89 科学祭典
「――と、このように生鮮食品に限らず、調理された料理を入れると、自動的に判別して最適化して乾燥させることで、誰でも簡単に保存食を精製することができます。乾燥させることによって元の体積の34%まで圧縮させることができるので、持ち運び、備蓄にも便利です。さらには、元の水分よりも少ない量で戻すことが可能です」
ははあ、と感嘆の息が周囲から上がる。
本国の中小企業のブースで、社長自ら家電の説明をしてくれた。名前も聞いたことのない中小企業だったけれども、アクイレギアの大事件の教訓から重要視されている食糧保存の最先端技術を有する企業の一つと目されているらしい。
「……これ、長期間のフィールド調査で使えそうだな」
最前列で思わず呟く。今回のノリス教授とのフィールドワークはたった5日間だったが、それでも大量の食料が必要で車内が圧迫されたので、現場で重宝されるに違いない。
すると、しっかりとそれを聞き取ったらしく、にっこりと笑顔を返される。
「とても興味深い商品でした。ありがとうございます」
『こちらも未来ある我が国の若者とこのような場所で出会うことが出来て嬉しいよ』
にっこりと笑まれ、もう一度挨拶をしてブースを離れた。
ネムが後ろからついて来るが、今もこのルヴィたちが首から提げているプレートに気づいたブーススタッフの、笑顔でこっちへ来いという念を発する圧を感じる。
「この特別らしい入館証のせいだろうな。めっちゃ注目を浴びるし、どこへいっても異様に大歓迎してくれんだけど、居心地悪くてすっかり本国のブースばっかり回っちまうな」
他の国々の企業のブースとは違い、珍しい学生を見たという新鮮な目で歓迎してくれる。
「代表取締役にCEOがわざわざ来ているなんて、そんなに格式高いのかしら?」
そう言いつつもネムは周囲を気にしている。
まるで誰かを探しているような。
「この祭典の節目っていうのもあるんだろうな」
コンシューマー・エレクトロニック・ショーを略してCESとされたのが始まりらしく、1967年1月から続いている。ちょうど今年1月で120年だ。特別なショーもあったらしいが、それは初日で終わったらしい。なんでも有名な俳優や女優を招待して盛り上げたとか。
腕時計を確認すると、既に夜だった。
「うわ、昼食も抜いて夢中になってたな」
沈黙がルヴィたちの間に落ちる。
「………一度、外に出て食事をする?」
「あのレッドカーペットな……」
こんなにも乗り気ではないのは理由がある。一般ゲートとは別に特別ゲートがあり、ルヴィたちはなぜか必ず後者を案内されるのだ。映画俳優たち、あるいは王侯貴族やセレブたちに相応しいような真っ赤な絨毯を踏むことになるとは。
「そんなつもりで来た服装じゃないから場違い感が半端ないぜ……」
がっくりと肩が落ちる。CESの列に並んで、持っていたIDを入場の時に提示すると、慌てたように他のスタッフがやって来て、特別ゲートに案内された。列に並んでいる時には周りと違和感のないビジネススタイルが嫌な意味で浮いてしまったのを思い出す。
他の来場者たちはドレスアップした正装なのだ。
疑いようもなく、本物のVIPたち……。
「まっ美人具合はネムがおそろしく圧倒してるけど」
ドレスを着ていても、素材の差は誤魔化せない。
立ち居振る舞いの品の有り無しも存在する。
思い返すとむかっ腹が立ち、地団太を踏む。
「飾り立てるものがなんぼのもんじゃい。ピンク娘め!」
「ぶつかりかけたこと、まだ腹を立てているの?」
腕を組んでそっぽ向く。
「そんなんじゃないやい」
会場に入るときのことだ。汚れ一つないレッドカーペットに恐縮して端を歩いて階段を上っていた。すると上からどすどすとピンク色のカクテルドレスを着た、ルヴィたちと同年代ぐらいの娘が降りてきてすれ違ったのを思い出す。追いかけるように父親らしい男性が娘を追っていた。
その際に、ルヴィたちを見て立ち止まり、ネムをちらりと見て顔をしかめた。しかし上から下を眺めて鼻を鳴らして階段を下りて行った。そのことを思い出すとふつふつと怒りが再熱するのだ。
「なあ、ネムもドレス買わね? なんならオレが見たいまであるけど!」
怒りからの提案だったが、いい案に思えてきたが、ネムは迷いなく横に首を振った。残念……。
「出入場で違和感がなくても、会場の中ではそれこそ浮いてしまうでしょう。参加しに来たのに、ドレス姿で回るなんてできないわ」
頷ける話だ。パーティーに来たわけでもない。
ここに至る経緯を思い出す。
「……まさかさあ。ネムのほうから科学祭典に誘われるとはな」
「わたしも、ルヴがお兄さんから先に勧められていたとは思わなかったわ」
互いに苦笑いした顔を見合わせる。
ずいぶん昔のことのように感じられる列車旅の一日目のこと。
知らないのも無理はない。
ネムが眠っている間に、場所を離れて上の兄と話した内容だからだ。
あとでネムにお願いしてみると言ったのに、完全に忘れていた――ネムのほうから誘われるまでは。
「でもさ、入場制限もあったのによくクリアしたよな」
18歳以上の何らかの取引を目的とした企業、あるいはメディア関係者のみが入場・参加することができる。参加希望者は事前に主催者側にビジネス証明書を提出する必要があり、参加者の友人・家族も入場できない。
通常、ルヴィたちは入場資格がないのだが、もし行くのなら、上の兄が臨時職員として登録してくれると言っていた。ところが、ネムはそんな工程を踏まずに参加できるよう整えていた。超絶有能すぎね……?
「まあ、ね」
そっと薄青の瞳を伏せたネムが顔を逸らした。
何やら訳があるらしい。
幼馴染とはいえ、何から何まで共有する必要はない。
話したくなったら話すだろう。
話題を変える。というより、元に戻した。
「じゃ、まずは今日二回目の食事をしに行こうぜ。時間を知っちゃってから、いい加減腹が減って仕方ねえよ」
ゲートの係員に強制的に案内されたゲートから出たところから見下ろせる赤いカーペットの階段の下には、グラファイトの光沢の車が止まっていて、既に扉のところでドアマンが控えていた。
「え、あれに乗れってことか?」
「……………………そうらしいわね」
異様なほどの露骨な対応の良さ。むしろ、良すぎる。ネムは一体どのようにして………いや。俄かに気になったが、我慢する。困った顔のネムを見ればなおさらだ。
「よし行くか」
見知らぬ誰かに蔑ろにされた。
たとえそれが一瞥によるものであっても。
腰を折り、恭しく手を差し出した。
「お手をどうぞ、お姫様」
代わりに、ルヴィが、誰よりも大切にしようと思った。
この道は、何故か男女ペアが基本らしく、まさに想像する社交界のようだ。
柄でもないことは自覚していたけれども、その場の雰囲気でまじめに押し切る。
びっくりしたように見開かれた薄青の瞳を見ていると緊張するので視線が泳いだ。
「…………ありがとう」
触れてきたのは慣れた温度だ。
子どもの頃からずっとこの手を握って遊んできた。
こんな見世物のような道もなんぼのもんじゃい、男は度胸だ、と意を決して階段を下りていく。そして下まで降りるとドアマンが扉を開くために控えているはずが、なぜかその視線はルヴィたちを通り過ぎて上を向いている。
不思議に思って背後を振り返ると、ちょうどルヴィたちの後に特別ゲートに誰かが出てきたらしい。男女ペアが単位のようなこの道の上で――その人物はたった独りで佇んでいた。明るい会場の光を背にしているので、姿は判別できない。しかし逆光であっても、まるで王者のような風格を感じた。きっとこの高貴な道に相応しい存在なのだろう。
眩しさに細めていた目をドアマンに戻した。それより車だ。
「あのー」
「っ失礼しました。どうぞ」
声を掛けると慌てて扉を開けてくれる。
「レディーファーストだぞ」
「あら、いいの?」
くすりと笑ったネムを先に入らせてそれに続いた。
心イマイチここにあらずといった状態のドアマンが扉を閉め、車が発進した。
運転手付きの送迎車。世界が違う。
「はあー、慣れねー」
車窓からもう一度見上げたゲートの人影は背を向けて会場に戻る。
その背に翻る、長い髪が印象に残った。出てきたのに戻るなんて。
「………忘れ物でも思い出したんか?」
独り言をつぶやいていると、幼馴染が隣から携帯の画面を見せて来た。
「ねえルヴ。食事だけれど、ここに行くのはどう?」
「……へえ、いいじゃん! 学生っぽくて」
アクイレギアらしいバーガーショップだ。
携帯のマップツールで周辺を見せて来た。
繁華街で、人々がにぎわっている写真が載っていた。
「その後にお土産を買いに行きましょう。アパートのみんなと、カレッジでお世話になった人たちに」
そう言われると、リグナムバイタでの生活が日常になっていたのに気づく。
いつだったか、旅行中に、里心ついたと答えたネムもそうなのだろう。
「おし! 空きスペース一杯にお土産を買い込むぞ」
早速、ドライバーに行き先を告げた。




