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早く済ませろ富士原の君

 野々下 灯枇(あけび)は図書室通いの常連だった。短い休み時間にも欠かさず図書室に通い詰め、大人気の「かいけつゾロリ」を予約無しで読破したのが密かな自慢だった。

学習漫画も大好きで、「まんが世界ふしぎ物語」シリーズや「まんが世界なぞのなぞ」シリーズは、高い画力に加え、登場人物のオリジナルキャラの質も考古学的内容も秀逸で、ドキドキわくわくしながら読み耽ったものだった。


 その他には、日本史や世界史、歴史上の偉人達の漫画も好きで、でも女性主人公の漫画は卑弥呼と紫式部と清少納言ぐらいしか見当たらず、他の男性漫画を絵的な観点から選び取って読んでみたところ、聖武天皇と藤原道長の漫画が気に入った。しかし平安以後まで歴史が進むとどうも面白く無くなって、静御前や北条政子は割と好きだが、日野富子は漫画のビジュアルがイマイチだったからか、あまり好きにはなれなかった。


 世界の偉人漫画は、まるで一昔前の少女漫画のような繊細な絵柄が多く、世界史漫画にチラっと出ただけで、灯枇(あけび)にはどういった人物かさっぱり分からなかったラクシュミー・バーイー、何だか凄い実験のせいで後々病死したマリー・キュリー、何か凄い苦労したっぽいサリバン先生と、その教え子のヘレン・ケラー、ダイナマイトを製作し、その過程で身内を喪い、挙げ句の果てに完成したそれを戦争利用され、築いた富を人類幸福の為に賞としたアルフレッド・ノーベル――それから灯枇(あけび)は、郷土の偉人漫画として図書室に入荷された、加藤清正と宮本武蔵の漫画も読んで、清正の素晴らしさに感動し、武蔵のバイオレンスっぷりに度肝を抜かされた。



 そしてここから先は下世話なネタだが、図書室にもエロティシズムを感じさせる漫画がいくつかあった。ひたすらに悲劇を感じさせる漫画「はだしのゲン」の主人公・中岡 元も、やがて成長すると彼の青春模様が描かれる。そこで登場するのが、ロングヘアで麗しき美貌を持つ光子さんだ。彼女もやがて、桜のように若く美しいまま散ってしまうのだが、ここで重要なのは入浴シーンがある事だ。


その他、徳川家康にまつわる漫画で、家康の父・松平広忠の暗殺に結び付く手籠めシーン、源氏物語の漫画版で、光源氏が夢の中で藤壺に迫るシーン、柏木が飼い猫を譲って貰った位では諦めきれず、元飼い主の女三宮に迫るシーン、最後にこれまた重要なのは、手塚治虫の漫画「火の鳥」だ。


 「火の鳥」もまた、シリーズもので何巻か冊数もあるのだが、そこかしこに女性の裸が描かれる。勿論必要なシーンだからそうなってはいるのだが、例えば作中でわざと馬鹿っぽく振る舞う十市皇女が、主人公の狼男に本音を吐露して身を任せ、最終的に婚約者の大友皇子に斬り殺される。大友皇子は、生前の十市皇女につらく当たって居たくせに、身勝手にも本音では彼女を愛していて、斬り殺した彼女に取り縋る。それに最高のエロティシズムと不条理を感じ取り、灯枇(あけび)は可愛らしい外見も兼ね備えた、哀しくも気高い十市皇女も大好きだった。


「それ、面白いよね。野々下さん」


 突然声を掛けられ、灯枇(あけび)はギョッとして振り向いた。灯枇(あけび)は今の今までそういったエロティシズムを目的として、「はだしのゲン」と同じ本棚に収められている「火の鳥」を、低めの本棚に半ば隠れる形でこっそりと読んでいた。誠に失礼な話ではあるのだが、灯枇(あけび)にとって「火の鳥」は、煽情雑誌に近い存在だった。


「何で座って読まないの? こんな所で読まないで椅子に座りなよ。床、汚いよ」


 1人で居る灯枇(あけび)に気を遣って話し掛けてくれたのか、2ー1の富士原(ふじわら)君は、わざわざ椅子まで引いて灯枇(あけび)を座らせた。正直彼の事が気になる灯枇(あけび)は、そのこと自体は嬉し恥ずかしの甘酸っぱい思い出の1ページと成り得たものの、面白いと評したからには、彼に「火の鳥」の内容についても把握されている訳で、つまりは煽情雑誌を好む女子だと思われていないかや、そもそも煽情雑誌を堂々と人目に触れるテーブルで読めだなんて、この人は悪気は無さそうだが何と言う羞恥プレイを強いるのかと困惑の渦に陥っていた。


 灯枇(あけび)はもうハラハラしっぱなしで「火の鳥」を読むどころでは無く、カウンターに借りていた本を差し出す富士原(ふじわら)君の背中に向けて、頼むからさっさと本を返却して、図書室から立ち去って欲しいと心底願った。



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