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今となっては詮無き事だが
野々下 灯枇には弟が居た。名を森次といい、同い年の従妹が島に居た。島にはもう一人の祖父が居て、母親の話によれば、灯枇はその祖父の家で、産まれて間も無い野々神 苓と初めて出会った。
「苓が可愛いから泊まる~!」
それが灯枇が初めて祖父宅に一人きりで泊まった最初のきっかけだったと、灯枇の母親は後に、物心付く前でそんな事など全く覚えていなかった灯枇に語った。
しかし、それ以外なら灯枇にも覚えている過去の記憶はあった。母親と共に退院して自宅にやって来た新生児の森次が、寝かされた布団の上であまりに煩くギャーギャー泣き喚く姿だ。灯枇は両耳を押さえながら、今にも抗議の声を上げたくなったが、そんな事をしても無駄どころか逆に怒られるだけなので、必死に堪えて我慢する他なかった。
同い年の弟が既に居ながら、従妹が可愛いと言ったのは嘘では無かったかも知れないが、それはうるさ過ぎて、更には恐らく産まれたばかりだから、親達から大変に可愛がられていたに違いない森次から、一時でも離れたいという、切実な思いから発せられた一言だったのかも知れない。




