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黄金が降る  作者: 毎路
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87 ゾディアック

 十数日利用したレンタルした車に燃料を満たしてから返却する。すると、今まで楽に移動出来ていたのが、急に大きな荷物を抱えての徒歩になった。タクシーを呼んで予約しているホテルに向かった。


「ちょっとホテル群の中心地から離れただけで、こんな落ち着いたところがあるんだな」

「比較的こじんまりとしていて、静かでしょう? それに、電子レンジも、食洗器も、食器も、冷蔵庫も、何でもあるのって素敵よね」


 ルヴィがホテルの設備を見回してほおと息を吐いた。


「これスーパーで買ってきて料理できるんじゃね。家かよ」

「いいでしょう? でも飲み水はないから、買って来なきゃ」


 するとルヴィが欠伸をするので、スーツケース二つを両手で引いてくれていたのを受けとって、バゲージ置き場においてから尋ねた。


「休む? それともコーヒーでも飲んで起きている?」

「あれ、ここでなんかやることある?」

「実は、温水プールとジム付きなの」


 ルヴィに部屋に置かれた説明書を読みきかせた。このホテルのルールだ。朝食はヴィッフェ形式で、平日は6時半から9時半まで、土日は7時から10時まで。プールは朝の8時から夜10時まで。ジムは24時間。ランドリーで洗濯は2.5ドル、乾燥が2ドル。


「どーしよっかな」


 ルヴィは呻きともため息ともつかない空気を漏らして、窓からの夜景に頷いている。


「さあっすがシンシティは、ホテルばかりだな。外からの客を集めてるって感じがもろにする。……あ~、ネムさんや、ここはおいくらですかな?」

「二人で一泊400ドルよ」


 何にもならないおしゃべりに付き合っていると、ルヴィはガバッと顔を上げる。

 その瞬間だけ眠気が吹き飛んだ顔だ。


「え?? 朝食、ジム、プール付きで????」

「そうよ」


 驚いた顔が面白い。

 背もたれにぐったり体を預けたルヴィがははあと頷く。


「……だから冬なのに、水着を用意するように言ってきたんだな?」

「ええ。温水プール、一緒に入りましょう?」

「………疲れが取れたらな」


 軟弱者め――どうして皆ついて来れないのだろう。

 口を尖らせたが、すぐに思った通り自由度の高い設備に浮き浮きとした。


「いい所見つけてよかった」


 ルヴィはソファにひっくり返り、色眼鏡をローテーブルに置いて両手で顔を覆った。


「あー、目が痛~。カラーレンズじゃ追いつかね、日差しが強すぎ」

「ちょっと休んでいて。私はスーパーで買い物をしてくるわ」

「待って待って。オレも行く」


 慌てて窮屈なソファから起き上がろうとしたが逆戻りしてしまう。慌てすぎだ。体力の限界は見て取れたので、一言足して断っておく。


「ここは治安がいいから大丈夫よ、ひとりで。何食べたい?」


 治安を聞いて、浮かせた顔をそのまま背もたれに預けた。

 すっかりソファに懐いてしまっている。


「んーなんでも~ネムのお任せで~」

「ルヴ? 寝るのなら、シャワーを浴びてからに……ってもう」


 既に寝息を立てている。

 連日の外での宿泊に疲れ切っていたのだろう。


「占いの結果にがっくりしていたのもあるわね」


 旅行前に学友のルドラに頼んでいた占いからすると、ルヴィの旅行運は最悪とのことだった。頭から占いを信じるわけではないけれども。


「どうりで……いつも以上に上手くいかないわけだわ」


 思い返すと、秋休みの欧州横断列車に乗る予定は入院で取りやめになってしまったし、今回の冬休みのアクイレギア横断鉄道ではハイジャック事件が起きた列車だったし、計画にない予定が入って来てキャンセルと調整続きだった。もっというと、この留学ですら、ルヴィの手続きにあと少し遅かったら間に合わないトラブルもあった。


 ルヴィの占いはちゃんとしたものが届いていたが、ネムの結果は出生時刻か出生地が違うのではないかとのことで鑑定不可だった。留学時期からすると合わないらしい。


「…………また適当なことを教えたのね」


 適当な人だから、伝えられていた情報が間違っていたのだろう。せめて、ビックイベントがあれば、そこから出生時刻を逆算して割り出すことができるらしいが、二十代前半のネムにとっては、身内が死んだことがなければ、大病をしたこともなく、就職もしていないし、大恋愛の経験もないく、結婚もしていない。


 ………そういえば、ルヴィは結婚をしないかもといっていた。年をとっても研究に明け暮れている姿しか想像できなかったので納得した。ともあれ、人生で起きたイベントを手掛かりに、割り出すこともできないのだという。


「わたしもみてもらいたかったのに」


 しかし伝えられていたものと違っていたのならば仕方がない。

 ぐっと伸びをして振り返る。


 掛布を巻き込んでぐっすりと眠っているルヴィは宣言した時間になっても起きそうにない。久しぶりのきちんとしたベッドだ。キングサイズベットとソファベッド、キッチン、アイロンスペース、書斎、レストルーム、シャワールームがついている。キッチンはコンロが2つ、アクイレギアらしくコーヒードリップつき。つまり、自炊が出来て、勉強もできる。これが、ネムが選んだシンシティのホテル。


 フィールドワークに同行して、何某かの感銘を受けたルヴィは、触発されて文献を読み漁るのではないかと思ったから。


「行ってくるわね」


 返事の代わりにむにゃむにゃと寝言が返って来る。









 ホテルから最寄りのスーパーに行くと、期待していたものはなかった。肉や野菜があるかと思ったが、パッケージに詰められたカットフルーツ、サラダやサンドイッチ、チップスとチップスに付けるソースぐらいだった。………ホテルの中のショップで冷凍食品を買った方がよほど料理出来そうだ。


「何でもいいと言ってはいたけれど」


 冬のシンシティは寒いので、温かいものを作ろうと思っていたネムは悩んだ。冷凍食品を温めてもいいし、ここでサラダ類を買って食べてもきっとルヴィは不満に思わない。


「ここのところ簡易的な食事しかできなかったのだもの。せめて温かいものを食べたいわよね?」


 食料コーナーの前から立ち上がった。

 水を買って移動するのは重いので、ホテルに戻ってから1階のショップで買えばいい。


「やっぱり少し距離があるけれど、あのマーケットに行くのが無難かしら」


 フィールドワークの同行の準備でも利用したマーケットは生鮮食品も揃っていた。あの時は諦めたけれども、野菜と肉を買おう。簡単なシチューでも作りおきけば、きっと喜んでくれる。


「ここからだと………いい運動になるわね」


 携帯のマップツールを閉じて、いつものショルダーバッグに入れた。

 斜め掛けにしているので盗難防止、そしてバッグの底にはスタンガンもある。


 ここに来たときには周りを見て回れなかった。

 明るい内は印象の大人しい都市だ。 


 歩きながら周りを見ていると、観光客丸出しなことに気づく。そんなんではスリなどの格好の的だというヒーカンからの注意を思い出す。その言葉に従うのは良い気がしないけれども、トラブルに巻き込まれるよりはよっぽどいい。


 そういえば、外つ国では目が合えば愛想よく笑うのがマナーという。でも、本国では通行人と目を合わせるのはトラブルのもとになりかねないから避けている。


「どっちがいいんだか」


 コートの襟もとをしっかりと閉じてマーケットへ直行した。カゴの中に新鮮な肉と野菜と果物を入れていく。調味料はフィールドワークの前に買っていた残りがあるので、紙袋に入れてマーケットを出た。


「思ったより時間がかかってしまったわね」


 空は既に薄暗くなっていた。ネオンが真昼の太陽よりもぎらぎらと輝いているが、往来する人々の多さと相まって怪しい雰囲気だ。慌てて、ネムはホテルへ急いだ。


 来た道を戻るだけ。紙袋を抱えて足早に進もうとしたら、柄の悪そうな男が前から来るところで、それとなく避けようと思ったのだが――運悪く目が合った。


「何見てんだ?」

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