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黄金が降る  作者: 毎路
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81 フレーム

「お招きありがとう?」

「っていってもオレたちが押し掛けたようなもんだけど」


 疑問形のネムの言葉の後に、苦笑いで付け足す。


「こちらが招待しただろ」

「させたようなもんだけど」


 開かれた扉の前で、相手からの気遣いを積極的に否定していく。失礼の極み。

 そんなルヴィたちの耳に、どこからか聖夜の音楽が聞こえて来た。


 それを聞いて、うんうんと頷く。


 アクイレギアンだけではなく、世界でも多数派であるマシアハ教徒はこの日を最大のイベントとして過ごしている。冬至祭、またの名を大薪の復活祭(ユールログ)


「メリークリスマス……っとこういうのは前時代的か?」

「古めかしいな」


 ジョークを飛ばす。そう。今日は冬至祭の前日――24日の夕方である。午前中にホテルをチェックアウトしてから、イルミネーションが美しい街道をタクシーで巡り、最後にやって来たのはヒーカン宅。今日は泊めてもらい、一緒にユールログを過ごすのだ。


「まさか人と冬至祭を過ごすとは思わなかったから、用意が不十分なんだが」


 ルヴィは口をへの字に曲げる。

 本当に一人で過ごすつもりだったのだ。


 冬至祭でお泊りさせてもらう約束をとったのは、一昨日のことだ。






 強面の店主と治安の悪いニュース、旨い飯のコンビネーションは刺激的な時間だった。しかし、その場所からほど近い、美しいビーチを、ルヴィたちが指をくわえて見ているだけのはずがない。腹ごなしを兼ねて散策を宣言。了承の言葉も聞かず、喜び勇んで余分な荷物は全てヒーカンの愛車に置き、身軽になったルヴィたちはビーチへ駆けだした。白い砂浜を裸足で歩くと軽やかな音がする。


 ヒーカンはルヴィたちの保護者のように悠然と後からついくる。

 温度を持った砂に足を取られていると、より海に近いほうに向かったネムが波に足を浸そうとしていた。


「まだ冷たいぞ」


 保護者の声が飛ぶ。

 ネムはちょっとだけと断り、波に入って冷たいと悲鳴を上げていた。

 ヒーカンの言わんこっちゃない、と思いつつ見上げた空は青かった。


「空が高いなー」

「何を当たり前のことを」


 どこまでも高い空に濃い境界線を描く海、波打ち際の淡い白いビーチという景色と物憂げな白種の成人男性との取り合わせは、まるでアクション映画に登場する俳優のワンシーンのようだ。


 指で枠を作ってみる。


「……なんだ」 

「んー」


 しかめっ面の男より、可憐な美少女がいい。しゃがんで白い砂を掬い上げて見上げるネムへ、指で作ったフレームを合わせる。


「なあに?」

「ぱしゃりってな」


 口で効果音をつけると、ネムがウインクしてくれる。

 可愛い。睫毛が作る影まで芸術的。


「――ほんとに写真撮ろ」


 ネムが吹き出したが、それもカメラに収めた。

 戻って来た携帯に感謝だ。

 これでまたネムのアルバムが増えてしまう。


 と、その右腕で赤いランプがついていた。


「充電がもうギリなんだけどー。まじで替え時かー?」

「まだ一年ぐらいではなかった?」


 ネムが立ち上がり、手の砂を払いつつ近づいてきた。

 二人で画面をのぞき込んでいると、背後からヒーカンの声が掛かる。


「――冬場だから、バッテリーの減りが早いだけだろう」


 そういうもんか。

 このところ、普段いるリグナムバイタよりも温暖な気候に来ているので、何となく腑に落ちないが。


「あ、とり」


 ネムは空から降りて来た鳥を見つけて足音も立てない軽やかさで駆けていった。

 それを目で追うと、ヒーカンも同じ方向を見ていた。

 片時も目を離してはならないと思っているかのように。


 まさか誘拐されるわけでもあるまいし。

 いくらアクイレギアの治安が今悪化していると言ってもだ。

 ……そうだよな?


 一般に暮らしていては知らない情報も知っていそうな人間を胡乱な目で見つめていると、さすがに気づいたのか、顔をこちらに向けて来た。


「お前の兄だが」

「兄貴?」

「忙しいのか」


 そういうわけではない。

 ただ社内環境やらドクターストップやらなにやらで、ヒーカンと同じように強制休暇を取らされていたのだ。それも、昨日で終わったはずで…………。


「ああ、それで連絡がいっぱい来てたのか」


 後で確認しないとな。

 自己完結していると、ヒーカンから問う目を向けられる。


「連絡?」

「ああ、たぶん、オレが頼んだ調べ物についてだと思う」

「調べ物?」


「そ、大したことだじゃないけど、兄貴の暇つぶしにな。調べがついたのか、そうじゃないのかは今日ホテルに着いたら見てみるさ」

「…………調査についてはこちらの方が適任とは思わないか?」


 首をかしげると、ヒーカンが言葉を重ねる。


「FBIほど調査に特化した組織もそうないだろう。ついで、俺は上司から休暇を命じられている暇な捜査員だ」


 なにやら交渉されている気配。

 というより、アピールされている?


「………つまり、今なら暇つぶしに調べてくれるって?」


 こんな機会もなかなかない。

 しかし、ヒーカンの調査力を当てにできるのだろうか。

 イマイチ信頼できない、移り気な捜査員だ。


 腕を組んでいると、ヒーカンは何でもないことのように言う。


「エージェントに一報入れて、調べさせることくらい造作もない」

「ってお前が調べるんじゃねえのかよ!」


 思わず腕を横に振って叫ぶ。

 一拍置いて、そんな自分に気づき、腹を抱えて笑った。

 アクイレギアンに突っ込みを入れてしまった。


「…………あー、笑った」


 目じりに浮いた涙を拭う。


「じゃ、そんなにやる気あるなら、お願いするかな」


 深呼吸すると、随分と離れたところにいる幼馴染が見えた。

 波打ち際にしゃがみ込み、きらきらと光る水面に手を差し伸べていた。

 辺りには、白い鳥も降りてきて、砂浜の上をぴょんびょんと跳んで移動する。


「とある場所へ出入りする動きがないかを調べてもらったんだ」


 ネムの周りには白い鳥が何羽もやって来て、まるでそこだけ天国のように見えた。ネムの目の付け所はいい。おそらくそれが正解に最も近いと思われる。どこからきた盛り土なのか。ルヴィはその逆張りだ。汚染された土地。


「たぶん、出入りがあるとしたら運搬車だ。その所属の調査も頼んでる」

「――運搬車?」


 ざっと白い鳥たちが飛び立つ。


 風が吹いたのか、鳥が飛び立って巻き起こった風なのか。

 頬に叩きつける風から目を咄嗟に閉じて開いた。


どこに(・・・)何を(・・)運んでいる車だ」


 そこにいたのは先ほどいたヒーカンだが、雰囲気が違っていた。

 逆光のせいか。光を吸い込んだような目がサングラス越しに見えた気がした。


「いや……ヒーカン、顔が怖いんだけど」

「――悪い」


 謝ることでもないけど。


「で、何を運搬している?」

「……土砂だよ。その場所から大量の土を運び出してないかってことを調べてもらってる。ほら、大したことないだろ?」


 ヒーカンが僅かに俯いて息を吐きだした。


「何事かと思ったぞ」


 それこっちの台詞な、と思う。

 突っ込みはしないけども。


「とある場所と言ったな? どこだ」

「現在は使われていない地名で、”フーカー”」


 口にした地名にヒーカンは聞き覚えがあるなというが、それもそのはずだ。百年ほど前に、その地は悪名で轟いていた。


「どうせ来年まで仕事には戻れないからな。暇つぶしにはなるか」

「――ん?」


 妙な話の流れに感じ顔をネムからヒーカンに向けたが、ヒーカンはルヴィの横を通り過ぎ、手で足の砂を払うネムにハンカチを差し出した。


「待って。今、来年まで休暇で、暇つぶしに調査しようとしてる???」


 ヒーカンとネムが揃って振り返った。


「冬至祭は????」

「予定はないが………」


 そんなことってある??








 そういうわけで、冬至祭をヒーカンと一緒に過ごすため、ネムを拝み倒してジャカランダでの滞在を一日延長してもらった。ネムはシンシティの有名ホテルを予約しており、アクイレギアの冬至祭を体験できるように準備してくれていたようなのだが、変更になる気がしていた、と肩を竦めその場ですぐに調整してくれた。ありがたい。どんな要望にも応えます、の精神でいてくれる専属エージェント。――さて、ではパーティーに参加する前の確認だ。


「カンナビスはないよな?」

「………それは俺がFBIだと分かってて言ってるんだよな?」


「冗談だって」


 最初に参加したのはクラスメイトからの電子招待状が届いたパーティーでカンナビスが横行していた。まさか名門カレッジでもドラックが当たり前にあるとは。ネムとふたりで震え上がったのを覚えている。


「それが今でもオレらのトラウマでさー」

「そんなものに関りがあるようには見えないが……」


 そりゃあな、と肩を竦める。

 ネムが昨日一日かけて選んだ手土産を家主に渡す。


 中へ促され、はじめてヒーカンの自宅に足を踏み入れる。

 室内は暖色の照明がついており、思ったよりも温かみのある雰囲気だった。


「カーマイン大学か。奇習は今でもあるのか?」

「奇習って?」


 真冬の校庭で、男女を問わず希望する学生が集い、素っ裸になって駆け回る奇習が、伝統だという。


「ぶっ飛びすぎ……本国じゃ、犯罪だからな」


 普段、インテリな雰囲気を醸している学生たちの意外な一面なんて知りたくなかった。








「これぞパーティーだな! オレ、こんなキャンドルで食卓を飾れないぜ」

「料理も上手なのね?」


 ネムが上目遣いでヒーカンへにっこり笑う。

 しかし実のところ、冷凍でしたという返答を期待していたのだろう。


「一人暮らしが長いからな。大抵の料理は熟せる。下拵えに時間をある程度かければ仕上げは楽なものだ」

「そ、そう……」


 高スペックぶりにネムが慄いていた。


「パーティー用の料理は久しぶりに作ったからな、味の保証はできないが」


 机の上には彩り鮮やかな皿が並んでいる。盛られた彩り豊かなサラダは燻製肉と何かの豆とチーズとドレッシングが混ざっており、知らない肉料理やら薄い生地に巻かれた野菜などがおしゃれに並べられている。基本的には摘まんで食べられるような料理だ。


「いやいや、特技のレベルだろ」

「ゆっくりできる休暇中なのに、忙しくさせてしまったかしら」

「休んでいる。何かしていなくては落ち着かないだけだ。それと、例の件だが」


「今あっちは忙しいんだっけ」

「それとなく様子を尋ねたが、余裕はありそうだった」


 首をひねらざるを得ない。

 ハイジャック事件は今だ進行中で連日ニュースで報道されている。

 その犯行理由は、現在の大統領の不祥事を隠蔽する国家に対しての抗議だということだが。


「………外国人のオレが言うのもなんだけど、割と国家的な危機じゃね?」


 今や、全チャンネルのトピックはこのハイジャック事件とその実行犯たちの主張である不祥事に対する隠蔽問題がほとんどを占めている。


「陸軍の中将一家が人質に取られているのだから、メンツをつぶされた陸軍は本気だろうな」

「……それで、ヒーカンのところから取られたっていうエージェントさんはオレの調べ物をする余裕があるん?」


 連絡はついたとヒーカンはコーヒーを片手に肩をすくめた。


「返事では、エージェントたちは駆り出された割には暇だそうだ。人質の様子も、ハッキングして映像を捉えるまでしているようだが、軍上層部で方針がまとまっていない。派閥争いだな。頼んだ本人は、銃口を突きつけられた中将の奥方の映像を眺めながら、ケバブを食っているそうだ」


 ……どこの組織にも派閥というのはあるようだ。


「こんな日にも、心休まらない人たちがいるのね」

「早期解決を祈っとこうか。あ、えと、この国の神様に」


 そうだな、とヒーカンが呟く。その顔は揺れる灯りのせいか、リラックスしているように見えた。――アクイレギアで初めて過ごす冬至祭の前夜は、どこか粛々としていて、大薪代わりに灯してくれたキャンドルの灯りが温かかった。ちょっと嬉しかったのは、朝起きる時、ドアノブにネムと二人分のプレゼントが掛かっていたことだ。その犯人は素知らぬふりをして、コーヒーを用意してくれていた。

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