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恐怖の平和学習

 若草市立ヒヲス小学校の6年生の修学旅行は、被爆地長崎での平和学習と相場が決まっていた。


 灯枇(あけび)は罪悪感を覚えつつも、原爆による熱傷者の姿に大変強い恐怖を感じて、怖くて怖くて堪らなかった。「はだしのゲン」の漫画だって、ゲンや光子や隆太や勝子、政ニさんといった生きて喋っている登場人物なら怖くは無かったのだが――かの有名な、焼け爛れた皮膚が指先から垂れ下がり、無言で彷徨い歩いて死を待つばかりの人々の姿には恐怖しか感じられず、その辺りの描写に関しては、灯枇(あけび)にとって「はだしのゲン」はホラー漫画に等しかった。


 だから長崎での修学旅行が近づくにつれて恐怖に苛まれ、本丸の原爆資料館はホラーハウスそのものだった。ただし灯枇(あけび)の学習班も含む、いくつかの班のメンバー達は、その時の自分達の場合は、改札式になっていたメイン展示場にも無料で入れるという事実をきちんと先生達から知らされておらず、語り部ボランティア「さるく」のおじいさんと別れた後の行動予定を見失い、主に慰霊関連の展示場をうろうろと迷い歩いて見学時間が終了した。

しかしそれは灯枇(あけび)にとっては不幸中の幸いだった。


 実際他のクラスメイト達も何らかの恐怖は感じて居たようで、修学旅行で宿泊した旅館にも、何か出るのではと噂して、女子達はなるべく真ん中の布団で眠りたがって、公平にじゃんけんで決めた。




 このようにして、小学生のうちから恐怖による戦争否定を心に刻み付けておくのは有効なのかも知れないが、灯枇(あけび)が後年驚いたのは、その時灯枇(あけび)が通っていた若草市の大学に、宮崎から修学旅行で訪れていたという小学生達が何人か、彼等が調べ学習でまとめたという、地元市町村のPRの紙を配っていたことだ。


 要するに、長崎か広島まで行くのにも旅費がかかる為、ある程度は近くないと修学旅行での平和学習など不可能である。という事は、全国津々浦々、全ての小学生が平和学習を体験するとは限らず、合衆国による核爆弾投下の被害地である長崎や広島で学生時代を送った者達は、ある意味では貧乏くじを引かされているのだ。



 確かに平和学習は大事であろう。だがそもそも、太平洋戦争時の長崎や広島に対する核爆弾の投下は、戦争相手だった合衆国による、紛れも無い民間人虐殺の一種では無いのだろうか? 


 ゲンや光子や隆太や勝子、政ニさんはいずれも架空の人物達ではあるが、どう考えたって民間人だ。ゲンも光子も隆太も勝子も、核爆弾のせいで身体の健康や家族、親の保護を奪われた子供達だ。そういう子供達は、核爆弾が原因じゃないだけで、未だに世界に沢山居る。政ニさんだって、それまで将来を嘱望された画家だったのに、核爆弾による大火傷で重傷を負い、その才能も人間関係も奪われてしまった。あまりニュースでは触れられていないだけで、そういう人だって、やはり核爆弾が原因じゃないだけで、未だに世界のどこかにきっと居る。



 こんな事を書くと、見知らぬ誰かに被害者ヅラするなと反論されるかも知れない。仮に善悪二元論に陥ったとしても、すなわち堂々巡りの不毛な議論だ。しかし誰かに平和に対する罪があるなら、そのまた誰かから人道に対する罪を甘んじて受けなければならないのだろうか?


 もっと単純なたとえ話にするなら、妃鞠が灯枇(あけび)から私物を取ったとして、灯枇(あけび)は妃鞠を殴り返しても良いのかという話だ。それは言うまでもなく、本来どちらもしてはいけないことだ。



 多大な恐怖や悲しみに基づく感情論ばかりを振りかざして、極々限られた地域のお膝元や、その周縁地域の子供達に、ある種のトラウマを刻み付け、大人が望む祈りの言葉を引き出すのは正直どうなのかと、やがて成長した灯枇(あけび)は思った。



 このように恐怖と罪悪感ばかりに塗りたくられた灯枇(あけび)の修学旅行の思い出の中で、唯一と言っていい程楽しかったのが、帰りに立ち寄った佐賀の科学博物館だ。トイレまで科学や宇宙感に彩られ、工夫に富んだ博物館は、灯枇(あけび)や同級生達にとって、楽しいひと時を過ごした素敵な場所だった。




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