行きは良い良い、帰りは怖い
登校時は皆同じ時間であるから、ご近所の柾谷君と登校すれば良いのだが、彼は別クラスだから帰りの時間が異なり、しかも男子だからわざわざ別クラスの教室前で待っていると、付き合っているのかと囃し立てられる危険性が高い。
付き合っているのかと噂され囃し立てられるのが、灯枇だけで無く、柾谷も含めた学年全体の男女が、最も恐れる事態だった。もしそうなる事を考えただけで憂鬱で、家が隣近所で、親同士が仕事仲間で、不審者対策に煩いからという免罪符と、登校中決して横に並ばず、別クラスで元からそれ程親しくも無い為に話題が無いのも理由だったが、仮にそうでなかったとしても、灯枇と柾谷は登校中、ほとんど口もきかない様にしなければならなかった。
だが灯枇はそういった危険を冒したくなる程、本当だったら柾谷と下校もしたかった。それは恋愛感情では無く、ある切実な事情を抱え、誰にも言えず1人苦しんでいたからだ。
「ねぇ、灯枇ちゃん。今日も一緒に帰ろうよ」
そう言って灯枇を誘う花蜜吸は、たしか4町内に住んでいた。しかし美少女では無かった。ついでにハーレム野郎とは、別に親しくも無かった筈だ。
ただ誤解の無いよう予め書いておくと、ハーレム野郎も別に、ご近所仲間達を顔で選り好みしていた訳では無く、彼は単に同じく4町内に住まう美少女達にとって、大変親しみやすいキャラをしていただけだ。実際、彼はイケメンでもスポーツマンでも何でもない。低身長では無かったが、あまりスタイルも良くなかった。
性格的にも、保育園時代に、年下のあの子本人にはどうしようも無いことなのに、平気でそれを責めるくらいだから、どう考えても聖人とは言い難い。ただ少しだけ、C組内でリーダーシップは発揮していただろうか。何故か灯枇の父親は密かに彼を気に入っていて、ハーレム野郎本人の居ない所でだが、灯枇に対して事あるごとに、ハーレム野郎と結婚しろなどと、大変に愚か極まりない妄言をほざいていた。
話を、花蜜吸についてに戻そう。花蜜吸は、一見普通の女子だった。今でも灯枇は果たしてどちらが悪かったのか、全ては誤解だったのかどうか判然としない部分があるのだが、とりあえず書く。
まず花蜜吸は、出席番号順で灯枇のすぐ後だった別の女子と、下の名前だけが被っていた。
当時の担任教師の摩訶不思議な思い付きで、出席確認の際に最初の生徒は、担任教師から名前を呼ばれた後、「はい元気です!」と体調を答え、出席番号順で自分の次に当たる生徒の名前を呼ぶ。すると次の生徒も返事をし、次の次の生徒の名前を呼ぶのだ。まさかとは思うが、担任教師は朝からクラス全員の名前を呼ぶのが面倒だったのだろうか? それとも生徒達自身に名前を覚えさせたかったのか? だがそれもおかしな話で、既に灯枇達は1年生からの持ち上がりのクラスで、2年生に進級済みだったのだ。
まあそれについては追々書くとして、花蜜吸は、灯枇が別の女子を下の名前で呼んで出欠確認を取った後、休み時間にこっそりと灯枇に耳打ちして、別の女子が嫌いだから、出欠確認の際に花蜜吸と同じ下の名前で呼ばないようにと頼んで来た。そこまではまだ良い。
花蜜吸はたぶん4町内だったから、下校の際に6町内を通って帰るルートもあった。それに、下校の際にはなるべく不審者対策で1人で帰らないようにとの、学校からのお達しもあった。よって下校途中、先に着くのは灯枇の家だ。共働きの親達は基本的に留守だが、隣に祖父宅があってそこに行く為、灯枇は鍵っ子では無かった。
灯枇の家の庭には、紫色の毒々しい花が咲いていた。ちょうど赤いサルビアの花に似た形で、でもサルビアよりはずっと大きく立派な姿だった。その花の蜜を吸った経験のある、花蜜吸と灯枇のボーイッシュな従姉によれば、美味しいらしいのだが……灯枇の虹彩にはその紫色がまるで毒草か何かのように映ってとにかく気味が悪く、とうとう一度も口にはしなかった。




