俺たちの習い事
俺の習い事は、西原児童館の卓球教室で、ご近所の灯枇ちゃんの習い事は、スイミングスクールと、やっぱり西原児童館の習字教室だった。
「よっ、1週間ぶり。元気だったか原ちゃん」
そうやって俺が声を掛けた、相手の原ちゃんこと富士原君は、実は俺や灯枇ちゃんと同じヒヲス小学校の生徒で、でもクラスはどちらとも違って1階の2ー1だ。だから学校で会う機会は意外と無くて、1週間ぶりなのも嘘では無い。
「はい元気です! 柾谷君」
「はい眠いです! 縁ちゃん」
「はいこのネタ! 私が元ヒヲス小じゃなきゃ通じませ~ん」
ラケット上でポンポン、ピンポン球をキープする練習をしていた縁ちゃんは、親の離婚でヒヲス小から転校し、再婚で名字も変わってこの卓球教室で再会した。縁ちゃんとは1年生の時に、校庭の回転式遊具を一緒になってグルグル回し、乗っている他の奴らを大いに楽しませて盛り上げた仲だ。
その後も続く上階の卓球教室から響く足音は、下の階の習字教室で指導を受ける灯枇ちゃんの耳にも届いていた。
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これは悪口でも何でも無く、単なる端的な事実なのだからしょうが無い。灯枇が通う土曜日の習字教室の先生は、日曜日の先生と違ってヒステリック婆さんだった。何かとガミガミネチネチとしたご指導の下、スイミングスクールで体力を削られた灯枇には多大なる精神的ストレスを受ける場でしか無かった。
習字教室のお手本は、単にヒステリック婆さんが、学年ごとにレベルを設けてただ書いただけの字を、人数分コピーしたお粗末な代物で、学校の習字の時間にちらりと、他所の習字教室に通う4町内のハーレム野郎が使っている見本を、一度だけ目にする機会があった灯枇は、その丁寧な解説付きの代物に衝撃を受けた。
ヒステリック婆さんの習字教室は、元々灯枇の従姉達兄妹が通っていたようで、その兄妹達の母親に当たる伯母の熱心な薦めと、教室受講の為のくじ引きか何かにわざわざ並んで受講権利をゲットして来てくれるという優しさによって、灯枇は行きたくも無い習字教室で、精神的に大いに消耗させられた。
この習字教室の数少ないメリットは、決して口には出さないが…人様の字の上手い下手が判別出来るようになったことと、いい年した大人のくせに、小学生相手に感情のコントロールも出来ない、愚かな社会人の代表格であったヒステリック婆さんの、毎度毎度起こした理不尽極まりないキーキーキーキーブチギレ大会のお陰で、ある程度は大人から怒られ慣れた事だった。




