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黄金が降る  作者: 毎路
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79 “ヒーロー”

 ジャカランダのユニオン駅のドアの外に出た途端、そびえ立つ高層ビルの影からやって来た、やや冷たい風が顔に当たった。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、階段の先を見下ろす。降りたところには、広場があり、その向こうに道路がある。

 道路は四車線で広い。

 真ん中には、人工的に等間隔で植わっている樹木が見えた。


 葉が鋭く割けて、間から細い髭のようなものが風になびいている。


「あれ、翁椰子かな……」


 唐突に口から洩れてしまい、並んでいたネムが顔を上げた。

 理由を求める視線に南国の木を指さした。


「高温多湿な熱帯が植生の他の椰子とは違って、温帯や亜熱帯で育つ上、乾燥や潮風に強いんだ」

「海にも比較的近い個々の環境にも適しているということね」


 カレッジで受けたメールリ教授の植生の講義が利いているのかもしれない。

 アクイレギアは広大で、東のリグナムバイタから西のジャカランダまで来ると趣が違うのが面白い。しかし……。


「四日間の列車旅、もう終わっちゃったんだな」

「飛行機だと数時間だけれどね」


「それはそうだけどさ。荷物貸してー」


 ネムの荷物とを両手で持ち上げ、階段を降りていく。

 駅の前はちょっとした広場になっており、ロータリーが併設されている。


 ジャカランダの住人たちが各々過ごしている広場の一角で立ち止まる。

 一人用の石のベンチが空いていた。

 コートのポケットから出したハンカチを敷いて、ネムを座らせる。

 

「………なあんか、線路の音がしないの淋しくなるな」

「あら。携帯やタブレットを触りたくてうずうずしているのだと思ったわ。取り決めは列車に乗っている間だけたっだでしょう?」


 そうだった。

 スーツケースから片手を離し、ポケットから携帯を取り出した。

 画面を開き、着信が来ているのを確認して。


「っと」


 横から来た通行人とぶつかり、よろける。

 とっさに伸ばされたネムの腕に支えられる。


「ルヴ! 大丈夫?」

「ああ、ありがと……って」


 ぶつかって来た通行人は急いでいたのかそのまま走り去る。

 その後姿を顔をしかめて見送り、ふと気づく。


 手を見下ろす。

 空っぽだ。


「あれ、携帯…………え!? は!?」


 人の呻く声が聞こえた。

 そちらを見ると、通行人が地面に伏せた状態で腕を背中に捻られていた。

 その手には見覚えのありすぎる携帯が。そして。


「――今まで返事がなかったのは、こいつに携帯を盗まれたせいだと言い訳するつもりか?」


 明るい金髪を後ろに撫でつけ、サングラス越しに青い視線を向けて来る。

 苦いものを噛んだような口ぶりだ。



 ジャカランダについて早々にスリに遭ったが、すぐに駆け付けた知り合いのFBIに助けられましたとさ。スリの現行犯をドーナツをつまみ食いしていた警官に引き渡し、携帯をルヴィの手に戻してくれた。


「ヒーカンはオレのピンチに駆けつけるヒーローだぜ」


 専属エージェントはネムだが、専属ヒーローをヒーカンにしてもいい。

 両手を合わせて拝んだ。


「………………」


 反応がないので、顔を上げる。

 ヒーカンはルヴィの方に向いている。


 口許は歪んでいるだろうか。

 サングラスをしているのでどんな表情かはっきりとはうかがえない。


「ヒーカン? ……どかした? もしかして、携帯に電話してくれてたか? 悪い、オレらさ、列車に乗っている間は大自然の光景に集中しようってことで、途中から完全に携帯の電源切っててさ、たった今点けたとこなんだ。……な、なんか急用だった? あ、兄貴が依頼を断ったとか? でもちょっと今はオレでも話をつけらんないかも」


 カウンセラーにより、絶賛三日間の仕事禁止令が出ているのだ。

 いや、ちょうどあれから三日たったから、窓口にもなれるのか。


 彫像のようだったヒーカンは息を吹き込まれたようにおもむろに首を振り、重々しく口を開いた。


「こんな場所で携帯なんて出すな。出しても周囲を警戒してろ。ここは旅行者を狙ってスリの常習犯が張ってて有名な場所だぞ。子どもでも知ってる。立ってるだけですっかりいいカモじゃないか」


 小言……こ、これがかーちゃんか。

 ネムと一緒にこの体験を味わってほしいが、定期連絡を直接するため最中で少し離れたところにいる。その前にされたヒーカンの忠告通り、ここから目に入る場所だ。


「そんなにジャカランダって治安が悪いん?」


 じろりとサングラス越しに睨みつけられる。

 スーツケースは二つともヒーカンの傍らで守ってもらっている。


「ここは安全な方だが?」


 それはどう解釈すればよいのだろう――?

 頭を悩ませていると、ひやりと耳に差し込むような澄んだ声がかけられる。


「――お待たせ」


 氷の花束を作って擬人化したらこんな麗しい少女になるだろうなと思わされる美少女、ネムが戻って来た。少し目を離してから再び目にすると、初めて対面したかのようにルヴィは毎回衝撃を受ける。今日もネムの姿はばっちりだ。モカ色のコートはリグナムバイタに来てから買ったもの。元から持ってきていたコートは汚れてしまい、捨ててしまったのだという。ジャカランダは年中を通して温暖な気候だが、今の季節は朝と夕方は摂氏10度を下回るので、厚手のコートを着込んでいるのだ。……昼前の今は、暑いくらいだが。

 

 

 何か有名な型なのだろう、白いシャープなデザインの車がヒーカンの愛車らしい。トランクにルヴィたちの荷物を載せ、ルヴィはヒーカンの隣に、ネムは後ろの席で脱いだコートを相席に後部座席に陣取った。


「オレ、オープンカーって初めて乗った!」

「ここでは珍しいものではないぞ」


 片腕を開いた窓枠に掛け、片手で運転する。

 いかにも運転慣れしているので心強い。


 窓枠に掛けていた方の親指で、他の車を示した。

 ヒーカンの車を追い越していく車も屋根がなかった。かと思えば、他の車もその他の車もそうだった。なるほどぉ。


「行き先はどうする? ホテルのチェックインまでは時間があるだろう」


 その通りで、チェックイン開始時間は15時からだ。


「旅行の楽しみは食べ物! 綺麗な風景!」

「つまり、景色が良くてうまい物が食べられる店だな」


 分かってるじゃないか、とルヴィはニッと笑う。

 アクイレギア人らしからぬ察しの良さだ。


 サングラスをしたままだが、青い瞳が後ろを向いたような気がした。


「………」


 ルヴィの方のサイドミラーで、後ろのネムが脱いだコートを被って目を閉じている。

 列車内でも時折、額を押さえて俯いていた。


 ルヴィとともに規則正しい生活をしていて、寝不足でもないはずなのだが。

 ネム本人は旅の疲れだろう、と言っていた。


「眼精疲労じゃないか。紫外線で目が傷ついているんだろう。ここ西部では特にサングラスが必須だ。最低でもカラーレンズを掛けた方がいい」

「そうなのか? 駅では……」


 駅では、サングラスの人はそんなに多くはなかった、と言いかけて辞める。当然だ。アクイラの鉄道を乗って来たのだから、その多くはここ以外から来た旅行者か何かなのだ。現地の人に生活様式を直接聞くのは参考になる。


「あんがと、そうするわ。このあとはフィールドワークの見学だから、太陽燦々ってな」


 軽口をたたきつつ、ドライブを楽しんでいると、フードショップが海に面して並んでいるのが見えた。





******



 ――配達の時間だ。


 目を覚ますと、アラームが鳴る前だった。

 2086年12月22日4時29分。


 アラームを解除する。

 あと1分遅れていたら、亡くなった親友が好きだった曲が流れた。

 お気に入りの曲をアラームに設定すると、嫌いになってしまう。


 だから嫌いになりたい曲を設定している。


 皮肉なことに、その曲を聴きたくないばかりに、アラーム前に起きるようになった。

 おかげでここ十数年は一度も寝過ごしたことがない。


「あんなに突然死ぬなんてな……」


 身近な存在の急死は自覚していたよりずっとトラウマとして自分に影響を残しているようだった。


 隣からはいびき交じりの寝息が聞こえる。一人静かに起き上がり、粛々とした気分で身支度を終える。今日は、いつもの配達とは違う。一年に一度の特別な配達だ。


 家族たちが寝入っている家の玄関をしっかりと鍵をかけてから庭を横切ると、柵の向こうで放牧している羊たちが餌をもらえると勘違いして近づいてくる。それを手で払い、倉庫からいつもの積み荷を車に運んだ。そして特別に切り出した大きな薪を乗せる。この一年で切り倒したものの中でも最も良いものを選別してよく乾かしておいたものだ。


「この季節が来たぞ、アダム。お前がいなくなってから……」


 年上の古い友人を思い出し、皺だらけの手で丸太を撫でた。

 自分も随分と年を取った。


「あと何回、これを届けられるか」


 年を重ねても、いつもどこか鮮やかで美しい雰囲気をまとったままのマドンナから、他を差し置いて用立てを頼られれば、引退も考えられない。まして、ユールログの手配となればなおさらだ。


「………希望を見せたのは、酷なことだったのかもしれんぞ」


 この件に関して、部外者である自分が言えたことではないが。

 彼女があまりに不憫で、そして二人にとってあまりに悲劇的な行方を辿ったので、恋敵であり、年上の親友でもあった男へ恨み口を叩かずにはおれなかった。


 辺りが明るくなる。朝日が顔を出す前でも、雪に覆われた真っ白な農場はすぐに光を伝える。


「ぐずぐずしてしまったな」


 自分と同じように老いぼれた、おんぼろ車にエンジンをかけると、怪しい音を立てた後にやっと動き出す。冷え込む外気を、最大レベルの温風で追い出すと、遠くの森から太陽が昇ってくるところだった。気ままに速度を上げると、蒸気を噴き上げてエンジンが唸り声をあげる。延々と代わり映えのしない景色が、都市に近づくと一気に様変わりする。


 閑静な住宅街――そのなかで古い柳(オールドウィロー)が植わっている庭が見えた。

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