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黄金が降る  作者: 毎路
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90 写真日記

 荷物を置いてバスルーム直行したネムとは別に、土産物の選別を机でしていると、長いこと大自然のなかで電力を与えていなかったパソコンが充電完了のサインと共に通知を知らせる点滅で光っていた。上の兄からだった。その通知の件数をみて、慌てて連絡した。


『――ルヴィ、お前がこんなに薄情者だったとはな』

「ごめん兄貴、昨日文明に戻ってきた感じでさ、まだ確認してないんだ」


 両手を顔の前で合わせて謝る。

 すると、兄の声音が変わった。


『その服……』


 顔を上げて、兄の視線の先を探り、思い至る。

 スーツ姿を身内に見せたのは初めてだ。

 下の兄と違って、かっちりした服などまず持ってもいない。


「あ、買ったんだ。要りようになってさ」

『………仕事が忙しくて、大学の卒業式にも行けなかったもんな。そうか、ルヴィもこんなに大きくなったんだな』


「大げさだなー」


 相変わらず暗い部屋で画面の光に青白く照らされた長兄は目頭を押さえた。最近頓に涙もろくなっている気がする。


「今さら親兄弟が学校行事に来ないことにどうこう思ったりしないって」


 肩を竦め、手をひらひらさせる。

 すると、ぼそりと呟くように返された。


『…………お前もサフィもわがままを言わない。それが辛くなるんだ』

「ええ? そう、かあ……?」


 そこはかなり疑問だ。


「けっこう、わがまま言ってる気がするけど」


 学費、生活費もすべて上の兄に出してもらっている。

 当の長兄は、そういった庇護を両親から受けることはなく、独力でここまでのし上がり、弟たちの親代わりを熟すまでに至っている。


「兄貴のおかげで不自由なく暮らせてる。そうでなくても感謝してるんだ」

『ならもっと金を使ってくれよ』


 間髪入れずに返され、言葉に窮する。

 感謝するならもっと金を使えと。


「そ、それ……それはちょっと話が違わねえかな……」


 親代わりになってくれている長兄の頼みを何とか聞いてやりたいが、この兄が成功をおさめるまで、一般的な水準かそれ以下で暮らしていたルヴィにとって、求められる散財のレベルが想像もつかなくて途方に暮れる。


 例えば、あと一週間で1000万円使えと言われて、「え、急すぎ、何にどうやって……?」と頭を抱える。はじめは宝石店でデカい宝石を買おうか迷ったほどだ。ネムに用途が限定されていることに気づかなければ引き出しの中は宝石でゴロゴロしただろう。


 滅多になければいいのだが、度々起こるのだ。期間厳守で。日中真面目に学業やってて、日々の生活の買い物も近くの雑貨店やスーパーで効率厨になっているというのに。毎回ネムに泣きついて何とかしてもらっている身でこの話を続けるのはまずい。


 話題を変えようと思って、思いつく。


「あ、そういえば、オレらさ、兄貴におすすめしてもらった科学祭典(CES)に行ってきたんだ」

『なんだ使ってるじゃないか、勿論デラックスパスにしたんだろうな?』


 首をかしげると、画面の向こうの兄も同じ仕草をした。


『まさか、入場してみて回っているだけじゃないだろ? セッションに参加するには、入場料のほかに、パスが必要なはずだぞ。……ネムちゃんに用意してもらってるから知らないのか?』


 専属エージェントである幼馴染が手配してくれているのは事実だ。

 心当たりがあると言えば、優遇される目印のようなIDプレートだ。

 

「なんか首から下げてるのはあるかも」

『それで色分けしてるんだろうな。入場のみと、軽く参加する人向けのパス、全日程で300公演移譲されるセッション全てに参加できるパスがあるはずだ』


 三日前から開催されているイベントで、今日を終え、残り一日となっている。


「っていっても、オレたち、今日からの途中参加なんだ」

『なんだ、ならスターターパスか? 料金でいうと、一人当たり、入場するのみで3万円、参加するなら最低でも9万円、すべて参加するなら15万円か、なるほど』


 かかっただろう経費を計算する兄の姿。

 ……自分でこの話題にしておきながら、思いがけず大変言い辛い展開になった。


『早期割だと2万円ほど安くなるか? いや、3か月前までだからその時期は既に過ぎてるな。悪くない、その調子だ!』

「あのう……」


 控え目に挙手してみるが、聞く耳をもたない。


『明日で終了するからって遠慮する必要はないぞ。こういうのは後からアップグレードできるもんだ、デラックスにしておけ。出展数は3900社以上で、会場は3エリアに分かれている。それぞれの会場の移動には無料シャトルバスが利用できるはずだから、移動にも配慮されてる。徒歩で移動しようと思うなよ。近そうに見えて、20分はかかるからな。いろいろ見て回って損はないと思うぞ』


 それどころかアップグレードを勧めて来る。

 ところが、ついに違和感に思い至ったようだ。


『入場資格は自分たちでなんとかしたのか?』


「あー、それ……ネムが手配してくれてさ」

『ほお? それ何とかするなんて優秀だなあ、ネムちゃん。部下に欲しいくらいだ』


「む、無料で、なんだけど」


 笑顔が凍るとはこのことだろう。

 かくかくしかじか、ネムの伝手で入場資格も自力でクリアして参加していることを告げると、苦しそうな顔で兄が俯いた。


『ゆ、有能すぎるのも………』

「いいことだろ? な……?」


 兄は何も言わず肩を震わせていた。

 様子がおかしい。さては、と気づいて信じられない思いで画面を凝視する。


「なあ、兄貴、まさか……また」


 開き直ったのか、穏やかな顔になる。

 ああ、そうだぞと頷く。


『臨時小遣いをやろうと思ってな。先月使い残ったのがあっただろ? その二倍くらいだ。頼んだ』


 思わず立ち上がってしまう。


「使い残ったの意味わかってるう? 使い切れないから残ってんの!」


 金の無心ならぬ、押し付け。

 世話になっている手前、そんなこと言いたくはないが、金で身を持ち崩す身内になったら一体どうするというのか。


 いや………兄の場合、喜んで金をつぎ込みそうだ……。


 容易に想像できて、苦い顔になる。

 現に両親はもっとダメダメになっている。


 重々しい口調で兄がしゃべりだす。


『あのな、お前たちに割り当てたのが使いきれなかったから、新たにそれを使って携帯ツールを開発してもらったんだ』

「へえ、じゃあ使い切ったんだ」


 稼ぐ以外にもできるではないか、と感心していると、首を横に振られた。


『それが今度、一般に運用されるようになった』


 特許を取ったんだ、と兄がぼそりと話す。その開発社に出資したのが兄ということになるので、また銭が泡のように産み出されたという。


「え、それ、元本よりどんくらい……」


 増えたのかと聞くには、兄の顔が悲痛過ぎた。

 話をずらそう。


「そ、そのツールってどんなやつなんだ?」

『――平たく言うと、フォトダイアリーだ。個人の日常の写真をツールのシステムに保存して絵日記ならぬ写真日記にした感じだ。ただし、これをツールの上でグループを作り、そのグループ内では日記の内容を共有することができるというものだ』


 兄は顔を真顔にした。


『そして俺は弟たちの楽しんでいる日々の様子を見たい』


 整理しよう。

 開発した原動力はそこにあるとして、求められていることは。


「えーと、おーけー。つまり、兄貴とオレとサフィ兄がまずそのツールを使えばいいんだな」

『ああ。あとネムちゃんとイカロもだ。サフィはうまく行っても楽器の写真しか保存しないだろうから』


 イカロとは生活力のない下の兄の保護者にあたる人物だ。

 ルヴィにとってのネムと同じ感じ。


『ネムちゃんがこんなおじさんに写真を見られるのがいやだったら、ルヴィの写真だけでもいいからぐルームに入って保存してほしい……』


 兄が見たいのは、ルヴィたち弟の姿なので、被写体を撮る存在が別に必要だ。つまり、そういった意味でネムたちともグループを作りたいのだ。


 そしてルヴィが写真と聞くと、今回の旅のベストショットが思い浮かぶ。

 ヒーカンに連れて行ってもらったジャカランダの浜辺のネムが一押しだ。


「いい写真たくさんあるぜ。最高に可愛いネムの写真がなあ! オレとネムのツーショット、そしてヒーカンとのスリーショットも乞うご期待!」


 ぐっと親指を立てた。

 画面に白い光が反射する。

 兄が静止の意味で、顔の前に手を出したからだ。


『いや、肖像権の問題がある。まずは内輪だけにしよう。広げるとしても、イカロやネムちゃんの身内までだな。爺さんにはお世話になっているし』


 弟の姿が見たいために、どんどん輪が広がっていく。

 上の兄の行動はこういう特徴がある。


 ぶつぶつとこれからの算段を呟いている。


『一般に流通するのはまー、3か月後くらいか? それまでに枠を決めて、それ以上は制限を掛けるようにしよう』


「あー、細かいとこは任せてるぜ、兄貴」


 詳細を詰めるのが苦手なので兄に全部放った。

 シャワーの音が止まる。


「ネムが戻って来るみたいだ。じゃ、早速そのツール送ってくれよな」 

『ああ、任せろ。お前たちも写真の保存を頼んだぞ』


「はいはーい」


 携帯のアルバムツールを開いて、ジャカランダでの思い出を開く。

 浜辺で鳥が舞い、オレンジ色の砂浜に光る波が打ち寄せている。

 そのなかで薄青色の少女がしゃがんだ状態でこちらを振り向き、可笑しそうに破顔している。


「うーん、美少女………」


 写真コンテストに出したら優勝待ったなしだなと頷く。

 

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