口を言い、キレた黒塚が伊吹を追いかける。大変恐ろしい事に、二人の性別が男女というだけで、これは喧嘩するほど仲が良く、お似合いなのだと冷やかす恋愛脳が後を絶たない。
雨河童は、時に黒塚に捕まって反撃される伊吹が羨ましかったのだろうか? 不気味な事に、初めて同じクラスになった灯枇を使って、それを再現しようとした。しかし灯枇の知る限りでは、だからといって何の擁護にもならない話だが、伊吹は単独犯だった様子なのに対し、雨河童は悪質な愉快犯の友人共と徒党を組んで、灯枇に狡賢い加害行為を働いた。
雨河童は、まず始めに「ゾンビ~、ゾンビ~」と突如訳の分からない言葉を帰りの会直前の隙間時間に繰り返し、たまたま近くの席だった不運な灯枇を笑わせた。それから後日、今度は灯枇の事を指してゾンビと呼び始める。灯枇は一度自分で笑ってしまっている心理が働いて、それを拒否出来なかったが、当たり前の事実として物凄く嫌だった。
そこから雨河童の加害行為はエスカレートし、悪化の一途しか辿らなかった。ぶっちゃけ雨河童のあだ名の元ネタは、その皿を雨に打たれたかの様な調子の乗りっぷりと、ピンクの河童に扮した山瀬まみや、キンチョウリキッドのCMに由来する。勿論元ネタには何ら罪は無いのだが、何故そうなるのかと言うと、雨河童は、愉快犯共と徒党を組んで、チラチラと灯枇の方を見ながらクスクスニヤニヤと、殺虫剤のスプレーに似た音を、唇を使って「シュー、シュー」と立てたからだ。
他には灯枇の筆箱から鉛筆を分捕ってどこかに隠し、いくつか行方不明にさせた事もあったし、校長の講話か何かで体育館に集められた際には灯枇の足を本気で踏んで痛くさせ、当然の結果、雨河童の上靴跡で灯枇の上靴を汚した。それを移動中、何度も何度も繰り返されて、踏み返しても更に踏まれ、灯枇はとうとう泣いてしまった。なのに役立たずの舐められ先生は、担任教師にあるまじく面倒事を嫌ったのか、雨河童には軽く注意したのみで、被害者である灯枇には「無視しなさい」と暴言を吐いた。
灯枇は修学旅行前の準備を兼ねての集団お泊りである、5年時の少年自然の家でも、ノコギリで丸太を切ってスタンプを押して完成させるコースター作りの際に、学習班で一番最後に切ったからスタンプを押すのが間に合わずに、たしか食事時間だからか何かで途中終了し、悲しくて泣いてしまったのだが、それを見た雨河童に後々まで「スタンプ押せずに泣いちゃったー」と囃し立てられ、最悪な思い出として残った。
仕方が無いので元来大人しい女子で通っていた灯枇も実力行使に出る他無く、たまたま持っていた図書室の本で雨河童を叩いたり、時には追いかけて反撃した。すると恋愛脳な女子がお似合いなどと掃除時間に茶化してくる。なら今すぐお前が代わり、雨河童とありもしない気色の悪いラブコメディとやらを廊下で繰り広げて来るが良い。
灯枇が堪らず泣いていると、隣のクラスの雲母が心配して慰めてくれた。しかし雲母もまた少女漫画の読み過ぎなのか恋愛脳に冒されていたようで、雨河童はたぶん灯枇の事が好きなのだと、全くもってあり得ない無駄なフォローをかまして来る。
ちなみに雨河童と徒党を組んだ愉快犯達の中には、灯枇とヒヲス保育園でB組同士だった、かつてハヤちゃんと呼ばれた男子も居た。まあその頃はすっかり疎遠だから、別にどうという事も無いのだが、朱に交われば赤くなるとは良く言ったものだ。また、至極どうでも良い話だが、この頃の灯枇の片想い相手は、あの読書家の富士原君だ。




