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黄金が降る  作者: 毎路
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 最新技術の祭典CESは非公開である12月の先行会のあと、1月初旬に一般公開される。毎年シンシティのコンベンションセンターに、世界の最先端テクノロジーが集結する。センターの敷地は広く、三つのエリアに分かれている。うち二つは隣り合っているが、最後の一つは距離がある。モンステラ社が提供する車の送迎で会場の地下トンネルを通るが、外を走らせるように指示していた。車の天井は硝子張りであるので、シンシティの街並みのネオンの光が座席を照らしている。

 今回パートナーは不在だ。

 外の景色の中で、不意に目に触れたものがあって、止まらせる。


 薄青色の髪、庇うように掲げられた細い腕――大きく振り上げた男の手をつかみ上げると、彼女は顔を上げた。


「………んだよ。っち」


 男は酔っぱらっており、レギナンドの顔を見ると、悪態をついて逃げて行った。

 ボディガードが近寄ろうとするのを手を振って下げた。

 彼女がこわばった顔のまま言葉もないのをみて、こちらから声をかけた。


「怪我は」

「………ないわ」


 ぎこちなく彼女が顔をそらした。

 するとそれ以上近づけなくなる。

 レギナンドの知られたくない恥部を知られてしまった今では――いや、それ以前も容易には近づけなかった。


「あなたは、カジノを?」

「いや」

「…。…そう」


 せっかく振られた会話も、すぐに終わってしまう。

 気の利かない自分に愕然とする。


「助けてくれて、ありがとう。このお礼はまた今度するわ」


 彼女はしゃがんで地面に落ちた紙袋を抱えた。

 中身が零れているのを、拾う。 


 ――試験が終わるまで、連絡は控える。

 そんな文面が頭によみがえる。


 次に何かあったのか、旅行中でしばらく連絡が取れなくなる――と。それを思い返すと、頭がつきりと痛んだが、果実を受け取り、逃げるように身を引いて去ろうとする彼女を引き留める言葉を優先した。


「ここへは――滞在を?」

「………ええ、そう」


 話しかけられると無視が出来ないのだろう。

 仕方なく足を止めてこちらを振り向いた。


 彼女が、基本的に一人では行動しない性質であることは知っている。

 誰と来ているのかは自明だ。尋ねる前に気づけたのは幸いだ。


「――送ろう」


 送迎用の車は止めさせたままだ。

 レギナンドが後方の車に目を向けると、彼女は紙袋を抱きしめて一歩下がった。


「大丈夫よ、要らないわ」

「こちらへは何をしに」


 我ながら、詰問染みた問いかけだ。

 内心で歯噛みする。


 しかし彼女も思い通りにならない様子だった。


 逃げたそうにしているのに、会話が続いているので逃げるに逃げられないと言った顔で――それを見て取ると、頭の片隅の痛みが和らいだ。


 諦めたように体もこちらを向いた。


「……ルームメイトがレッドロックキャニオンに来たいと言っていたから来てみたの。ここから車で30分で行けるでしょう? 今はその帰りよ」


 息を飲み、瞠目した。あのときの。

 夢か幻か――その疑いはこれからわかる。


「――先月もここへ?」


 戦々恐々としているのをレギナンドは自覚した。

 普段聞こえない鼓動が耳元で鳴っているようだった。


「え? ええ。話していたかしら? ここで車を手配したからそれを返却するために戻って来て、そのままここに少し滞在する予定よ。しばらく大自然の中で過ごしていたから、文明の利器のありがたみを感じているところね」


 彼女は首をかしげたが、なんということはない。レギナンドはあの時見た二人がやはり見間違いではなかったのだと認めただけだ。幻覚ではない。しかし、その事実は不思議なほどレギナンドの気を楽にはしなかった。


 レギナンドは振り返り、手を振って送迎の車を帰した。


「………行ってしまったわよ?」

「少し話をしたい。歩きながらでも」


 事実を捻じ曲げた発言をして彼女を混乱させた女。出したその言葉をその女の口の中に戻すことはできない。しかしそれを正そうとしたところで、レギナンドの今までのとんでもない過去の行いを口にすることだけは避けたかった。


 懇願するような物言いになったが、それで少しは絆されてくれたらしい。


「……車を帰してからそんなことをいうかしら」


 彼女は呆れたように言った。

 先ほどよりも気が緩んでいた。少し悩んだのち、彼女は頷いた。


「……いいわ。ルヴもわたしが起こさないと起きないだろうし」

「――そうか」


 その名前を訊くと不可解なことに息が苦しくなる。


 紙袋を受け取ろうとしたが、首を振って断られる。

 並んで歩くが、そう進まないうちに咽るようなアルコールの呼気が漂う。

 彼女を引き寄せると、膝を崩しながら怪しい歩みで闊歩する酔っ払いが通った。


 泥酔した男たちはとある店から出てきており、レギナンドは咄嗟に目をそらした。


「――ここは男性が多いわ。あなたもそうなのではない?」


 あの、赤髪の女の顔は忘れないだろう。

 しかし元をただせばレギナンドの行い自体が因果となって報いを受けている。


「いや……」


 カジノ以外、あるいはカジノとセットになっている接待のことを暗に言われていると察して首を振った――その瞬間だ。


 彼女はうっすらとわらった。


 そういった接待の存在を知っていることが伝わってしまったと知る。

 何かを言おうとして、喉につかえて咳き込んだ。


「そういったことがあると分かっているから」


 彼女の声がまるで天上の裁定のように降ってくる。脳でその言葉を理解した時、それはあの、彼女が共に過ごしている男も同じなのだと思っているのかを問いただしたくなった……言えるはずもない。


「私は……」


 何を言おうとしたのか自分でも分からない。

 弁明をしようとしたのか、否定しようとしたのか。


 分からないまま、結局喘ぐように言葉もなく首を振った。

 頭の片隅がつきりと痛んだ。


「……私は……」


 頭を抑えると、彼女が近寄って来た。

 その手を掴んだ――道端で足を引きずって歩くのを見つけた、あの時のように。


「……レド?」


 その呼び名が、レギナンドだけ(・・)を指し示しているように思えた。

 呼吸を整えて答えた。


「私は……CESの祭典に来ているだけだ。いつもよりも男の比率が多いのはそういうことだろう」


 スーツに身を包んだ男が多い理由は、そうなのだ。

 透き通った瞳を見つめる――と落ち着かない心地になる。


「いつも、ね」


 彼女は少し笑った。

 彼女とのこの会話のうちで、何度自分に絶望しただろう。


「シンシティの常連ではないにしてもそれなりに来ているようだわ」


 失態を悟ったが、彼女の雰囲気がふと柔らかくなるのが、酷く苦しい。


 彼女を拘束している手の上に空いている手を添えられた。

 歩きましょう、と眉根を下げて言う。

 彼女の手首を握ったままだったが放せとも言われない。


 ……言われないことを良い事に、そのままにしている。


「わたしの知り合いとは違って、あなたは負い目を負っているようにみえるけれど」


 彼女の身内がどういった者たちかは知らない。

 しかしレギナンドと同じく碌でもないのだろうと察し、押し黙った。


「ねえ。CESってなあに?」


 並んで歩きながら、彼女が顔を覗き込んでくる。

 どこか野外で長時間いたのか、胸元で交差した紐の日焼け跡が見えて目をそらした。


「テクノロジーの祭典だ。各企業が最先端技術を展示する見本市だ」

「まあ。ルヴも興味を持ちそう。来年誘ってみようかしら」


 彼女が呟くのを聞いて、レギナンドは首から下げていたIDを渡した。


「今回のCESのパスだ。機会があれば来るといい」

「え……も、もらえないわ。これ、レドのでしょう!?」

「こちらで二人入場できるようにしておく。私のは予備を持っている」


 そもそも誘うものなどいないのだから不要のものだった。

 こうして彼女が使うのなら、いい仕事をしたとCOOを労ってもいいだろう。


「誰でも招待したいものがいれば、と寄越してくるものだ。同伴者の人数も制限がない」

「……ありがとう。ルヴに聞いてみるわ。いつまでやっているの?」


 ここまで言うと、彼女は手を伸ばさないことを無礼に感じたのか、恐る恐ると言った態で受け取った。もしかすると、彼女の姿を見ることがあるかもしれない。


「あと二日間やっている。朝の10時から夜の10時まで」


 それでも声を掛けることはないだろう。

 遠目で――眺めるだけだろう。


「そうなの。分かったわ。――あなたもシンシティを楽しんで。私はここのホテルだからもういいわ。後ろからついてきているボディガードさんにタクシーを呼んでもらって戻って?」


 彼女は小さく笑うと、シンシティにしては静かな場所にあるホテルへ顔を傾けた。シンシティは何度も訪れたことがあるが、こんな場所があるとは知らなかった。


 名残惜しく、引き留める言葉が口を突いて出た。


「――他に何か手伝えることは?」

「助けてくれてありがとう。今度お礼の品を送るわね」


 不可抗力で、出会ってしまったことは彼女にとって気が咎めるものだったらしい。ホテルを背にして彼女は気が緩んだ様子だった。


「あら……そういえば、あなたの部屋って」


 懐から手帳を出して書とめ、破って渡す。


「………ここに」

「わかったわ」


 彼女ははたと気が付いた顔をして、無警戒にレギナンドが差し出したアドレスの書かれた紙を受け取った――いつか、レギナンドがされたことを自分がしている。彼女がレギナンドのように、自宅の所在が書かれた紙をトラッシュボックスに捨てることがあっても仕方がない。回り回って行いが返って来るということと受け入れよう。


「あなたは何が好きなのかしら。ほしいものは全部持っていそうだし、私が用意できるものはあなたの水準には届かないかも」


 きちんと考えてくれるようだった。それならば、渡したアドレスは無駄にはならないだろう。やんわりと拒絶されたために、次に会う約束すら取り付けられない。


「楽しみにしている……」

「楽しみにされると……そうね、困ったわ。本当に何があるのかしら」


 彼女が受け取ったチケットを口に当てながら考えている。

 悩んだ末に、彼女が何を結論付けたのか気になった。


「わたし……あなたにお礼であげられるようなもの、何もないわ。お金くらいかしら」


 彼女から贈られるものは何でもいいと思ったが、想像もしなかった、この世で最も味気ないもので、レギナンドにとって不要なものにショックを受けた。この時になってレギナンドは自分が刹那的で愚かなまでに楽観的な人間だったと認識せざるを得ない。


 あまりのことに、彼女の持っているものの中で、レギナンドが一番欲しているものは口にすることすらできなかった。


「――冗談よ」


 彼女は困ったような顔をしていた。

 揶揄われたのか――事態をようやく把握する。


「また、祭典で会いましょう? ルヴはきっと行きたいっていうわ。会えるかわからないけれど、縁があればまた」


 彼女はホテルへ向かいかけた足を止めた。

 戻って来ると、両手で――片手はチケットを持ったまま――レギナンドの右手を包み込み、顔を覗き込んできた。


「ありがとう、助けに来てくれて。あの時あなたが来てくれて、安心したわ」

「―――」


 彼女に手を伸ばしかけたと同時に彼女は離れた。


「それじゃあ。気を付けて戻って」


 彼女は今度こそ振り返らずホテルへ戻った。

 建物へ入るまで見送って、レギナンドは彼女が触れた右手を眺めた。

 後方からボディガードがやって来る。


「迎えを呼びました」


 レギナンドは頷き、それに返した。

 彼女は戻り、レギナンドもまた――。

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