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黄金が降る  作者: 毎路
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80 ニュース

 どのフードショップも、入り口から向こうの海と砂浜が見えるような大きい窓を有しており、爆音の音楽がそれぞれかかっている。車で通りが過ぎるたびに違った音楽が聞こえてくるのが面白い。ヒーカンの車は広い駐車場で停まり、切符のようなものを切って、歩いてすぐにあるフードよっぷの群れから、青色のペンキが塗られた店に入った。


 中をきょろきょろと眺めていると、大きな影がさした。それを辿っていくと、白種の巨漢がいた。エプロンをしているが、腕は隆々とした筋肉が盛り上がり、何かの格闘技をしていたような感じだ。思わずのっけぞると、先導していたヒーカンが声を掛ける。


「ロブ、いいか?」


 ロブと呼ばれた巨漢は顎をしゃくって奥を示す。

 そして手に持っていたジョッキを磨くのを再開する。


 ヒーカンは短く礼を言ってどんどん奥へ進んだ。

 ネムを腕に張り付かせたまま続く。


 ヒーカンは壁際のテーブルの前で立ち止まった。

 壁際に座るように促してくる。……合点がいった。


「ネム、奥に座れよ。オレはこっち座るから」


 これで暗い方にネムを座らせることができた。

 対面にヒーカンが座った。


「サングラス、ここでもとらないのか?」


「そんなことより――」


 あからさまな話題転換だが、ヒーカンの雰囲気が変わったので、自然とルヴィは身を正した。つまり、怒られる雰囲気を察したわけだ。ネムは何が何だか分からず困惑している。


「お前たちは、警戒心がなさすぎる」

「スリにあったことか? それは」

「黙って聞け」


 ネムが腕をつついてきた。

 聞いた方がよさそう、と薄青の瞳が目配せしてくる。


「はい……」

「そもそも、旅行を楽しむために携帯を断ったというが、それで馬鹿正直に電源まで切る必要がどこにある? 非常時に連絡が来たらどうする?」


 非常時も何も、列車という箱の中に閉じ込められている状態が数日間続くので、連絡が来ても、箱の中にいる自分たちにはどうすることもできない、つまりなくてもいいのではと思いました。


「……そこまで言い切られると腹が立つな」


 何か、ご迷惑をおかけしたんでしょうか。オレたち、何か間違ったことをしたんでしょうか。


「関心がなかったとしても、不可解だな。少しも耳にしなかったのか?」


 何か、世間様で起こっていたのでしょうか。それってオレたちに何か関係しているんでしょうか。関係なければ、オレたちの心の中に留めておいて、これから気をつけますので、今回のことは水に流してはいただけないでしょうか。


「あれだ」


 あれ。ヒーカンは親指を立てて、後ろの天井の角に取り付けられたテレビを示す。

 映っているのは、ニュースだ。

 爆音のサウンドミュージックに負けているが、テロップが流れている。


「あれ? 見覚えが」

「………臙脂色と金色の車両って」


 鉄道ファンの男性たちが口にしていた貴人車両だ。

 ということは、ニュームーン号……。


「が、ハイジャックされてんの!?」


 しかも――現在進行形!?





 怒涛の大声を連発してしまったにも関わらず、周囲からは視線を向けられない。

 ちらほら席を囲む他の客はそれ以上の大声でおしゃべりしていた。


「ルヴ、座って」

「あ、うん………」


 巨漢の店主が直々にソフトドリンクをテーブルに持ってきてくれる。すとんとルヴィはいつの間にか立ち上がってしまっていたのを、座り直した。


「衝撃だぜ。自分が乗ってた列車がハイジャックされるなんてさ……」


 オレンジジュースもジョッキに入っているのにも驚けない。


「事件が発生したのは三日前のことだ」

「三日前……?」


 最近だ。

 それも、なんとなく、ルヴィたちの旅程に引っかかりそうな……。


「わたしたちが降車した後、ニュームーン号は首都アックスに向かったはず。ハイジャックは便で起きたということね」

「完全にすれ違いじゃん……」


 ニアミス過ぎる……。

 嫌な偶然だ。


 ネムは額を押さえて携帯を眺めている。

 これも報告案件か……。

 報告中止することは二度とできなくなるんだろう。


「お前たちの安否を確認するために連絡した理由だな。待てども待てども返事はなかったわけだが」


 コーラのジョッキを掴んだヒーカンは淡々と言い、一気に呷った。

 嚥下する白い喉仏の動きがなんとなく恐ろしく、目をそらしてしまう。


「心配、かけてごめんな」


「いや、逆方面だということを考えれば、余計な世話だったわけだ。…………GPSが届かなかったのは誤算だった」


 アクイレギアの店内で、相手の言葉を聞き取るのはかなり難易度が高い。

 ほとんどの場合、周りの会話や爆音のサウンドが障害だ。


「ごめん、最後なんて?」


 ぱーどぅんみーをしたが、何でもないと首を振られてしまう。

 まじで聞き取れなかったので、それが本当に大したことなのかそうでないのかもわからない。


「万一があってはと、懸念しただけだ」

「ヒーカン………お前ってやつは」


 感動のあまり目元が湿っぽくなってくる。逆区間だと分かったうえで、それでももしものことを考えルヴィたちのことを心配してくれたのだ。


「んでもさ、このハイジャック、今も続いてるってことは、丸三日ってことだろ? 長くないか?」

「…………長すぎ、ね」


 ネムが腕を抱えて、顎に指を掛ける。


「ウェンディシティからアックスまでは、二日で着くはず。速度を落としているにしても、妙ね」


 ネムの言葉に頷く。ウェンディシティーリグナムバイタ間より遠いとはいえ、三日はかからない距離だ。そもそもウェンディシティは中部のなかでも東寄りに位置している。


「…………その辺は、もうやってないか」


 ヒーカンが首をひねってテレビを眺めてから呟く。


「ニュースでは散々流れた内容だ。まず、このハイジャックにおいて人質は二種類いる。今映っている、貴人車両に乗っていた一家とその他の一般乗客。無論、この犯行グループの狙いは前者だ。その他の乗客は、二日を掛けて、指定された駅で要求された金銭と物品を用意し、全員が降ろされている。列車はその駅を行き先に、都度方向転換しており、その区間を行き来している。指定された駅によっては半日かけて逆戻りもしている。だから、未だにその列車は走行中というわけだ。要求された物品には、食料と――何より、燃料も含まれている」


「それで予定よりも長い距離を走行できるってわけか」


 舌を巻く周到さだ。

 ………いや、そうだろうか?


 ルヴィも言い訳につかったが、列車は移動する箱だ。

 逆に言えば、移動できなければ、ただの箱。

 窓も側面についていて、全方位から狙える的になるはず。


「要求されたものを断れば、列車も止まるだろ? そしたら」

「そうしたら、人質を殺される。既に、ネゴシエーターが交渉に失敗して、人質が三人殺されている。人質になっている乗客は六十人以上。ここで一気に世論は傾いた。犯行グループは、標的の一家以外の乗客は、要求に応えれば下ろすと言っていたので、この交渉は最悪なものだったとバッシングの嵐だ」

 

「……そ、か」


 身近に死を感じた。

 まかり間違っていたら、そうなっていたかもしれない。

 亡くなった乗客はそんなことになるとは夢にも思わなかったはずだ。

 残された家族はどんな思いだ。それを思うと胸が塞がれる。


「でも、なんでまた犯人グループは」


 その軍人一家を狙うのだろう。

 彼らに恨みとかがあるのだうか。


「――これはFBIの仕事ということになるのよね?」


 たしかに。

 行き来する列車は、すでに複数の州を跨いでいる。


 薄青の瞳が影の中で氷のように光った。 

 気怠げにチキンを口に運んでいたヒーカンが押し黙る。


 ようやくヒーカンが口を開いた。

 しかしそれは何とも歯切れの悪い言葉だった。


「FBIは動いている。が、この件は陸軍が主導している」


 主導ということは、人員――先ほどのネゴシエーターも含め――はFBIの人間が動いているということだろう。それにしては他人事のような物言いだった気がする。


 しかし、こういう時に捜査を協力するのは警察ではないだろうか。

 ルヴィが入院していた時の捜査には、リグナムバイタ市警のビルが協力していた。


 陸軍とFBIという取り合わせは、ちょっと聞かないが……。

 ――ピンときた。


「人質って、陸軍の人だったり?」

「――人質になっているのは、ハワード陸軍中将とその家族だ」


 ネムがピクリと肩を跳ねさせる。

 振り向いて尋ねた。


「ネム、知ってる? 有名人?」


 しかしネムは慌てて首を振った。


「知ってる人と同じファミリーネームだったから反応してしまっただけ……」


 何を思い出したのか、暗い顔でため息を吐く。

 見るからに、いい知り合いではなさそうだ。


 確かに、どっかで聞いたような……。

 そうでもないような。


「知らなくとも無理はない。本人か家族が言いふらさない限り、一般人が一将校の名前を知ることはないだろう。中将といっても、陸軍だけで231人存在するからな。彼はウェンディシティの基地を任せられていた将校の一人だ。今回首都アックスへの栄転が決まり、その初仕事として連邦公開市場委員会の警備を任され、その祝いの送り出しという名目で貴人車両を軍が鉄道会社に依頼したというが、その辺、どうもきな臭い」


 どうもこの件について詳しすぎる気がする。


「…………ヒーカン、もしかして捜査中なのにオレたちに付き合ってくれてね?」


 急な事件が発生し、付き合えなくなったのから断りの連絡を入れようとしたが――ルヴィたちは電源を切っていて、連絡が取れなかった。ざっと血の気が下がった。今を騒がせる大事件に、貴重な捜査員を旅行の案内人として借り出しているなんてことは。


 しかしヒーカンは首を振った。


「さすがに本件はFBI本部の管轄だ。ジャカランダの本拠地の俺が入り込む余地はない」


 妙に他人事な口ぶりの理由が判明した。


「それにしては詳しくないか?」

「…………うちの情報エージェントが本部に駆り出されている」


 んん?

 ジャカランダのFBI捜査官は入り込めないけれども、エージェントは駆り出されている?


「そうとう有能なエージェントなんだな」

「腕はいい」


 そして、その馴染みのエージェントから内情を聞き出した、と。

 それは機密保持的な何かに引っかかっていそうだけども。


「じゃ、今は休日? まさかオレたちのために、有給取ってくれてたり?」

「…………休みは上司命令だな」


 傍から見て働き過ぎだ(もとい、首を突っ込み過ぎ)とは思っていたけれども。


「で、休み中にもかかわらず、ハイジャックのことを考えてたんだ」

「お前たちが乗っていた列車だからな」


 くっと胸を押さえる。

 良心に訴えかけて来るじゃないか。

 名案に思えたアイディアが、浅はかなものに思えて来る。


「そうでなくとも気にはなっただろう………この件が起こる前から、陸軍は予期して列車の警備を強化していたらしい。乗車か下車の時にチェックでもされなかったか? 駅員に変装していても、高圧的な空気は隠せていないはずだ」


 皮肉気な口調だ。

 軍と何かあったのだろうか。


「高圧的なんて、心外だな。みんな人当たりのいい………って、あ!」


 ウェンディシティで降りた時の職員たちの振る舞い。

 入国審査超えの愛想の無さを思い出す。


「………あったかも?」


 周りの乗客たちも反発していたので印象に残っていた。


「ネムが軍人みたいだって言った時、ちょうどその職員の前を通っててさ………睨まれちゃったんだよな」


 もしかすると、当たっていたのかもしれない。

 ネムが両手で顔を覆った、


「…………嘘だと言って」

「嘘だよ」


 ネムは項垂れて、ありがとうと言った。


「その厳重体勢を敷いておいて、この様だ」


 ヒーカンが明るい金髪を後ろにかきあげる。

 あまりにサラサラなもので、ネムの目が嫉妬で怖いことになっている。


「お前じゃないが、このハイジャック事件は、一面ではないだろうな。決着を送らせたがっているように感じる」

「どういうことなん」


 言葉は聞こえるのに、理解ができない。

 すると、ネムがひっそり耳打ちしてきた。


「………解決する陸軍側も一枚岩ではないということよ」


 なるほどね!


「何にせよ、解決は間近でしょう」


 ネムの言葉にヒーカンは頷く。

 さっぱり分からない。


「………なんでそんなことがわかるんだ?」


 それぞれから応えが来た。


「交渉材料として切れる手札がもうないからよ。列車は止まるわ」

「既に事態は終盤に差し掛かっている。犯行グループの狙いがあの一家であるのなら、本来の目的を果たすだろう」


「……なるほどね!」

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