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黄金が降る  作者: 毎路
92/95

91 ハッキング

 CESのフィナーレを飾る花火が上がる。今晩シンシティを発つため、一足先に着の身着のまま会場を後にしていて、今はスーツケースを引きずりつつ、地下鉄へと向かっていた。


「もうすこし残っていたかった?」

「いんや、さすがにこれ以上はオレの体力が持たないね! もうすぐオレが寝てる時間だものな。このあと飛行機に無事に乗れれば、最高だな。眠って起きたらリグナムバイタだ」


 そんな覚えはないが、未練がましい顔でもしていたのだろうか。

 ネムに聞かれたが、もう十二分にここのイベントを楽しんだ感がある。


「オレよりさ、ネムの方はいいのか?」

「………え?」


 振り返ったネムに気づいて、顔を見合わせる。


「なんか人探してなかったか?」


 尋ねると、目を見開かれる。

 そんな驚かれることか?


「そう、ね。でも、いいの」

「ふうん」


 どうやら影も形も見当たらなかったようだ。

 時間にゆとりがあるとは言えないけれども。


「今からでも探すの手伝おうか?」

「…………いいえ、平気よ。それより、早く地下へ降りないと、地下鉄に乗り遅れてしまうわ」


 急かされて腕時計を見ると、その通りだった。

 慌てて地下鉄の入り口に降りていき、やってきた空港に直通の電車に乗り込む。


 人気のないホームに、疎らな乗客。

 広々としたシートに腰掛けてやっと人心地着く。


「大勢いたCESの参加者はきっと明日の朝に帰るから、こんなに空いているのね」

「オレたちみたいに真夜中の便に乗る奴はいないってか」


 出発時刻は夜0時過ぎだ。

 いつもの就寝時刻よりも2時間も遅いが、首元が詰まっている服のせいで少しも眠くない。


「楽しかったけど、このスーツはやっぱ慣れないな。早めに空港に着いたらトイレで着替えようぜ」

「朝ホテルをチェックアウトしてから、今までずっとこの恰好だものね」


 幼馴染の同意を得て満足する。


「くたびれたよなあ……」


 地下を通る真っ暗な電車の窓には、疲れながらも明るい顔をした自分たちがいた。これから空港に行き、リグナムバイタ行きの飛行機に乗って、明日の昼前には古い柳の木が植わっている、あのアパートの部屋に到着しているだろう。


「な。オレたち、もう一日ここに泊まればいいのにさ、はやくリグナムバイタに戻りたくて仕方ないみたいじゃん」


 スーツケースの持ち手に両手を置いて顎を乗せて笑う。

 すると、隣でネムもほほ笑んだ。


「あら、その通りだわ。わたしもマザーのいるあのアパートに早く帰りたいもの」


 旅立つ際に、駅までモスグリーンの車で送ってくれたマリエの顔を思い出すと、広大な赤岩や満天の星、華々しい娯楽の都市を放って、すぐさま走り出して帰りたくなる。


「帰ったらね、迎えてくれたマザーに『ただいま』っていうの。素敵でしょう?」


 両手を合わせて気恥ずかしそうにしている。


 そういったやり取りを家でした覚えがない。

 どれも、この国の、マリエのアパートに住んでから覚えたやり方だ。


「オレもそうしよ。……家で誰かが『おかえり』って迎えてくれるなんて本国でもなかったことだよな」


 行ってらっしゃい、と手を振ってくれたマリエのことが恋しかった。

 乗客は他に三人くらいで、ルヴィたちの喋り声がなければ無音だった。


 アクイレギアの電車にしては珍しい程の静かさだった。空港鉄道はほとんど停車することなく空港に直行し、遅れのない真夜中の空港で、ネムにほぼ引きずられる形でチェックインし、定刻通りにリグナムバイタへ飛んだという。ネムの肩を枕に、ルドラの占い結果で去年は旅行運は最悪、なら今年はいいってことなのかな、とおぼろげに思ったのを最後に、完全に寝落ちた。






******





 モニターをじっと見ていると、背後のドアが勢いよく開かれた。

 頭を抱える。……そういえば、今日がその日だった。


「はあーい、ヒーカンさん! あけおめめりくりただいまおはようおやすみこんばんはお久しぶりでーす! あなたの相棒の帰還ですよー! ユールログとハッピーニューイヤーとー、まったくいくつのイベントを取り逃したかしれません! 寂しかったですか? どうですかー? お元気ですかー?」


 今までの静けさが嘘のようだ。


「うるさい」


 音源はだんだん近づいて来る。


「ひっどおーい。あたしってば、ダブルワークならぬトリプルワークしてたんですよ? でもほかのみんなにもおんなじこと言われちゃいました。えへへ、みんなあ、あたしのこと忘れてなくって安心しましたあ」

「……忘れようはないだろ」


 こんなに特徴的な同僚は。


 段ボール一杯に機材を抱えたエージェントが隣の席に着く。そしてごそごそと漁ったかと思うと、封筒に入れた書類を見せて来た。


 瞬間的に手を伸ばすと、遠ざかった。


「おい」

「ええー?」


 耳に手を当てる。

 その耳を引っ張ってやろうかと思う。


「――横断鉄道の任務ご苦労だったな」


 うんうんと首を振ると、一つにくくった栗毛が馬の尾のように振れる。

 苦労を思い出すかのように鼻先に落ちかけた眼鏡を掛けなおす。


「海軍と陸軍との中の悪さも有名ですけど、陸軍内部の仲も相当悪いってことがわかりましたよ。人質になった中将自体は、人望がなくはないんで、しっかり派閥の大将が守ってましたけど……再婚した後妻さんの連れ子が問題児らしくて、対立してるお上の人にその子がやっちゃった悪事の数々に足を取られて中将を庇いつつも内心お怒りって感じでしたね」


 書類を持っていないほうの手で、段ボールの中の物を取り出してデスク周りに置いておく。上からのぞいている機材ではなく、底の方に手を突っ込んで大小さまざまなフィギュアを出して並べていく。特殊なこだわりがあるようで、置き方にも順番があり、少しでも動かすと、ボスの命令でも仕事を拒むので誰も触れない。癖の強いエージェントだが、有能なので、動かないとなると作業がいくつも滞って仕事にならなくなる。扱い辛いエージェントは、迷いなく並べながら、舌はペラペラとよく回った。


「その子、まだ二十代前半の娘さんなのに、長時間の拘束されたことでお母さん共々完全にトラウマ(PDSD)になっちゃって可哀想でした。あれは相当治療が必要ですね。中将も、せっかく名門カレッジに裏口入学させたのに、その甲斐がなくなっちゃって気の毒です! でも生きててよかった、そうですよね!」


 聞いてもいないことを延々とまくし立てられるが、話の半分も頭に入らない。エージェントは喋り切ると、口角をあげてしっかりと引き結ぶ。そのままの顔でずっと待っている。


「………………任務中に、別の仕事を頼んだが、迅速な返答だった」

「あのくらいちょちょいのちょいでしたよー、あの現場、基本的にお上の権力争いで暇だったんで」


 フーカーの地の報告書は速さに反して詳細なものだった。


「お前の力量がたいしたものだと思った」

「ええ、ええ。本当にね! ついにやりましたよ! 本部連中のネットワークシステムから情報を盗んできました! いやあ、あたしも去年一番の大仕事したって感じです! 自分が誇らしい!」


 首都アックスのFBI本部のネットワークから?

 眉間に皺が寄るのが分かった。


「…………………なんだそれは」


 あっと言う顔になった。


「ま、間違えました。これはボスから内密に言われてたことだったのに」


 ジャカランダ支部の長官はボスと呼ばれている。

 ボスは、最近新しくなった首都アックスの本部の長官と仲が悪い。


「ボスは何を……いや」

 

 聞かなかったことにした方がいいと判断し、話を戻した。


「俺が頼んでいた、その成果を確かめたいのだが」

「あ、ああ、うう、ど、どうぞ」


 気が動転して後生大事に抱えていた封筒を渡してきた。

 多少気が咎めないでもないが、さっさと封を解いて中身を確認する。


「………………………は?」


 目を疑う題目、内容だった。

 いや、正気かどうかを疑う。

 どこかの映画のプロットでも見せられているのではないか。


「あ! ま、間違えちゃいました! それはあたしが個人的に趣味趣向でハッキングした陸軍の機密研究所のデータ…………」


 馬鹿馬鹿しい。さっさと突き返す。


「え!? 見なくていいんですか?」

「SF映画にでもはまって現実とフィクションの区別もできなくなったのか?」


 改めて渡された書類にやっと目を通した。


「えー? ありえなくないんですよ? こことは別の時空の世界っていうかーパラレルワールドの実在とその証明と検証っていうー」

「成果を確認する」


 まだ事故で見せられた内容について引きずるのを止めさせる。


「………うー、こんなに面白いのに……はーい」


 騒がしいが、腕は良く、指示には素直に従う。

 それはこのエージェントの良い点だ。


 その時には先ほど一瞬目にした荒唐無稽な報告書のことをすっかり頭の片隅に追いやっていた。あの陸軍の機密研究所のマークは本物だったとか、日付も最近のものだったとかも。…………それが後々になって重大なキーになるのだが、この時は想像もせず、その時が来るまで完全に忘れていた。


「………よく調べたな。やるじゃないか」


 ハイジャックとしてはアクイレギア史上最長の事件と、大学院生からの調べ物と、ジャカランダ支部の長官からの指令と、ヒーカンの依頼、そして趣味趣向の機密文書へのハッキング。暇を持て余したハッカーが何をしでかすか分からないという危険性とともに。


「え? えっへへー! あたしってば有能でえ!」


 エージェントの声が遠ざかる。

 偏執的なまでに詳細で論理だった情報へと意識が沈む。


 この国の闇を覗き込んでいるようだ。

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