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黄金が降る  作者: 毎路
83/95

82 送り狼

「……本当に、バスで移動するのか」


 砂煙を巻き上げてやって来た20分遅れのバスを見遣り、ヒーカンが理解しがたいものを見る目を向けて来た。失礼な。それにしても、せっかくの特別休暇なのに、ルヴィたちの遅延しているバスの見送りまでするなんて、第一印象と異なり甲斐甲斐しいやつだ。


「そんなに変かー? ここにいる人らもオレたちと同じバスの乗客だろ?」


 先日買ったばかりのブラウン系のカラーレンズが鼻からずり落ちる。

 鼻が低いのはデフォルトだ。

 直しながら、バス停回りにたむろしている乗客たちを示す。


「変わり者ここに集えり、だな。ジャカランダからシンシティまでは飛行機がある。1時間半で着くぞ。わざわざ5時間以上かかるバスを選ぶか?」


 呆れた目だ。そのヒーカンの服装は黒いシャツにジーンズというシンプルでラフな格好をしているが、対するルヴィたちは冬の服装だ。何気なく人種による肉体の強靭さを見せつけられる。


「そこまで言うか?」


 ここまでディスれるのは、周囲の目を気にするという習慣がないせいだろう。


「いいだろ、わざわざ時間をかけてバスに乗れるのは今しかないんだよ」

「飛行機はいつでも乗れるわ。それこそ、時間のない時にね」 


 白い日傘をさし、サングラスをかけたネムは、手持ち無沙汰に水色のスーツケースの上に座り、足を揺らしていた。……すぐに厳しい父親のようなヒーカンに見咎められ、口を尖らせながらも両脚を揃えて止めた。


「今しかできない経験ってやつだよ。ここじゃバスの運転もアクロバットでデンジャラスなんだろ? オレらはさ、そんな大雑把で大味なアクイレギアを体感したいわけ。加えて、冬休み中の時間を持て余した学生でもあるわけだ」


 胸を反らすと半眼を向けられた。


「その割に、日程が詰まっているじゃないか。イクシオリリオン人は古めかしいスケジュール帳を使って、予定を詰めるのが生きがいだと聞いたが本当らしいな」


 鼻を鳴らし、ぼそりと付け足す。


「………繊細なイクシオリリオン人がこっちのドライビングに耐えられるのか?」


 ヒーカンの運転は、猛スピードも急ブレーキもなく、実に安全なものだった。 

 改めてそう言われると、不安になる……。


「酔い止め薬を飲むのを忘れないようにするわ」

「さすがネム」


 手のひらくるりー。

 ネムの持参している常備薬のポーチが頼もしい。

 理解に苦しむ、と零したヒーカンの口からため息が吐かれる。


「――目的地はレッドロックキャニオンと言っていたな? シンシティから30分程度とはいえ」

速度無制限の高速道路(アウトバーン)な。めっちゃくちゃ楽しみなんだ。ちなみに、運転手は勿論、オレ、オレ、オレ~」


 歌っていると、ネムから温かい目をもらう。

 深刻な顔でヒーカンがネムにいった。


「……トラブルがあったら連絡しろ」


 曖昧な顔をしたネムに代わり、力強く頷いた。ヒーカンの家で携帯の充電は済ませてきた。昨晩、自分たちの充電器を使おうとしたのだが、ヒーカンの家には据え置きタイプで一気に三台充電できるのがあり、朝にはフル充電。緊急時の連絡手段も準備万端だ。


「おう! 世話になる気満々だから、もしもの時はマジで頼んだからな」

「………何事もないよう祈ろう」


 視界の端で呆れたようにパラソルをくるりと回った。

 野郎どもの話が詰まらなかったのかもしれない。


「ジャカランダは、お前たちの期待に沿えたか?」

「移住先に選ばれるだけあるなって感じ」


 ケッペンの気候区分、Csaは伊達ではなかった。

 冬でも温暖で乾燥した気候は快適だった。


 数十分の遅刻にも関わらず、ようやくバスから車掌が降りてきて、チケットの確認をし始めた。


「じゃあな」

「ここまでありがとう」


 荷物を載せて、バスに乗り込む列に並ぶ。

 後ろからヒーカンの声が掛かった。


「運転には気を付けろ」


 ぐっと親指を立てたのに、眉間に深いしわが寄っている。バスの中から見えるジャカランダの景色は、聖夜の後の光の消えたモニュメントが物悲しく見えた。バス内の乗客はそれほど多くない。普通は、ゆっくり家族と過ごすのだろう。


 ………ヒーカンはひとり、家に戻るのだ。

 窓を開けて顔を出そた。


 息を思い切り吸い込み、叫んだ。


「ヒーカン! 良いお年をー!」

「馬鹿が! 危ないから窓から身を乗り出すな!!」


 エンジン音が唸り声をあげて出発した。ヒーカンとの感動的な別れを終えて、ルヴィは背もたれに体を預けた。シンシティに着くころには夕方で、ジャカランダでの滞在を一日延長したのでその分、やることが詰まっている。今のうちにしっかりと英気を養おうと目を閉じると、今朝出たヒーカンの家が恋しくなった。


「…………またな、ヒーカン」


 とはいえ、なんとなくまたすぐに会えるような気がしている。











 排気ガスを大量に吐き出したバスが遠ざかった。その後姿が見えなくなるまで見送った。そこに理由は特にない。空を見上げると、まだ正午にもなっていないが、ふたりが目的地にたどり着くのにはまだまだかかる。金銭面で問題があるはずがないのにも関わらず、時間と労力のかかる移動手段を選ぶ感性は理解に苦しむ。


 ――仕込みは終わった。

 見る影もなくなったバスに背を向け、車に戻る。

 行き先は、自宅ではない。


 自宅のパーティーに招き、充電がなくなったという二人に家の備え付けの充電器を貸した――と同時に、電源が落ちていても居場所がわかる様に改良したツールを潜ませる。今度は盗聴()できるように。その設定は開発者(エージェント)が支部に戻って来るまでお預けだが。


 エンジンをかけると同時にラジオから、先日から世間を騒がせているハイジャック事件について流れた。


 首都行列車のハイジャック事件。このために、大陸横断鉄道は全便停止している。数日間にわたる乗車チケットの払い戻しと従業員の雇用と保険の支払いなど多額の金が動いた――こうしている今も動いている。有効な対策が取られていない。その実態は、ハイジャック犯が要求する内容をそのまま飲むかどうか、面子の問題で揉めているという。


「前代未聞だな」


 陸海空軍の仲の悪さは有名だが、その仲間内での対立がここまで表面化することは今までにないことだった。


 あの平和ボケしたふたりに付き添っていると途端に時事に疎くなる。


 冬至祭の夜を一人で過ごすというと、思いもしないお人よしを発揮し、ジャカランダでの滞在を延長して一緒に過ごそうと言われた。面食らったが、これを好機とみて家に招待した。せっかく通信傍受のツールを仕込んだ携帯を機種変更などされては努力が水の泡。稼働時、電力消費も抑えた省エネ設計にさせた。新たな盗聴を仕込む機器の設置について尋ねたエージェントからは、逆に今回のハイジャックのついての意見を求められた。本部では方針をまとめるのにも難航している為、相当暇らしい。ヒーカンが返信した内容は、ハイジャック犯と軍内部の何者かは繋がっているのではないかというものだ。………捜査に関われない以上、無駄なやり取りではある。


 地下の車庫の柱の脇に車を横付けして停めた。他の車はない。


 FBI施設に入ると、そこはホームグラウンドのジャカランダ支部より与えられた個室は自宅よりも多くの時間を過ごした場所だ。ふたりの携帯に仕掛け直した(・・・)システムが稼働しているかを確認していると、早速エージェントからの返信を告げる通知が鳴った。


『正義の味方さまへ あたしが畑違いの軍人さんにこき使われている間に、またまた業務外の仕事を増やしてくれるなんてなんて素晴らしいんでしょう。あたしはすっかりあなたの子分で、ワーカーホリックの仲間入りですよっ』


 メールをいったん閉じようかと思った。

 その衝動を堪えて続きに目を通す。


『と失礼。本音が漏れてしまいました……とっても素敵な依頼をありがとう! あたしってば感激です! 上でごちゃごちゃ言い争ってる軍のお偉方を見ていると人間の醜い部分を鑑賞出来ていい肴になっていますが、それももう四日目! 四日も続くともう満腹だよ? いつまで続けるの? この国の軍人ってみんな無能なの? もう大分昔に飽きちゃいましたって感じだったので、ナイスタイミング! 取り急ぎ、簡単に調べておきました。大まかにはこちら***に、詳細は**の+++にパスワードを入れて閲覧くださいね。 あなたキュートで勤勉な下僕より』


 内容は、とある地に出入りしている運搬車についての報告だが、その地はアクイレギアの歴史を揺るがした例の大事件を境に、土地を改名、割譲した際に、過去を消されていた。出入りしている運搬業者はまったく耳にもしないようなもの。………だが、その業者の後援(スポンサー)には誰もが知る大企業家がいた。


「………慈善家で有名、か」


 アクイレギア映画の名俳優でもあった人物で、今は引退し、世界中の戦災孤児や家庭内暴力に寄り虐待されている子どものための施設に多額の寄付をしたり、自らも孤児院を運営したりしている。


「裏がある可能性は………」


 全ての事象に対して疑うということは職業柄当たり前のことだ。人で言えば、その人格、行動、周囲の関係性は別個に考える必要がある。どんなに優しい顔を持つ人間でも、目を疑いたくなるような行為に及んでいることもあり得る。怠け癖のあるエージェントが簡単に調べたというからには、戻って来てから深く調べさせればいいだろう。資料に目を通している間にも、画面の端で二つの点滅するマークが移動する。


「タクシーにでも乗ったか」


 人の足ではない速度で移動する。

 ホテルに行くのだろう。


 善良さが服を着ているかのように、人を疑うことを知らない。

 だからこそ。


「警戒心を抱かせずに近づくことができる」


 近づいた暁には、その情報をまるまる抜き取ればいい。


 誰もいない本部で、一角だけ明かりをつけながら、ヒーカンはじっと画面を通じて情報を組み立てた。中和剤により重要参考人の情報を元同僚から引き出した。対した情報は持っていなかったが、とある人物に対する嫌疑が浮かび上がった。その接点を持つのがこの二人………。


「強引にいったのは悪手だったか……」


 無理に踏み入ったことで、化けの皮は剝がれかけた。

 そういった意味で、成果はあった。


 ただ、今度はそうやすやすと隙を見せないだろう。


 それに対抗するための布石。

 ――やはりこのふたりは使える。


 年季の入った悪人に対抗するためには、狡猾さが求められる。

 善良さと無知が美徳とされたのは、支配する側の都合が良いからだ。


 マークが移動するのを見守り、目を伏せた。

 それは車のレンタル店だった。


 首を振り、喉の渇きを癒すため席を立った。

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